愛玩少女のストリングループ

早見羽流

文字の大きさ
上 下
28 / 32

クイズ

しおりを挟む
 結局、伊澄はいつまで経っても私を離してくれず、疲れ果てていつの間にか寝てしまい、そのまま朝になってしまった。

 清々しい朝だ。小鳥のさえずりも聴こえてくる。

「あっ、そっかそういえば今日は……」

 今日は土曜日、心羽先輩との待ち合わせがある日だ。
 といっても、心羽先輩が行きたがっていた駅前の新しいゲームセンターで合流して気ままに散歩するだけの味気ないデート。私も心羽先輩も、他の女子が知っているようなオシャレなお店とか、映えるデートコースを知っているわけでもないし、テーマパークやカラオケなんかが大好きなわけでもない。

「うーん……」

 手足を伸ばすと、倦怠感が襲ってきた。どうやらよく眠れなかったらしい。ちなみに元凶の伊澄はというと、隣ですやすやと眠っている。でも、その目元が腫れているのを見てまた少し罪悪感を覚えてしまった。

 とりあえず伊澄はそのまま寝かせておいて、起きないように気をつけながら身支度を整える。


「……もっと気の利いた服があればいいんだけどなぁ」

 流行りに疎くてセンスもない私は、白や黒メインの地味な私服しか持っていない。これでは色気もクソもないので、心羽先輩と付き合い始めたからにはそろそろブティックでも行って可愛い服でも調達してきた方がいいかもしれない。

「今度心羽先輩に選んでもらおっと」

 心羽先輩はどんな服が好きなのだろうか。心羽先輩の好みどおりに着飾った私なら、もしかしたら絆先輩よりも好きになってくれ──

「いやいや、そんなことはないよね!」

 なにを考えてるんだ私は。あくまでも私は二番目、絆先輩の次に好かれていればいいって決心したはずなのに、どうしてこうもモヤモヤしてしまうのだろう。

「こんな関係長続きするのかなぁ……」

 早くも私たちの行く末に暗雲が立ち込めているような気がする。早く心羽先輩に会ってこの不安を打ち明けてしまいたい。でも、そんなことしたら心羽先輩はどう思うだろうか。

「ううん、やめよう」

 とにかく、心羽先輩といる時は不安を忘れて目いっぱい楽しまないと失礼だし、向こうもそのつもりのはずだ。そう、一番不安なのは、姉の絆先輩の気を引きたい心羽先輩のはずなのに。
 嫌な考えを追い払うと、私は寮を後にした。


 ☆☆☆


 朝食をとっていなかったので、近くのコンビニでサンドイッチを購入し、それをかじりながら歩いていると、駅前に着く頃にはちょうどゲームセンターが開店する時間になっていた。
 休日の朝からゲームセンターに入り浸る人なんて、開店前のパチンコ屋の前に並んでいる人よりもレアだと思う。少なくとも、開店前のゲームセンターに並んでる人なんて数える程しかいない。
 店内に入ってみると、新しいせいかいつものゲームセンターよりもそれなりに広く感じた。が、こちらはUFOキャッチャーというよりも、ビデオゲームやアーケードゲームに力を入れているらしく、そっち方面の筐体が目立つ。

 店内にまだ心羽先輩の姿はなかった。せっかくなので、ゲームセンターに通い始めてからたまにやっているクイズゲームの筐体の前に座り、コインを入れてみる。
 昔からある人気のクイズゲームシリーズの最新作で、プレイヤーはゲームの中で魔法使いになりきり、クイズに正解すると魔法を発動することができて、その魔法で敵のモンスターを倒していく──みたいなゲームだ。

 クイズはあまり得意ではないけれど、生徒会の面々のおかげで変な雑学の知識はついていて、それなりに答えられる。……国語とか社会は得意分野だし。

『施術台などの専用器具を使い、アジャストメントという施術により、体の中心である脊髄の位置を調整することにより、神経圧迫を原因として起こるトラブルにアプローチしていく方法のことを何という? ①アロマテラピー ②オステオパシー ③カイロプラクティック ④タラソテラピー』

