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大人らしさ
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☆☆☆
「……大人らしさってなんだろう」
放課後の生徒会室で、私はふと呟いてしまった。
昨日心羽先輩と別れたあと、周りに大人っぽいと認めさせるにはどうすればいいのかとひたすら考えていたのだ。
今、生徒会室では役員たちが三つくらいのグループに分かれてそれぞれ文化祭に向けた準備を進めている。私はまだ絢愛とは仲直りできていないので、もちろん別グループだ。私と、二年生の川久保 優芽花の『会計グループ』は、ひたすら電卓を叩いて費用の計算をしている。
私の独り言は、優芽花に聞かれてしまっていたらしい。少し短めの髪を頭の後ろで軽く結っているこのモテ後輩は、早速私に絡んできた。
「えーっ、タマちゃんセンパイって、大人っぽくなりたいんすかぁ?」
「ま、まあね……ほら、タマってこんなんだし」
「ゆめちん的にはセンパイみたいなロリ系っていうの? も全然アリだと思うっすけどねぇ」
ほら、みんなこう言う。私は嫌なのに。
「まあそうっすねぇ……大人っぽいといえば、さきりんセンパイみたいななにごとにも動じない大物感とか、れいれいセンパイみたいなナイスバディーな感じっすかね! タマちゃんセンパイにはどっちも無理そうっすね」
「分かってるよそんなの……」
沙樹は確かに生徒会の中でも一番大人っぽいと思う。この人に任せておけば大概はなんとかなるだろうみたいな、謎のラスボス感のようなものがある。
そして羚衣優は……はぁ、私もあんな大人な体型になれたらなぁ……。
「れいれいセンパイ、マジですげぇっすよね! あんなにお人形さんみたいな可愛らしい顔してるのに、おっぱいドーン! お尻バーン! みたいな感じで!」
「うんうん、まったくけしからん……」
私と優芽花が二人して羚衣優にじっとりとした視線を送っていると、視線に気づいたのか、茉莉と楽しそうに話していた羚衣優はこちらを見て首を傾げる。その一挙手一投足ですら可憐な美少女で、私はジェラシーをおぼえた。
「ここだけの話、ゆめちんはれいれいセンパイが目当てで生徒会に入ったんすよ。入学した時から噂でしたからね『謎の美少女』って。そんなれいれいセンパイを近くで拝めて、ゆめちんは幸せものっすわ!」
「そうだったの……まあ動機は人それぞれでいいと思うけど、ちゃんと仕事もやってね?」
「うぃっす、もちろん。生徒会室はれいれいセンパイの他にも美少女の宝庫っすからね! せいぜいクビにならないように頑張るっす!」
両手で握りこぶしを作りながら目を輝かせる優芽花。実際彼女は有能だ。数学の偏差値が異様に高い彼女は会計の仕事を楽々とこなす。むしろ先輩の私よりも手際がいいくらいだ。これは次期会計は優芽花で決まりかなとしみじみと思っていると、先程まで羚衣優と話していた茉莉が私たちの方へ歩いてきた。
「タマちゃんせんぱーい。さっきからチラチラあたしのカノジョを眺めてましたね。羨ましいですか? あげませんけど」
「もう、まっちゃんったら……不意打ちでそういうこと言わないの!」
「だって、羚衣優せんぱいは世界で一番可愛いですからね。あたしのものです」
「もうばかぁ……みんなが見てるよ……」
「見せつけてるんですよ、このこのっ!」
「きゃっ! お、お返しっ!」
「やったなー! えーいっ!」
「もぅっ、まっちゃんのえっち……!」
茉莉が軽口を叩けば、後ろから羚衣優が真っ赤になって彼女の袖を引っ張る。そして小突き合いが始まり、それはすぐさまイチャイチャへと発展する。相変わらずおアツい。
このイチャイチャはいつしか中学生徒会の代名詞になっているので、みんな生暖かい目で眺めている。私も最初は注意していたものの、逆にからかわれてしまうということが分かったので最近は黙認している。
本当に羨ましい。私にもイチャイチャする相手が欲しい。
「はぁ……」
「タマちゃんセンパイ、ため息ついてると幸せが逃げるっすよ」
「そうそう、もしかしたらタマちゃんせんぱいを狙ってる子がいるかもしれないのに、逃げちゃいますよ?」
「いやいや、そんなのいるわけないって……タマはマスコットなんだから……犬や猫と付き合いたいって思う? 思わないでしょ普通」
「タマちゃんセンパイのロリロリしたところ、ゆめちんは大好きっすよ? 結婚してもいいと思ってるっす!」
