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一目惚れ
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「なっ……!?」
ベンチに横たえられ、謎の美人高校生先輩に膝枕されている!? という状況を受け入れられず、私は大いに混乱した。ポニーテールの美人高校生は私と目が合うとにっこりと笑った。
「大丈夫?」
「は、はいっ! 大丈夫……というか、大丈夫じゃないけど大丈夫ですっ!」
大丈夫じゃないのは主に膝枕のせいで、私は恥ずかしさで顔が真っ赤になっていただろう。今すぐ飛び起きて走り去りたいが、そんなことができるほど体調は回復していないし、まだこの命の恩人にお礼を言っていな──
「──っ!?」
すぐそばでこちらを見下ろしているもう一人の先輩が私を殺気のこもった瞳で睨みつけていることに気づいて背筋が凍った。ふわふわとしていた気持ちは一瞬にして冷めてしまった。
よく見ると、もう一人の方は髪型をおさげにしており、美しいというよりかは可愛らしい雰囲気をまとっているものの、顔のパーツはポニーテールの先輩によく似ている。会話から判断しても、おさげの先輩はポニーテールの先輩の妹さんなのだろう。
すると、ポニーテールの先輩が話しかけてきた。
「とりあえず、寮まで送っていくから部屋教えてくれる?」
「え、えっと……すみません大丈夫です」
だって、めちゃくちゃ怖いですよ妹さん……。まるで、膝枕をされるのは自分のはずなのに! とでも言わんばかりの怨念のこもった様子だった。このままポニーテールの先輩に甘えていたら、視線で射殺されかねない。
「でも……」
「る、ルームメイトに迎えに来てもらいますので!」
スカートのポケットからスマートフォンを取り出してアピールすると、「なるほどねー」と言いながらポニーテール先輩は諦めてくれたようだ。と同時に妹さんの視線から幾分か殺気が減った気がした。
「じゃあ私たちはこれで……気をつけて帰るんだよ?」
「は、はいっ! ……あ、あのっ」
そうだ。大切なことを忘れていた。
私は立ち去ろうとするポニーテール先輩に声をかけて引き止めた。
「タマは沢田玲希っていいます。……命の恩人さんのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「沢田……あっ、中学生徒会の!」
「そう、そうです! 会計の沢田です!」
「そっかそっかぁ。私はね……まあ名乗るような者でもないから気にしないで。生徒会頑張ってね」
「いえ、そういうわけにもいきません! 後でちゃんとお礼をさせていただきたいです!」
クールに去ろうとするポニーテール先輩だったが、ここで引き下がるわけにはいかない。お礼のこともそうだが、私の脳内にはまだあの膝枕の感覚が残っていて……素敵な先輩のお名前をお聞きしたい──という邪な気持ちが全くないともいえなかった。
が、案の定妹さんは黙っていなかった。
「そういうのいいから。行こう? ねーね」
「うぅ……」
妹さんはポニーテール先輩の腕を掴んで歩き去ろうとする。と、ポニーテール先輩は器用にその腕を逃れて私の耳元に駆け寄ってくると、小声で呟いた。
「絆。私は、渡橋絆。よろしく玲希ちゃん」
「絆……先輩……」
名前を呼んでくれた……!