 え、なんだろうこれ……?
 唐突な難問に戸惑ってしまった。恐らく美容関係の用語なのだろうが、私にはさっぱりだ。

「うーん……適当に答えるか、四択だし……」

 悩んでいるうちにどんどん制限時間は少なくなっていく。このゲームでは正答なら早く答えた方が有利だ。こういうそもそも考えたところでよく分からない問題は、とりあえず早く何かしらの選択肢を選ぶのが良い。そう思って、名前だけは聞いたことのある①を適当に選ぼうとした時、突然後ろからこんな声が聞こえた。

「カイロプラクティック」
「えいっ!」

 指を咄嗟に軌道修正し、③を選択した私。直後、筐体の画面には正答を示す赤い丸が踊った。

「やった……!」

 ゲームの中の私のアバターが放った魔法によって、敵の巨大モンスターが撃破され、ミッションクリア。すんでのところでゲームオーバーを免れた私は、声の主を振り返った。そこには心羽先輩が腕を組んで立っていた。

「ありがとうございます心羽先輩!」
「……べつに」

 相変わらず素っ気ない返事だが、これがいつもの心羽先輩だった。なんだか安心する。

「美容とかタマよく分からないので助かりました」
「せっかく可愛いんだから、少し美容勉強してみてもいいのに」
「心羽先輩はオシャレだし、美容詳しいですよね……羨ましいです」
「まあ、色々やってるのよ……ねーねの気を引くためにね。今のところ無駄になってるけど」
「あ、ごめんなさい……」

 てっきり心羽先輩の地雷を踏んでしまったものと焦った私だったけれど、先輩は顔色一つ変えなかった。

「ん、まあいいのよそれは。問題は玲希のこと」
「タマの……?」
「そ。せっかく付き合ってるんだから、もっとオシャレしたら?」
「うーん、確かにオシャレな心羽先輩の隣にこんな地味でちんちくりんでなんの取り柄もない女がいたら迷惑ですもんね……」
「いや、そこまでは言ってないけど」

 責められてると思ってネガティブモードを発動してしまった私に呆れた様子の心羽先輩。──そうだ、せっかくだしあれをお願いしてみようかな。

「実はタマ、ちょうど何かオシャレな服がないか探していたところなんです。──もしよかったら、今度ブティックに付き合ってもらえませんか?」
「へぇ、いいじゃない。行きましょ、今行きましょ」
「えっ、あっ、今はちょっと……!」

 テンションが上がり始めた心羽先輩を慌てて制すると、先輩は可愛らしく首を傾げた。

「どうして? 善は急げっていうでしょ?」
「ですけど! ちょっと今はお金がないというか……」

 特に恵まれた学生ではない私。趣味にそんなに注ぎ込まないものの、その分親からの仕送りは減らしてもらっている。お父さんなんかは「そんもんで生きていけるのか?」とか心配してよく電話をかけてくるけれど、今までは実際お金に困ったことはないので「へーきへーき」と答えていた。
 でも、オシャレにはお金がかかるものだ。オシャレな服を一通り買い揃えようと思ったら、数万は下らないだろう。それに靴や帽子やアクセサリー等の小物、ヘアアレンジにメイク、色々やろうと思ったら、とてもじゃないけど私の今の仕送りじゃあどうにもできない。まずはお父さんに頼んで仕送りを増やしてもらおう。お父さんのあの様子だと快くOKしてくれるだろう。あとは来月からオシャレに気合を入れて──って考えていたのに。

「玲希って、意外と趣味にお金使うタイプなのね」
「いや、そういうわけじゃなくて……使うところがないから仕送りを減らしてもらっているというか……」
「……偉いのね」

 心羽先輩は感心したように呟いて私の頭をポンポンと叩いた。私は二重の意味で恥ずかしくなって顔を伏せたけれど、それが逆に心羽先輩のスイッチを入れてしまったのか、先輩はしばらく私をなでなでしていた。

「あ、あの……恥ずかしいのでそろそろ……」
「わたしが買ってあげるよ」
「へっ?」
「だーかーらー、買ってあげるって。服」
「え、えぇぇぇぇっ!? そ、そんな恐れ多い!」

「なに? わたしが選んだ服が着れないっていうの?」
「そういうわけじゃ──」
「じゃあ早く行こ?」

 半ば強制的に、私はブティックに連れていかれることになったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...