「やめてよもう……」
茉莉も優芽花もわかってない。それじゃあだめなんだ。マスコットのままじゃ……。
だから大人っぽくなりたいと思ってるのに、マスコットのままでも十分可愛いみたいなフォローのされ方をされると、所詮私には大人っぽくなんて無理なのかと泣きたくなってくる。
テーブルを動かしてきた茉莉は、羚衣優と共に私たちの近くに座る。そして、しばらく外を眺めたり、優芽花の消しゴムを手で弄んだり、私のスクールバッグについていたキーホルダーを触ったり、羚衣優の髪の毛を撫でたりしていたが、おもむろに私の方に身体を寄せてくると、こんなことを囁いてきた。
「で、タマちゃんせんぱいはいつまで会長さんとケンカしてるんですか?」
「えっ!?」
「バレバレですよ? いつもは毎日のようにふざけあっている二人なのに、今日は全然話さないし、視線も合わさないし。まるでお互い避けあってるみたい。ね?」
茉莉が同意を求めると、隣の羚衣優がこくこくと頷いた。茉莉以外の他人にあまり興味を示さない羚衣優も気づいていたとなると、よほど分かりやすかったのだろうか。
「あ、それ触れちゃいけない話題かと思ってたっす」
優芽花も気づいていたらしい。というか彼女の言うとおり、あまり触れてほしくない話題なのは確かだ。これは私自身が解決しないといけない問題だと思う。そのためには何とかして大人っぽくなる必要がある。
だから悩んでるのに。
「えっと、ほんとに大したことじゃないんだけど、ちょっとタマの中で絢愛との接し方を考え直している部分があるというか……!」
「えーっ? もしかして絶交ですか!?」
「生徒会大分裂っすか!?」
「そ、そうじゃないけど……!」
文化祭前のこの大事な時期に、生徒会長と会計がケンカしているのは明らかにマズいけれど、私の中でのモヤモヤが消えるまではどうしても今までどおり絢愛や伊澄と接するのは無理そうだった。原因は私の中にあって、二人は特に悪くない……いや、悪いと言えば悪いけれど、私と比べたら比率は低いと思う。
「やっぱり、自分でなんとかしないといけないのかな……」
「──そのことなんだがね」
「「うわぁっ!?」」
突然背後から話しかけられたので、私はその場で飛び跳ねてしまった。悲鳴を上げたのは私だけではなく、茉莉や優芽花、羚衣優までも驚きの表情を浮かべている。……全く気配がなかった。
私に話しかけてきたのは三年生副会長の沙樹だった。振り返ると、腕を組みながらニヤリと笑うクールな佇まいの彼女が立っていた。ショートヘアでボーイッシュな彼女は、そのクールな見た目と明晰な頭脳、そしてミステリアスな性格でファンも多い。
星花中学生で人気投票をしたら、生徒会メンバーの中で羚衣優に張り合えるほど人気が出るのではないだろうか。
沙樹は驚く一同の反応を見て楽しんでいたが、私の方に目を向けると、人差し指を立てながらこう続けた。
「タマちゃんが『大人』になりきれないのは、ひとえに経験不足が原因だと思うんだ」
「経験不足?」
「そう。キミは今まで、『保護者』に守られる存在だった。だから、危険なものや不必要なものは保護者に排除され、そのフィルターを通してしか世の中を見ていなかったんだよ」
「うーん?」
なんか、いきなり難しい話になってきた。でもなんとなくわかる。結局『保護者』がいたから大人になれなかったということだろう。
「タマちゃんももうすぐ高校生なんだ。そろそろ『保護者』の手を離れて独り立ちしてもいい頃だとボクは思うね」
「でも、経験なんてどう積めばいいの?」
「そうだねぇ、手っ取り早いのは……」
皆、沙樹の答えが気になっているのか、静かに聞いている。あの羚衣優でさえも、今だけは茉莉から視線を外して真剣な表情で沙樹を見ている。
沙樹はこれみよがしにもったいぶってみせてから、こう言った。
「恋することかな。恋愛は人生のスパイスっていうしね。恋することで人生の経験値は格段に上昇するのさ。どんどん恋してどんどん成長したまえ少女よ。はははっ!」
そう言うと、私の頭をぽんぽんと叩いてどこかに行ってしまった沙樹。私たちはしばらく呆然としていた。まるで嵐のような人だった。
「……さきりんせんぱいって、恋愛したことあるのかな?」
「さぁ? 一番色恋沙汰には無縁の人だと思ってたっすけど……意外と経験豊富だったりして……」
「絶対にめちゃくちゃモテてるはずなのに、浮ついた話を一切聞かないんだよね……」
「聞けば聞くほど謎な人っすね……」