きっと私の顔はだらしなく緩んでいただろう。
ほとんど一目惚れのような相手にこんなにドキドキさせられてしまうなんて。恋愛経験なんてほとんどなかった私の恋メーターが振れてしまうなんて、自分でも訳が分からなくてどうしたらいいのか分からなかった。
二人が立ち去ってしばらく、私は胸のドキドキが収まるまでその場で身体を抱くようにして待っていた。夕方のひんやりとした風で、熱くなった頭が冷めて、やっと平常心を取り戻した私は、ルームメイトの伊澄に電話をかけた。
数コールの後に彼女は電話に出てくれた。
『タマちゃん、どったのぉ?』
「い、伊澄ぃ……」
『どしたどしたぁ? 誰に泣かされたぁ!?』
「ち、違くてね……そ、その……」
伊澄の声を聴いて安心した私は思ったよりも百倍情けない声を出してしまったので、電話の向こうの保護者は色めき立った。ちゃんと、説明しないと。でも頭が混乱して何を言うべきなのか分からない。私の口から出てきたのは、意図していたのとは全く違う言葉だった。
「伊澄、私……好きな人ができたみたい……」
『えっ……』
えっ……いや、私の言いたいことは違くてね……! と言いたいけれど言葉が出てこない。
電話の向こうの相手は絶句している。それはそうだ。早く誤解を解かないと──
やがて、伊澄は大声で叫んだ。
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
「びゃっ!?」
鼓膜が破れそうなほどの大音量に、反射的に電話機を耳から離す。
『相手はどこの馬の骨ぇ!? 男? 女? 年齢は? 身長は? 体重は? スリーサイズは? どこまでいったぁ? キスした?』
「お、落ち着いて……ごめんなんでもない忘れて……」
『愛しの愛娘の色恋沙汰に落ち着いてられるかってんだぃ! 今宵は赤飯ぞ! 早速買い出しでぃ!』
「勝手にお母さんにならないで!」
結局、暴走してしまった伊澄が赤飯を買うために桜花寮から出てきたので、私は彼女を捕まえてなんとか落ち着かせることができた。でも、彼女が私の分までパニックに陥ってくれたおかげか、ひとまず私自身は正気に戻ることができたのだった。
☆☆☆
翌日。薬剤師さんがいるタイプの薬局で、もっと強い痛み止めを購入したことで痛みはマシになり体調は悪くない私。
でもその心中は穏やかではなかった。
恐らくは吊り橋効果のようなものなのだろう。
ピンチを助けてくれた絆先輩とまとっていたオトナな雰囲気と、彼女の膝枕の破壊力は抜群だった。伊澄や絢愛は大人びているといっても所詮中学生なので、どこか子供っぽいというか、成熟しきっていない感じがあるものだが、昨日の絆先輩は完全に『オトナ』な感じだった。
それがきっとオトナの魅力に慣れていない私の心を乱しているのだろう。気づいたら「もう一度絆先輩に会いたい。会ってお話がしたい」と思うようになっていた。だがその度に隣の妹さんの焼き殺すような視線が脳内にチラついてしまう。
「もし私が絆先輩のものになったら、きっと妹さんに殺されるだろうなぁ……」
「誰に殺されるって?」
「ふわぁ!?」
無意識のうちに口に出ていたらしい。たまたま席の側を通りかかった絢愛に反応されてしまった。絢愛に昨日のことを話すとまた面倒臭いことになるのは目に見えている。伊澄を落ち着かせるのだってあんなに苦労したというのに。
「たまきんに危害を加えようとするやつなんてよほど命知らずと見えるなー? たまきんにはたくさんの保護者がいるんだから後が怖いよね」
「まあそうかもしれないけどさ……」
あくまで私がちやほやされているのは中学校だけの話だ。そしてその『保護者』たちが高校生相手にどれほど役に立つのかは分からない。
「まあ、何か困ったことがあったらこの会長を頼りたまえよ。最近は後輩も入ってきて大変だけど、たまきんも私の大切な生徒会メンバーなんだからさ」
「あ、ありがとう絢愛……」
絢愛はバチコーンとウインクをして自席に戻っていった。深く突っ込まれなくてよかったと安堵したのもつかの間、昼休みに大事件が起こることになる。
