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episode5 消えた七天を追え!
78. 大槌
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「えっ……?」
私は目の前で起こったことが信じられなかった。
リアの腕は手首くらいまでサヤの体内に埋まっており、サヤの背中からはナイフの先端が飛び出している。傷口からは絶え間なく血が吹き出し、たちまち二人の足元に赤い水たまりを形成した。
「いっけない、やりすぎちゃった」
リアが能天気に呟く。
「……?」
サヤはなにが起こったのか分からないといった様子で、血まみれの両手でリアの二の腕を掴み引き抜こうとしていたが、そんな行動はどう考えても無駄なのは火を見るより明らかだった。
「リアさん! リアさんやめて!」
我に返った私は叫んでリアに飛びかかるが、片足で軽くあしらわれ地面に転がされてしまった。
(どうして……どうしてリアさんが……?)
私はただ突然のリアの狂行に「お願いだから夢であってくれ」と願うことしかできなかった。やがてリアがサヤの身体を蹴飛ばす。すっかり力を失ったサヤは水っぽい音を立てて地面に叩きつけられた。
「あぁぁぁぁぁぁっ! サヤさんっ! サヤさんサヤさん!」
返事はなかった。
そしてリアは手に持った血塗れたナイフを地面に放り投げる。──彼女は笑っていた。
「ふっ、くっくっくっ……あはははっ! ついに、ついにあの目障りなサヤを消すことができた──これでまた一歩最強に近づいたな!」
「──あなたは、リアさんではありませんね!?」
というかあの口調、あの耳障りな笑い声、あのセリフはライムント以外の何者でもなかった。
「んー? いや、この身体は紛れもなくあのアマゾネスのものだよ? ティナちゃん?」
ニヤニヤと笑いながらリアは地面に転がっている私の元へゆっくりと歩いてくる。
(どういうこと? ライムントが何かの魔法を使ってリアさんの身体を乗っ取ったってこと?)
考えられるとすれば、私の身代わりになってリアが受けたあの魔法だ。だとすれば私はそれに気づかずにわざわざ敵をサヤの元に連れてきてしまい、さらには彼女の命を奪う結果をもたらしてしまったことになる。
悔やんでも悔やみきれない。やっぱり私は役立たずだったようだ。
そう思うと一気にどうでも良くなってきた。もはや事態は取り返しのつかないところまできている。サヤは私たちの──世界を混乱から救うための貴重な1ピースだったにも関わらずそれを私の不注意で失ってしまった。
セイファート王国民や東邦帝国民、シーハンのゲーレ共和国民に後ろ指を指されるくらいなら、ここでリアの身体を乗っ取ったライムントに殺されるのも悪くはないかもしれない。
「他人の身体を乗っ取るなんて趣味が悪いですね」
私は身体を起こしながら精一杯の憎まれ口を叩いてみる。が、リア──の身体を乗っ取ったライムントは動じなかった。
「ほんとはティナちゃんの身体を乗っ取って好き放題やりたかったんだけどねー」
「バカ! 変態! ボケナスよいちょまるどすこいのすけ!」
「くくくっ、可愛い。ほんとに可愛いよ」
「リアさんにならともかく、ライムントくんに言われてもぜんっぜん嬉しくないですね!」
リアのしなやかな身体が私にのしかかってくる。リアとこんなに身体を密着させたのはあの裸で暖めてもらった時以来だけれど、今はライムントに乗っ取られているのと、リアがサヤの返り血で血なまぐさかったので全く興奮はしなかった。ただただ恐怖だけが私を支配する。
「な、ティナちゃん? もう頼るものはないんだから僕と一緒にアルベルツ領に来ない? 可愛がってあげるからさー」
その時私は気づいた。ライムントは──私に歪んだ愛情を抱いているに違いない。それはきっと、魔法学校時代にずっと格下かと思われていた私がライムントに一矢報いて、殺す寸前まで追い込んでいたこと。それが彼のいけないところにあるスイッチを入れてしまったのだろう。
彼が私に抱いていた執着心は5年の歳月を経て復讐心と愛の混ざりあった、一種の変態性癖として確立されていったのだ。──あくまで予想だが。
彼の誘いを断ったらなにをされるか分からない。受けたとしても酷いことをされそうな気はするが、少なくとも命は奪われることはないだろう。
ミスを犯し、生きる希望を失いつつあった私。それでも、本能は生きることを渇望していたようで、私はライムントの提案に頷いていた。
「わかりました。──行きます。アルベルツ領へ」
「うん、よく言ってくれた。さすがはティナちゃんだね。じゃあ僕はこれからシーハンを倒してくるからあとは──」
ライムントの言葉が止まった。リアの身体を乗っ取っている彼は、ふとサヤの亡骸に視線を向けていた。私たちの目の前で先程まで血まみれで倒れていたそれは、風に巻かれて砂のように散っていく。
「──あ?」
「勝手に殺したことにしないでくれる?」
──ビュンッ!