茉莉と優芽花がボソボソと呟く言葉だけが生徒会室にしばらく響いていた。
「……大人らしさってなんだろう」
放課後の生徒会室で、私はふと呟いてしまった。
昨日心羽先輩と別れたあと、周りに大人っぽいと認めさせるにはどうすればいいのかとひたすら考えていたのだ。
今、生徒会室では役員たちが三つくらいのグループに分かれてそれぞれ文化祭に向けた準備を進めている。私はまだ絢愛とは仲直りできていないので、もちろん別グループだ。私と、二年生の川久保 優芽花の『会計グループ』は、ひたすら電卓を叩いて費用の計算をしている。
私の独り言は、優芽花に聞かれてしまっていたらしい。少し短めの髪を頭の後ろで軽く結っているこのモテ後輩は、早速私に絡んできた。
「えーっ、タマちゃんセンパイって、大人っぽくなりたいんすかぁ?」
「ま、まあね……ほら、タマってこんなんだし」
「ゆめちん的にはセンパイみたいなロリ系っていうの? も全然アリだと思うっすけどねぇ」
ほら、みんなこう言う。私は嫌なのに。
「まあそうっすねぇ……大人っぽいといえば、さきりんセンパイみたいななにごとにも動じない大物感とか、れいれいセンパイみたいなナイスバディーな感じっすかね! タマちゃんセンパイにはどっちも無理そうっすね」
「分かってるよそんなの……」
沙樹は確かに生徒会の中でも一番大人っぽいと思う。この人に任せておけば大概はなんとかなるだろうみたいな、謎のラスボス感のようなものがある。
そして羚衣優は……はぁ、私もあんな大人な体型になれたらなぁ……。
「れいれいセンパイ、マジですげぇっすよね! あんなにお人形さんみたいな可愛らしい顔してるのに、おっぱいドーン! お尻バーン! みたいな感じで!」
「うんうん、まったくけしからん……」
私と優芽花が二人して羚衣優にじっとりとした視線を送っていると、視線に気づいたのか、茉莉と楽しそうに話していた羚衣優はこちらを見て首を傾げる。その一挙手一投足ですら可憐な美少女で、私はジェラシーをおぼえた。
「ここだけの話、ゆめちんはれいれいセンパイが目当てで生徒会に入ったんすよ。入学した時から噂でしたからね『謎の美少女』って。そんなれいれいセンパイを近くで拝めて、ゆめちんは幸せものっすわ!」
「そうだったの……まあ動機は人それぞれでいいと思うけど、ちゃんと仕事もやってね?」
「うぃっす、もちろん。生徒会室はれいれいセンパイの他にも美少女の宝庫っすからね! せいぜいクビにならないように頑張るっす!」
両手で握りこぶしを作りながら目を輝かせる優芽花。実際彼女は有能だ。数学の偏差値が異様に高い彼女は会計の仕事を楽々とこなす。むしろ先輩の私よりも手際がいいくらいだ。これは次期会計は優芽花で決まりかなとしみじみと思っていると、先程まで羚衣優と話していた茉莉が私たちの方へ歩いてきた。
「タマちゃんせんぱーい。さっきからチラチラあたしのカノジョを眺めてましたね。羨ましいですか? あげませんけど」
「もう、まっちゃんったら……不意打ちでそういうこと言わないの!」
「だって、羚衣優せんぱいは世界で一番可愛いですからね。あたしのものです」
「もうばかぁ……みんなが見てるよ……」
「見せつけてるんですよ、このこのっ!」
「きゃっ! お、お返しっ!」
「やったなー! えーいっ!」
「もぅっ、まっちゃんのえっち……!」
茉莉が軽口を叩けば、後ろから羚衣優が真っ赤になって彼女の袖を引っ張る。そして小突き合いが始まり、それはすぐさまイチャイチャへと発展する。相変わらずおアツい。
このイチャイチャはいつしか中学生徒会の代名詞になっているので、みんな生暖かい目で眺めている。私も最初は注意していたものの、逆にからかわれてしまうということが分かったので最近は黙認している。
本当に羨ましい。私にもイチャイチャする相手が欲しい。
「はぁ……」
「タマちゃんセンパイ、ため息ついてると幸せが逃げるっすよ」
「そうそう、もしかしたらタマちゃんせんぱいを狙ってる子がいるかもしれないのに、逃げちゃいますよ?」
「いやいや、そんなのいるわけないって……タマはマスコットなんだから……犬や猫と付き合いたいって思う? 思わないでしょ普通」
「タマちゃんセンパイのロリロリしたところ、ゆめちんは大好きっすよ? 結婚してもいいと思ってるっす!」
「やめてよもう……」
茉莉も優芽花もわかってない。それじゃあだめなんだ。マスコットのままじゃ……。