昼休みになって私がお手洗いに行こうと廊下に出ると、ほぼ同時に廊下を歩いていた中学生たちがサーッと左右に分かれた。まるでモーセの十戒か映画の大魔神のようだ。不思議に思っていると、向こうから血相を変えたツインテールの女子高校生が歩いていた。
高校生は真っ直ぐに私の元に向かってくる。
「えっ……えっ?」
困惑する私の肩を掴むと、高校生は耳元で凄んできた。
「……あなた、変なこと考えてないでしょうね!?」
「へ、変なこと……ですか?」
その時やっと私は気づいた。
昨日と髪型が変わっているが、この人は絆先輩の妹さん。あの、目が怖い妹さんに違いない。だが、次に妹さんが発したのは、私が予想だにしていなかった言葉だった。
「そう。あなた昨日ねーねに膝枕してもらってニヤニヤしてたけど、ねーねにはすでに婚約者がいるんだから!」
「えっ!?」
ベンチに横たえられ、謎の美人高校生先輩に膝枕されている!? という状況を受け入れられず、私は大いに混乱した。ポニーテールの美人高校生は私と目が合うとにっこりと笑った。
「大丈夫?」
「は、はいっ! 大丈夫……というか、大丈夫じゃないけど大丈夫ですっ!」
大丈夫じゃないのは主に膝枕のせいで、私は恥ずかしさで顔が真っ赤になっていただろう。今すぐ飛び起きて走り去りたいが、そんなことができるほど体調は回復していないし、まだこの命の恩人にお礼を言っていな──
「──っ!?」
すぐそばでこちらを見下ろしているもう一人の先輩が私を殺気のこもった瞳で睨みつけていることに気づいて背筋が凍った。ふわふわとしていた気持ちは一瞬にして冷めてしまった。
よく見ると、もう一人の方は髪型をおさげにしており、美しいというよりかは可愛らしい雰囲気をまとっているものの、顔のパーツはポニーテールの先輩によく似ている。会話から判断しても、おさげの先輩はポニーテールの先輩の妹さんなのだろう。
すると、ポニーテールの先輩が話しかけてきた。
「とりあえず、寮まで送っていくから部屋教えてくれる?」
「え、えっと……すみません大丈夫です」
だって、めちゃくちゃ怖いですよ妹さん……。まるで、膝枕をされるのは自分のはずなのに! とでも言わんばかりの怨念のこもった様子だった。このままポニーテールの先輩に甘えていたら、視線で射殺されかねない。
「でも……」
「る、ルームメイトに迎えに来てもらいますので!」
スカートのポケットからスマートフォンを取り出してアピールすると、「なるほどねー」と言いながらポニーテール先輩は諦めてくれたようだ。と同時に妹さんの視線から幾分か殺気が減った気がした。
「じゃあ私たちはこれで……気をつけて帰るんだよ?」
「は、はいっ! ……あ、あのっ」
そうだ。大切なことを忘れていた。
私は立ち去ろうとするポニーテール先輩に声をかけて引き止めた。
「タマは沢田玲希っていいます。……命の恩人さんのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「沢田……あっ、中学生徒会の!」
「そう、そうです! 会計の沢田です!」
「そっかそっかぁ。私はね……まあ名乗るような者でもないから気にしないで。生徒会頑張ってね」
「いえ、そういうわけにもいきません! 後でちゃんとお礼をさせていただきたいです!」
クールに去ろうとするポニーテール先輩だったが、ここで引き下がるわけにはいかない。お礼のこともそうだが、私の脳内にはまだあの膝枕の感覚が残っていて……素敵な先輩のお名前をお聞きしたい──という邪な気持ちが全くないともいえなかった。
が、案の定妹さんは黙っていなかった。
「そういうのいいから。行こう? ねーね」
「うぅ……」
妹さんはポニーテール先輩の腕を掴んで歩き去ろうとする。と、ポニーテール先輩は器用にその腕を逃れて私の耳元に駆け寄ってくると、小声で呟いた。
「絆。私は、渡橋絆。よろしく玲希ちゃん」
「絆……先輩……」
名前を呼んでくれた……!