何か巨大な塊が私のすぐ隣を通過してリアの身体をなぎ払い、それを岩の城に思いっきり叩きつけた。同時に私は誰かに手を引っ張られ、その背中に庇われる。
まず目に入ってきたのは美しい茶髪、そして私の身長よりも大きな大槌。
「サヤさん!」
「妙な気配がしたから自分の姿のゴーレムを作っておいて正解だったわ。血糊まで完璧。これで七天が二人も騙されるんだからわたしの魔法も捨てたもんじゃないね」
さっき殺されたと思っていたものはどうやらサヤが作ったゴーレムで、本体は無傷だったようだ。それにしてもなんて完成度だろう。砂になって崩れるまで全く気が付かなかった。
「ってて……くそっ、この身体じゃ魔法は使えないから回避が間に合わないな」
かなりの岩に叩きつけたはずのライムントだが、アマゾネスの身体は相当丈夫だったようで口から血を流している程度でまだまだ動けるようだった。
「本来のその子の反射神経なら難なくかわしたはず。当たったとしても受け身をとってほぼ無傷でしょうね。まだ乗っ取った身体の操作が上手くいっていないってところかな。驕ったわねライムント」
「はっ、一度出し抜いたくらいで調子に乗るなよクソが!」
ダメ出しを食らったライムントは頭に血が上ったらしく、もう一本のナイフを握ってサヤに突進する。が、サヤは落ち着き払った様子で手にした大槌を振り下ろした。
「遅い!」
軽い身のこなしでかわすライムント。サヤの大槌はドオッ! という大きな音を立てて地面を打った。しかしそれと同時に、ライムントの着地地点付近から無数の植物のツルのようなものが伸びてきて、その身体を瞬く間に拘束していった。
「諦めが悪いのはあなたの悪い癖。わたしがあなたの動きを予測してないとでも?」
「ぐっ……!」
もがくライムントだが、動けば動くほどツルはその身体を締め付けるようだ。それはアマゾネスの怪力をもってしてもいかんともしがたく、やがて彼は大人しくなった。
「その子を解放しなさい。でないともっと締め上げるよ? 痛いのは嫌いでしょ?」
「あ、あのっ! その身体はリアさんの身体なのでっ! あまり乱暴すると……」
「うるさい。この子丈夫だから大丈夫よ多分」
「た、多分……?」
私とサヤのやり取りを見ていたライムントは悪態をついた。
「わかった! わかったよクソッ! ひとまずは退散してやる。でもこいつにかけた呪いはそう簡単に解けないから、また忘れた頃に会いに来るわ。首を洗って待っとけよ二人とも」
捨て台詞を吐いたライムントは糸の切れた人形のようにだらんと力が抜けて動かなくなった。身体が持ち主のリアに返還されたのだろう。
それを確認したサヤは、今度は私に向き直り大槌をこちらに向けてきた。
「……サヤさん?」
「わたしは最初、ティナがライムントと手を組んでわたしを殺しに来たのかと思ったけれど、どうやら違うみたいね。でも、それを証明できる?」
「えっ……?」
私は目の前で起こったことが信じられなかった。
リアの腕は手首くらいまでサヤの体内に埋まっており、サヤの背中からはナイフの先端が飛び出している。傷口からは絶え間なく血が吹き出し、たちまち二人の足元に赤い水たまりを形成した。
「いっけない、やりすぎちゃった」
リアが能天気に呟く。
「……?」
サヤはなにが起こったのか分からないといった様子で、血まみれの両手でリアの二の腕を掴み引き抜こうとしていたが、そんな行動はどう考えても無駄なのは火を見るより明らかだった。
「リアさん! リアさんやめて!」
我に返った私は叫んでリアに飛びかかるが、片足で軽くあしらわれ地面に転がされてしまった。
(どうして……どうしてリアさんが……?)