だから大人っぽくなりたいと思ってるのに、マスコットのままでも十分可愛いみたいなフォローのされ方をされると、所詮私には大人っぽくなんて無理なのかと泣きたくなってくる。
テーブルを動かしてきた茉莉は、羚衣優と共に私たちの近くに座る。そして、しばらく外を眺めたり、優芽花の消しゴムを手で弄んだり、私のスクールバッグについていたキーホルダーを触ったり、羚衣優の髪の毛を撫でたりしていたが、おもむろに私の方に身体を寄せてくると、こんなことを囁いてきた。
「で、タマちゃんせんぱいはいつまで会長さんとケンカしてるんですか?」
「えっ!?」
「バレバレですよ? いつもは毎日のようにふざけあっている二人なのに、今日は全然話さないし、視線も合わさないし。まるでお互い避けあってるみたい。ね?」
茉莉が同意を求めると、隣の羚衣優がこくこくと頷いた。茉莉以外の他人にあまり興味を示さない羚衣優も気づいていたとなると、よほど分かりやすかったのだろうか。
「あ、それ触れちゃいけない話題かと思ってたっす」
優芽花も気づいていたらしい。というか彼女の言うとおり、あまり触れてほしくない話題なのは確かだ。これは私自身が解決しないといけない問題だと思う。そのためには何とかして大人っぽくなる必要がある。
だから悩んでるのに。
「えっと、ほんとに大したことじゃないんだけど、ちょっとタマの中で絢愛との接し方を考え直している部分があるというか……!」
「えーっ? もしかして絶交ですか!?」
「生徒会大分裂っすか!?」
「そ、そうじゃないけど……!」
文化祭前のこの大事な時期に、生徒会長と会計がケンカしているのは明らかにマズいけれど、私の中でのモヤモヤが消えるまではどうしても今までどおり絢愛や伊澄と接するのは無理そうだった。原因は私の中にあって、二人は特に悪くない……いや、悪いと言えば悪いけれど、私と比べたら比率は低いと思う。
「やっぱり、自分でなんとかしないといけないのかな……」
「──そのことなんだがね」
「「うわぁっ!?」」
突然背後から話しかけられたので、私はその場で飛び跳ねてしまった。悲鳴を上げたのは私だけではなく、茉莉や優芽花、羚衣優までも驚きの表情を浮かべている。……全く気配がなかった。
私に話しかけてきたのは三年生副会長の沙樹だった。振り返ると、腕を組みながらニヤリと笑うクールな佇まいの彼女が立っていた。ショートヘアでボーイッシュな彼女は、そのクールな見た目と明晰な頭脳、そしてミステリアスな性格でファンも多い。
星花中学生で人気投票をしたら、生徒会メンバーの中で羚衣優に張り合えるほど人気が出るのではないだろうか。
沙樹は驚く一同の反応を見て楽しんでいたが、私の方に目を向けると、人差し指を立てながらこう続けた。
「タマちゃんが『大人』になりきれないのは、ひとえに経験不足が原因だと思うんだ」
「経験不足?」
「そう。キミは今まで、『保護者』に守られる存在だった。だから、危険なものや不必要なものは保護者に排除され、そのフィルターを通してしか世の中を見ていなかったんだよ」
「うーん?」
なんか、いきなり難しい話になってきた。でもなんとなくわかる。結局『保護者』がいたから大人になれなかったということだろう。
「タマちゃんももうすぐ高校生なんだ。そろそろ『保護者』の手を離れて独り立ちしてもいい頃だとボクは思うね」
「でも、経験なんてどう積めばいいの?」
「そうだねぇ、手っ取り早いのは……」
皆、沙樹の答えが気になっているのか、静かに聞いている。あの羚衣優でさえも、今だけは茉莉から視線を外して真剣な表情で沙樹を見ている。
沙樹はこれみよがしにもったいぶってみせてから、こう言った。
「恋することかな。恋愛は人生のスパイスっていうしね。恋することで人生の経験値は格段に上昇するのさ。どんどん恋してどんどん成長したまえ少女よ。はははっ!」
そう言うと、私の頭をぽんぽんと叩いてどこかに行ってしまった沙樹。私たちはしばらく呆然としていた。まるで嵐のような人だった。
「……さきりんせんぱいって、恋愛したことあるのかな?」
「さぁ? 一番色恋沙汰には無縁の人だと思ってたっすけど……意外と経験豊富だったりして……」
「絶対にめちゃくちゃモテてるはずなのに、浮ついた話を一切聞かないんだよね……」
「聞けば聞くほど謎な人っすね……」
茉莉と優芽花がボソボソと呟く言葉だけが生徒会室にしばらく響いていた。
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