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episode2 原住民を懐柔しろ!

29. アマゾネスの長老

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 キャロルと呼ばれたアマゾネスは、ひょいと身軽に私たちの近くの枝に飛び乗ると、腕を組みながらニヤリと笑った。

「どうした人間ども。呆けた面しおって、ワシのナリがそんなに不思議か?」

 意外なことに、キャロルの喉から出たのは、張りのある音色で紡がれるまるで老人のような語り口の言葉だった。

「いえ、そういうわけでは……ただ……」
「なんじゃ?」

 私の顔を覗き込むようにしながら尋ねるキャロル。値踏みされているような感覚があった。

「アマゾネスの長老様がこんなに若い女の人だったなんて……」

 素直な感想を述べると、キャロルは腰に手を当てながら天を仰ぎ、カーッハッハッハ! と豪快に笑い声を上げた。そして心底愉快そうに腕を組みなおすと、枝の上にどっかりと器用に座り込む。

「ワシらはな。お主ら人間と違って女が圧倒的に強い。だから狩りをするのも戦うのも、皆をまとめるのも女の仕事じゃ。──それにワシはこう見えて人間の歳に数えて60はゆうに超えておるわい」
「……」

(そうだった。相手はアマゾネス──見た目は似ているとはいえ別の種族。人間の常識で判断してはいけないんだ……)

「ウチのリアも16歳の若者のくせに狩りの腕前ばかりは一人前でもう立派な狩人ハンターじゃ。人間どもの中にもリアに敵う者はなかなかおるまい? この前も森の近くの洞窟に潜んでいたアークハイドラを一人で──」
「お、おばあちゃんその辺にして……」
「うむ、そうじゃったな。──申し遅れた、ワシがアマゾネスの長老、キャロル・パウエルじゃ」

 得意げに孫の自慢話を始めたキャロルをリアが遮り、キャロルは渋々自己紹介を始めた。孫が一番可愛いのは人間でもアマゾネスでも変わらないらしい。私もうんと小さい頃に祖父母に可愛がられた記憶がある。


「俺がユリウス・ヘルマーだ。──キャロル殿、まずは話し合いに応じていただけたこと、感謝する」
「苦しゅうないぞ人の子よ。ワシらは基本的に敵意を向けてこないものは拒まぬ。その拘束は儀礼的なものじゃ。許せ」
「いや、人間がアマゾネスにしてきたこと……先程リアから聞いた。酷いことをされたのだから、これくらいの仕打ちは覚悟の上だ」
「……なるほどな」

 ユリウスと言葉を交わしたキャロルは、既に彼がどのような人物か把握したらしく、口元に鋭い顔つきとは不釣り合いなくらいの柔らかい笑みを浮かべた。

「だいたいのことはリアから聞いている。ワシらと交渉がしたいとな?」
「あぁ、詳しくはこっちのティナから話すが……」

 キャロルの視線がスッと私の方へ移る。特に睨まれたわけでもないのに、それだけのことで私は背筋に緊張が走った。変なことを口にしたらただではすまなそうな、内に秘めた迫力のようなものを感じる。
 早く答えなきゃと思って、私は軽くパニックを起こしてしまった。

「えっ、あっ、私? あ、はい、あの──」
「落ち着け」
「はい! えっと……単刀直入に言います。──私たちヘルマー伯爵家と同盟を結びませんか?」
「「はぁ?」」

 ユリウスとキャロルは同時に気の抜けたような声を上げた。そして一瞬早く我に返ったユリウスは、すかさず私に食ってかかる。

「おいティナ! 確かに俺はお前のアイデアには全幅の信頼を置いてはいるが……こんなのは前代未聞だぞ!? 貴族の家が森に住むアマゾネスと手を結ぶなんて──」
「そうじゃ。いくらお主らがワシらに敵意を持っていないとしても他の人間はどうじゃ? ワシらは仲間を大勢殺し、最近では森を焼くなどという不遜極まりない行いを始めた人間どもと、手を組む気は毛頭ないわい」

 口々に抗議する二人。私はまさに前門の虎後門の狼ならぬ『前門のアマゾネス後門の領主様』状態になってしまった。

(やっぱり、ちゃんと説明してからじゃないとダメだったかぁ……)

 私はキャロルの視線に怖気付いて結論を急いでしまったことを後悔した。しかし済んでしまったことは仕方ないので、気持ちを切り替えて説明を始める。

「キャロル長老。このくらいの大木の森となると、木の幹の中にはたくさんの水分が含まれていてそう簡単に燃えないと思いますけど……」
「うむ、そうじゃ。並の炎では燃えん。じゃが、あの時は違ったんじゃ」

 どうやらアマゾネスの森は強い炎によって焼かれたらしい。セイファート王国が所有する火炎放射器の出力なんてたかが知れている。せいぜいボヤが精一杯だろう。

(だとしたら!)