私はただ突然のリアの狂行に「お願いだから夢であってくれ」と願うことしかできなかった。やがてリアがサヤの身体を蹴飛ばす。すっかり力を失ったサヤは水っぽい音を立てて地面に叩きつけられた。
「あぁぁぁぁぁぁっ! サヤさんっ! サヤさんサヤさん!」
返事はなかった。
そしてリアは手に持った血塗れたナイフを地面に放り投げる。──彼女は笑っていた。
「ふっ、くっくっくっ……あはははっ! ついに、ついにあの目障りなサヤを消すことができた──これでまた一歩最強に近づいたな!」
「──あなたは、リアさんではありませんね!?」
というかあの口調、あの耳障りな笑い声、あのセリフはライムント以外の何者でもなかった。
「んー? いや、この身体は紛れもなくあのアマゾネスのものだよ? ティナちゃん?」
ニヤニヤと笑いながらリアは地面に転がっている私の元へゆっくりと歩いてくる。
(どういうこと? ライムントが何かの魔法を使ってリアさんの身体を乗っ取ったってこと?)
考えられるとすれば、私の身代わりになってリアが受けたあの魔法だ。だとすれば私はそれに気づかずにわざわざ敵をサヤの元に連れてきてしまい、さらには彼女の命を奪う結果をもたらしてしまったことになる。
悔やんでも悔やみきれない。やっぱり私は役立たずだったようだ。
そう思うと一気にどうでも良くなってきた。もはや事態は取り返しのつかないところまできている。サヤは私たちの──世界を混乱から救うための貴重な1ピースだったにも関わらずそれを私の不注意で失ってしまった。
セイファート王国民や東邦帝国民、シーハンのゲーレ共和国民に後ろ指を指されるくらいなら、ここでリアの身体を乗っ取ったライムントに殺されるのも悪くはないかもしれない。
「他人の身体を乗っ取るなんて趣味が悪いですね」
私は身体を起こしながら精一杯の憎まれ口を叩いてみる。が、リア──の身体を乗っ取ったライムントは動じなかった。
「ほんとはティナちゃんの身体を乗っ取って好き放題やりたかったんだけどねー」
「バカ! 変態! ボケナスよいちょまるどすこいのすけ!」
「くくくっ、可愛い。ほんとに可愛いよ」
「リアさんにならともかく、ライムントくんに言われてもぜんっぜん嬉しくないですね!」
リアのしなやかな身体が私にのしかかってくる。リアとこんなに身体を密着させたのはあの裸で暖めてもらった時以来だけれど、今はライムントに乗っ取られているのと、リアがサヤの返り血で血なまぐさかったので全く興奮はしなかった。ただただ恐怖だけが私を支配する。
「な、ティナちゃん? もう頼るものはないんだから僕と一緒にアルベルツ領に来ない? 可愛がってあげるからさー」
その時私は気づいた。ライムントは──私に歪んだ愛情を抱いているに違いない。それはきっと、魔法学校時代にずっと格下かと思われていた私がライムントに一矢報いて、殺す寸前まで追い込んでいたこと。それが彼のいけないところにあるスイッチを入れてしまったのだろう。
彼が私に抱いていた執着心は5年の歳月を経て復讐心と愛の混ざりあった、一種の変態性癖として確立されていったのだ。──あくまで予想だが。
彼の誘いを断ったらなにをされるか分からない。受けたとしても酷いことをされそうな気はするが、少なくとも命は奪われることはないだろう。
ミスを犯し、生きる希望を失いつつあった私。それでも、本能は生きることを渇望していたようで、私はライムントの提案に頷いていた。
「わかりました。──行きます。アルベルツ領へ」
「うん、よく言ってくれた。さすがはティナちゃんだね。じゃあ僕はこれからシーハンを倒してくるからあとは──」
ライムントの言葉が止まった。リアの身体を乗っ取っている彼は、ふとサヤの亡骸に視線を向けていた。私たちの目の前で先程まで血まみれで倒れていたそれは、風に巻かれて砂のように散っていく。
「──あ?」
「勝手に殺したことにしないでくれる?」
──ビュンッ!
