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episode1 意地悪な先輩を黙らせろ!

14. 勝負ですわ!

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 どんな恐ろしいものが現れるのか身構えた私だったが、扉の向こうに現れたのは広い部屋だった。冒険者ギルドの倉庫よりは幾分か狭い30ラッシュほどの広さの部屋の中心付近には、大きな円卓が置かれており、五人の人影が座していた。

 そのうちの四人は、年配の老人であり、残る一人が魔導士のミリアムであったが、扉が開く音に釣られて五人の視線が一気にこちらに集まってきたので、私は蛇に睨まれた蛙の気分になって固まってしまった。

「ほら、しっかりしろ」

 硬直を解除してくれたのはユリウスで、私の背中にそっと手を添えながら円卓に向かって歩かせる。そして、空いていた席に私を座らせ、自分はその隣に座った。──ミリアムから突き刺すような視線が絶えず送られていたので、私は更に身を縮こませることになった。

 その他の老人の視線にしても、好奇や驚き、軽蔑けいべつや無関心、実に様々なもので、まるで見せ物にでもされている気分だ。

「あ、あのぅ……これはどういう……?」
「紹介しよう! こいつは俺が雇った冒険者のティナ・フィルチュだ」

 ユリウスは徐に手を叩いて注目を集めると、私をその場の面々に紹介した。すると、場がどよめいた。

「ほう、この娘がユリウス様が目にかけているという料理人の?」
「こんな小娘に何ができるというのだ!」
「見たところ、15歳にも達していないようですが……」
「呆れた。わしゃ帰るぞ!」

(……好き放題言われてるんですけど……ていうか私18歳だし……!)


「静かにしろ! ……ティナ、こいつらはヘルマー領の有力者たちだ」
「ヘルマー領商業ギルドのマスター、ホラーツ・ヴェバーといいます。どうぞよしなに」

 老人たちを紹介するユリウスに、まず立ち上がって名乗ったのは、小太りの人の良さそうな老人。背は低めで目は細く、人あたりの良さそうな印象だ。年齢は60代前半くらいだろうか。

 私も慌てて立ち上がって頭を下げる。

「ティナです! よろしくお願いします!」

 すると、続けて立ち上がった老人がぶっきらぼうに挨拶してきた。

「狩猟ギルドのマスター、アントニウス・レーマンだ」
「よろしくお願いします!」

 こちらの老人は頑固そうな印象を受けた。が、その身体はユリウスの親衛隊に勝るとも劣らないほどに筋骨隆々としており、年齢も四人の中で一番若そうである。50代後半くらいだろうか。

「わしゃ農業ギルドのマスターのセリム・ラームと申すですじゃ。まあ、よそ者にはあまり期待してないで」
「は、はい……」

 腕を組みながら名乗ったのは白い髭面の老人だった。どこか尊大な印象を受ける。年齢は恐らく最年長だろう。80近いかもしれない。
 もう一人の背の高い老人は自己紹介のさなかずっと知らん顔をしていたが、セリムと名乗った老人が紹介を終えてついに最後の一人になってしまったからか、立ち上がりもせずに一言こう告げた。

「ミッター・フィードラー。酪農ギルドのマスター、あとはそうだな……貴様みたいなガキは大嫌いだ。世間知らずだからな」
「え、あ、はい……」

 いきなりこんな所に連れてこられて、おじいちゃん達から散々に言われて、私はかなり気分を害していたが、なんとか堪える。多分ここで怒ってしまってはユリウスの真意はわからない。そう思った。
 ユリウスは老人たちと私のやりとりを満足そうに聞いていたが、やがて両手を上げて場を鎮めた。老人たちが席に座り、私もそれにならって着席する。いよいよ本題に入るようだ。


「──で、なんでお前がここにいるんだ?」
「はぁ?」

 ユリウスが声をかけたのはなんとミリアムだった。ミリアムは呆気にとられたような表情でしばし固まると、ユリウスに食ってかかった。

「わたくしは冒険者ギルドのマスターとしてここにいるんですけど!」
「別に頼んでないのだから来なくても構わんぞ」
「そういうわけにはいきませんわ! わたくしはヘルマー領の現状を王都の冒険者ギルドに報告する義務がありますので?」
「ふむ、そうか。ならば余計な口出しはするな」
「言われなくても、そのつもりですわ!」