 新兵器か、ドラゴンでも調教テイムしたか……でなければ考えられるのは一つしかない。
 私の辛く苦しかった魔法学校時代の記憶が再び甦ってきた。


「何を使って燃やされたんですか……?」
「知らぬのか? お主らが使う『魔法』というやつじゃ。まるで悪魔のような炎じゃった……竜のようにうねり、一面を覆い尽くすようにして一瞬で森を飲み込んだ」 

 私の嫌な予感は的中していた。そんな魔法を使える魔導士を私は一人しか知らなかった。

「私、それをやった魔導士を知っています」
「なんじゃと!?」
「そんなことができるのは一人しかいません。『七天』、『気炎万丈Highspirits』のマテウス──マテウス・ブランドルです」

「おいおい、『七天』って奴らはロクなのいないのか?」
「……」
「あ、いや、ティナは除く」

 呆れたように呟いたユリウスになんとなく視線を送った私の心情を察したかのように、彼はしまったといった様子で即座に訂正を入れてきた。こんなところにもユリウスの優しさが出ている。本当に出会った頃の素っ気ない態度が嘘のようだ。

「──否定はしません。『七天』は私も含めて変人ばかりですから」
「変人という自覚はあったんだな?」
「そりゃあ、料理人という安定して稼げる職業を捨てて、わざわざ危険な冒険者を選んだ挙句、フライパンを持って戦うなんて普通ならどうかしてると思います」
「うん……まあ、わかった上でやってるならいいんだ。そのお陰で俺も美味い飯が食えてるわけだからな」


「で、そのマテウスとやらはお主の知り合いなのじゃな?」
「まあ、昔の知り合いです。今はどこかの貴族に仕えていたような……」

 置いてけぼりにされていたキャロルが身を乗り出して口を挟んできたので、私はこくこくと頷いた。

「『七天』どもがどこに仕えているのかも知らないのか。お前、それでも魔導士か?」
「そんなこと興味ないですもん! 私を捨てた魔導士たちなんて……」
「あ、すまん……でも、当然冒険者ギルドは把握しているはずだから、領地に戻ったらミリアムのアホにでも聞いてみるか。何か知ってるかもしれん」

「まあ、そう簡単に帰す訳にはいかんのじゃけどな」

 私とユリウスの会話に再び割って入ったキャロルは、腰の辺りから大ぶりのナイフを二本取り出した。そしてそれを両手に構えると私の方に向かって飛びかかってきた。

「うわぁぁっ!?」

 思わず目をつぶった私の頭のすぐ上で何か衝撃を感じた。恐る恐る目を開けてみると、キャロルは右手のナイフを私の頭のすぐ上の木の幹に突き立てて身体を支え、左手に持ったナイフを私の首筋に突きつけていた。

「マテウスという輩について、知ってることを全て話してもらおうか」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだマテウスと決まったわけでは……いくつか確認させてください……」
「──よかろう」


 私は大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。キャロルの突然の行動には驚いたものの、彼女からは殺気は感じられない。私たちが森を燃やしたわけではないということは理解してくれているようだ。だとしたら──できるだけ正確に、話さなければいけない。
 意を決すると、目の前にあるキャロルの顔を見つめながら口を開いた。

「まずは、森が燃やされるようになった時期ですが……」
「数年前からじゃな」
「ということは、だいたい彼が魔法学校を卒業して貴族に仕えるようになった時期と一致しますね……」
「ふむ」

「あ、そういえばユリウス様やウーリは、アマゾネスたちが南下してきてよく姿を見せるようになったと言っていましたけど……」
「そのとおりだ、その時期もだいたい数年前からだ」
「ワシらは本来もっと北の方に住んでいたんじゃが、森を焼かれて追われたんじゃよ」

 ユリウスが答えると、キャロルも補足をした。

「つまりこの森の南に位置しているヘルマー領の人たちのせいじゃないのは一目瞭然じゃないですか!」
「えっ!? 人間にも種類があるの? 南に住んでる人間と、北に住んでる人間は違う人間なの?」

 私が思わず声を上げると、少し離れたところで聞いていたリアが枝に腹ばいになって両手足としっぽをぶらぶらとさせながら首を傾げた。

「えっと……同じとも言えるし違うとも言えるし……あーもう! とにかくだとしたら話は早いです! ユリウス様、この森の北側にあるのはどなたの領地ですか? そこにマテウスが仕えているはずです!」


「森の北側には確か……モルダウ伯爵家の領地があるな」
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