きっと私の顔はだらしなく緩んでいただろう。
ほとんど一目惚れのような相手にこんなにドキドキさせられてしまうなんて。恋愛経験なんてほとんどなかった私の恋メーターが振れてしまうなんて、自分でも訳が分からなくてどうしたらいいのか分からなかった。
二人が立ち去ってしばらく、私は胸のドキドキが収まるまでその場で身体を抱くようにして待っていた。夕方のひんやりとした風で、熱くなった頭が冷めて、やっと平常心を取り戻した私は、ルームメイトの伊澄に電話をかけた。
数コールの後に彼女は電話に出てくれた。
『タマちゃん、どったのぉ?』
「い、伊澄ぃ……」
『どしたどしたぁ? 誰に泣かされたぁ!?』
「ち、違くてね……そ、その……」
伊澄の声を聴いて安心した私は思ったよりも百倍情けない声を出してしまったので、電話の向こうの保護者は色めき立った。ちゃんと、説明しないと。でも頭が混乱して何を言うべきなのか分からない。私の口から出てきたのは、意図していたのとは全く違う言葉だった。
「伊澄、私……好きな人ができたみたい……」
『えっ……』
えっ……いや、私の言いたいことは違くてね……! と言いたいけれど言葉が出てこない。
電話の向こうの相手は絶句している。それはそうだ。早く誤解を解かないと──
やがて、伊澄は大声で叫んだ。
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
「びゃっ!?」
鼓膜が破れそうなほどの大音量に、反射的に電話機を耳から離す。
『相手はどこの馬の骨ぇ!? 男? 女? 年齢は? 身長は? 体重は? スリーサイズは? どこまでいったぁ? キスした?』
「お、落ち着いて……ごめんなんでもない忘れて……」
『愛しの愛娘の色恋沙汰に落ち着いてられるかってんだぃ! 今宵は赤飯ぞ! 早速買い出しでぃ!』
「勝手にお母さんにならないで!」
結局、暴走してしまった伊澄が赤飯を買うために桜花寮から出てきたので、私は彼女を捕まえてなんとか落ち着かせることができた。でも、彼女が私の分までパニックに陥ってくれたおかげか、ひとまず私自身は正気に戻ることができたのだった。
☆☆☆
翌日。薬剤師さんがいるタイプの薬局で、もっと強い痛み止めを購入したことで痛みはマシになり体調は悪くない私。
でもその心中は穏やかではなかった。
恐らくは吊り橋効果のようなものなのだろう。
ピンチを助けてくれた絆先輩とまとっていたオトナな雰囲気と、彼女の膝枕の破壊力は抜群だった。伊澄や絢愛は大人びているといっても所詮中学生なので、どこか子供っぽいというか、成熟しきっていない感じがあるものだが、昨日の絆先輩は完全に『オトナ』な感じだった。
それがきっとオトナの魅力に慣れていない私の心を乱しているのだろう。気づいたら「もう一度絆先輩に会いたい。会ってお話がしたい」と思うようになっていた。だがその度に隣の妹さんの焼き殺すような視線が脳内にチラついてしまう。
「もし私が絆先輩のものになったら、きっと妹さんに殺されるだろうなぁ……」
「誰に殺されるって?」
「ふわぁ!?」
無意識のうちに口に出ていたらしい。たまたま席の側を通りかかった絢愛に反応されてしまった。絢愛に昨日のことを話すとまた面倒臭いことになるのは目に見えている。伊澄を落ち着かせるのだってあんなに苦労したというのに。
「たまきんに危害を加えようとするやつなんてよほど命知らずと見えるなー? たまきんにはたくさんの保護者がいるんだから後が怖いよね」
「まあそうかもしれないけどさ……」
あくまで私がちやほやされているのは中学校だけの話だ。そしてその『保護者』たちが高校生相手にどれほど役に立つのかは分からない。
「まあ、何か困ったことがあったらこの会長を頼りたまえよ。最近は後輩も入ってきて大変だけど、たまきんも私の大切な生徒会メンバーなんだからさ」
「あ、ありがとう絢愛……」
絢愛はバチコーンとウインクをして自席に戻っていった。深く突っ込まれなくてよかったと安堵したのもつかの間、昼休みに大事件が起こることになる。
昼休みになって私がお手洗いに行こうと廊下に出ると、ほぼ同時に廊下を歩いていた中学生たちがサーッと左右に分かれた。まるでモーセの十戒か映画の大魔神のようだ。不思議に思っていると、向こうから血相を変えたツインテールの女子高校生が歩いていた。
高校生は真っ直ぐに私の元に向かってくる。
「えっ……えっ?」
困惑する私の肩を掴むと、高校生は耳元で凄んできた。
「……あなた、変なこと考えてないでしょうね!?」
「へ、変なこと……ですか?」
その時やっと私は気づいた。
昨日と髪型が変わっているが、この人は絆先輩の妹さん。あの、目が怖い妹さんに違いない。だが、次に妹さんが発したのは、私が予想だにしていなかった言葉だった。
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