 すると、ユリウスは一気に興味を失ったようにミリアムから視線を外す、すかさずミリアムはユリウスにむかって舌を出した。私はそんなミリアムの仕草が妙に面白くて笑いそうになってしまった。


「さてと、皆を集めたのは他でもない、ヘルマー領のこれからを考えるためだ。皆知ってのとおり我が領地は貧しく、敵の侵略や隣接する領主からの搾取さくしゅを受け、領民は逃げ出し原住民や魔獣がはびこる無法地帯と化している」

 ユリウスの言葉に、白髭のセリムが続ける。

「ユリウス様は逃げ出す領民を取り締まらんかったからな。お人好しが過ぎるで」
「いや、あそこで取り締まっていたら領民の反発は避けられません。一揆など起こされては余計に状況は悪くなっていましたよ」

 小太りのホラーツがたしなめるように言うと、セリムはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「ふんっ、人手が足りなくなったせいで魔獣避けの柵の設置も、罠の設置もままならん。狩猟ギルドは一体何をしておるのか……」
「こちらは最近活動が活発になっている原住民のせいで森での狩りがままならない。お互い様だ」

 セリムがターゲットをアントニウスに移すと、アントニウスは肩を竦めた。

「あの原住民どもには一度痛い目を見てもらわんとな。俺たちの家畜もよく襲われる」
「それだけの兵力があればいいんですけどね……領地に残った若者もほとんど隣のアルベルツ領に連れていかれる始末ですから……」
「アルベルツ侯爵の力を借りねばゲーレ共和国とやり合えないのだから致し方あるまい」

 ミッターもホラーツも弱りきった表情だ。まさに打つ手なしといった状況だろう。


「ティナは……なにかいい考えが浮かんだか?」
「えぇっ……?」

 ユリウスが目を輝かせながら話を振ってくるが、正直今振られてもいい迷惑だ。私も、この領地に未来はないように思えてきた。しかし、期待に応えないとという使命感と、先程散々バカにされた腹いせもあって、私は必死に脳みそを動かしてアイデアを捻り出した。

「えっと……私、特産のヘルマー牛とか野菜とか食べたんですけど、すごく美味しくて……だからなんとかして王都に売り込めば……ここが魅力的な場所になれば人は集まってくると思──」
「そんなこと、できると思うのか? 王都までどれくらいかかると思ってるんだ……これだからよそ者は……」
「むっ……」

 ミッターの言葉に私はカチンときた。

(せっかく人が一生懸命考えてるのに!)

 こうなったら意地でもヘルマー牛をブランド牛にしないと気が済まない。あの美味しさならそれは十分可能で、問題はミッターの言うとおり王都までの距離なのだ。運んでいるうちに肉も野菜も鮮度が落ちては意味がない。

「私に考えがあります!」
「ほう!」

(いや、勢いで言っちゃったけど、まだ考えてないよ!)

 後に引けなくなってしまった私は自信たっぷりを装うことにした。間を十分にとり、一同の表情を見回す。

(期待半分、不安半分といった感じか……)

「私の知り合いの料理店なら、高く買い取ってくれるはずです! ──でもそのためにはまずは生産量を確保しないといけない」
「ふむ、ではまずは国内の難を排するところからか……」

 私の思いつきに上手くユリウスが乗ってきてくれた。これで私から矛先が外れ──


「異議ありですわ!」

 よく通るハスキーボイスで高らかに告げたのはミリアムだった。席から腰を浮かし、私をビシッと指さしている。ミリアムは腰に手を当て、老人たちを見渡して同調を煽るように続けた。

「こんなよく分からないよそ者にヘルマー領の未来を託していいのでしょうか? 自分の領地は自分たちでなんとかするものでは? ──ユリウス様もユリウス様ですわ!」

 ミリアムの発言に、老人たちはこくこくと頷いて同意を表した。

「自分たちの領地を自分たちでなんとかしようとした結果がこれなんでしょう!」
「うるさいですわ! ちびっ子のくせに!」
「ちびっ子関係ないでしょう! 私だってお金もらって雇われてるんです! 雇われてるからには責任があります! 自分の仕えてる領地が潰れたら汚名ですからね!」
「なんと打算的な!」
「冒険者というのはそういうものなんです!」

 私とミリアムは額を突き合わせながら罵りあった。やがてらちが明かないと思ったのか、ミリアムはこんなことを提案してきた。


「勝負ですわ! わたくしが勝ったらこの領地から出ていってもらいます!」
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