何か巨大な塊が私のすぐ隣を通過してリアの身体をなぎ払い、それを岩の城に思いっきり叩きつけた。同時に私は誰かに手を引っ張られ、その背中に庇われる。
まず目に入ってきたのは美しい茶髪、そして私の身長よりも大きな大槌。
「サヤさん!」
「妙な気配がしたから自分の姿のゴーレムを作っておいて正解だったわ。血糊まで完璧。これで七天が二人も騙されるんだからわたしの魔法も捨てたもんじゃないね」
さっき殺されたと思っていたものはどうやらサヤが作ったゴーレムで、本体は無傷だったようだ。それにしてもなんて完成度だろう。砂になって崩れるまで全く気が付かなかった。
「ってて……くそっ、この身体じゃ魔法は使えないから回避が間に合わないな」
かなりの岩に叩きつけたはずのライムントだが、アマゾネスの身体は相当丈夫だったようで口から血を流している程度でまだまだ動けるようだった。
「本来のその子の反射神経なら難なくかわしたはず。当たったとしても受け身をとってほぼ無傷でしょうね。まだ乗っ取った身体の操作が上手くいっていないってところかな。驕ったわねライムント」
「はっ、一度出し抜いたくらいで調子に乗るなよクソが!」
ダメ出しを食らったライムントは頭に血が上ったらしく、もう一本のナイフを握ってサヤに突進する。が、サヤは落ち着き払った様子で手にした大槌を振り下ろした。
「遅い!」
軽い身のこなしでかわすライムント。サヤの大槌はドオッ! という大きな音を立てて地面を打った。しかしそれと同時に、ライムントの着地地点付近から無数の植物のツルのようなものが伸びてきて、その身体を瞬く間に拘束していった。
「諦めが悪いのはあなたの悪い癖。わたしがあなたの動きを予測してないとでも?」
「ぐっ……!」
もがくライムントだが、動けば動くほどツルはその身体を締め付けるようだ。それはアマゾネスの怪力をもってしてもいかんともしがたく、やがて彼は大人しくなった。
「その子を解放しなさい。でないともっと締め上げるよ? 痛いのは嫌いでしょ?」
「あ、あのっ! その身体はリアさんの身体なのでっ! あまり乱暴すると……」
「うるさい。この子丈夫だから大丈夫よ多分」
「た、多分……?」
私とサヤのやり取りを見ていたライムントは悪態をついた。
「わかった! わかったよクソッ! ひとまずは退散してやる。でもこいつにかけた呪いはそう簡単に解けないから、また忘れた頃に会いに来るわ。首を洗って待っとけよ二人とも」
捨て台詞を吐いたライムントは糸の切れた人形のようにだらんと力が抜けて動かなくなった。身体が持ち主のリアに返還されたのだろう。
それを確認したサヤは、今度は私に向き直り大槌をこちらに向けてきた。
「……サヤさん?」
「わたしは最初、ティナがライムントと手を組んでわたしを殺しに来たのかと思ったけれど、どうやら違うみたいね。でも、それを証明できる?」
「えっ……?」
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