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救世主

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 ☆☆☆


「──っ!? ふぁ……?」

 目を開けると、見慣れた天井が見えた。ということは……?

「よ、よかったぁ……夢だったんだ……」

 そうだ。さすがの茉莉でも、いきなり他人を襲い始めたりはしないだろう。しない……よね?
 でも、さっきの夢は本当にリアリティがすごかった。
 全身にぐっしょりと嫌な汗をかいているし、夢の中で茉莉がまたがっていたお腹は鈍く痛い。ん? もしかしてこの痛みって……?
 嫌な予感、多分的中してる。

 一般的に『血祭りウィーク』と言われるアレだ。夢の中でのあの血はこれを暗示していたってことなのね……と妙に納得した時、一気に恐怖が溢れてきた。

「──い、伊澄……」

 暗闇の中、ルームメイトに助けを求めようとして思いとどまった。できるだけ、この保護者には頼りたくないって心に決めたばかりだっていうのに、なぜ早速頼ろうとしてるんだ……。
 伊澄は隣のベッドで寝息を立てている。わざわざ起こすようなことではない。というか普通はこんなこと、自分一人で対処しないといけないのだ。

「でも、電気はつけないといけないよね……」

 電気をつけたら伊澄が起きるかもしれない。そしたら彼女のことだから私の惨状を知って色々世話を焼くに違いない。──それじゃあだめなんだ。

「うーん……どうしよ……」

 結構な時間そうやって悩んでいたと思う。気がついたら疲れて寝てしまっていたらしい。
 私が起きたのは窓から射し込む朝日と、お腹の痛みのせいだった。


「……っつつ!」

 もう無理だ。
 神様っていうのは不平等極まりない。私みたいに見た目は全くお姉さんっぽくならないような子にもちゃんと女の子特有の試練を授けるのだから。──いや、ある意味これは平等なのかな? だったらもう少し恩恵のようなものがあってもいいんじゃないの……。
 布団の上で丸まった状態から目を上げると、ちょうど伊澄が目を覚ますところだった。

「うーん……おはよぉタマちゃん」

 眠そうに背伸びをする伊澄の顔を見た途端、私の中の何かが吹っ切れた。否、心が折れたと言った方が正しいかもしれない。
 私は思いっきり伊澄に抱きついた。

「およっ!? どったのタマちゃん??」
「い、伊澄ぃぃぃ……」
「タマちゃん……?」
「助けてぇぇ……」

 あっさり誓いは破られた。私は伊澄に泣きついたのだ。
 驚く伊澄に私はしどろもどろになりながらも理由を説明した。伊澄の行動は早かった。ガサガサと自分の荷物を漁って、痛み止めの薬とナプキンを取り出す。そして、呆然としている私を着替えさせて、汚れたパジャマや布団を洗いに行ってくれた。

 そういえば、伊澄は入学当時から同室だけれど、血祭りウィークで苦しんでいるところを見たことがない。どうなっているんだろう? 絢愛や沙樹にさりげなくきいた限りでも、皆私ほど苦しんでいる様子がないし、私が特別酷いのかもしれない。血の量も多いからそんじょそこらの用品ではすぐにひたひたになってしまうし、とにかくおかしい。ほんとに。

「よしよし、大変だったねぇ。もう大丈夫だよぉ」

 全てが終わった時、伊澄はそう微笑んでくれて、私は安心して泣きそうになった。でも、気づいたら遅刻ギリギリの時間だった。
 一瞬休もうかと思ったが、今日は大事な小テストがあったのを思い出して、重い身体に鞭打って学校に行く準備を始めた。

「タマちゃん大丈夫……? 無理しなくてもぉ」
「今日はちょっと休めないから……」
「タマちゃんが平気ならいいんだけど」

 伊澄は心配してくれているらしい。心配かけっぱなしってわけにはいかない。私もはやく保護者離れしたいんだから。

「へ、へーきだよ多分! タマだってもう大人なんだから!」
「ほんとかなぁ……まあ何かあったらすぐに連絡ちょうだいねぇ」
「うん、そうする」


 だが、すぐに私は自分の選択を後悔することになった。
 私のお腹の痛みは市販の痛み止めでは完全に治めることができず、加えてそれに昼前から天候が悪化したことによる頭痛も追い討ちをかけてきた。さらには、睡眠不足と食欲不振による栄養不足がダメ押しのように体力を奪っていき、私の体調はどん底だった。

 諦めて保健室に行こうか、小テストが終わるまで乗り切ろうか、私の脳内で振り子がギリギリのところで揺れている。朝、伊澄に甘えてしまったからもう甘えられないというプライドというか、そんな感じの何かのおかげで辛うじて持ちこたえているものの、これ以上なにかあったらうっかり気を失ってしまいかねなかった。

「あれ? たまきん、今日はなんかすごく顔色が悪いような……」
「うぅ……話しかけないで頭痛いから……」
「頭痛いなら保健室に……」
「いいの。あと少し頑張る……」
「そ、そう……?」

 同じクラスの絢愛が心配そうな声をかけてくるが、体調が悪いのでつい塩対応になってしまう。まあ、絢愛は普段私に馴れ馴れしすぎるところがあるので、たまにはいいだろう。

 そんなこんなで気合いで小テストを受けきり、絢愛に生徒会を休む旨を伝えてやっとの事で放課後になった。あとは寮に戻ってゆっくり休むだけだ。

 足が重くて言うことをきいてくれない。いつもはあっという間の桜花寮への道のりが、異様に遠く感じる。お腹の痛みはアレのせいなのか、空腹によるものなのか分からなくなってきた。後で何か食べないと……。

 ぼんやりとした視界の中でも、自分の足取りが明らかにフラフラとしているのが分かる。まずい、これしきの事で倒れるわけには……!


「──っ!?」

 突然身体を痺れるような感覚が駆け抜けていき、視界がスッとブラックアウトしていった。やばいと思った時にはもう手遅れで、私はその場に倒れ込んでしまった。
 一回倒れるともうどうしようもなくて、身体から力が抜けて立ち上がることもできない。早く立ち上がらないと誰かに心配される──と気持ちだけがはやる。

「寮まであと少し……なのに……」
「あの、大丈夫……? じゃないよね?」
「うぅ……」

 誰かが話しかけてきているような気がしたが、まともに返事もできなかった。
 その誰かの腕に身体が支えられる。優しくて暖かい腕。
 体勢が変えられて、仰向けにされるのがわかった。

心羽みう、救急車呼んで」
「えっ?」
「だ、大丈夫ですから……ちょっとフラフラしてるだけですから……」
「ほんとに?」

 どうやら私を助けてくれたのは二人組のようだ。心配する声と、戸惑う声が聴こえる。救急車を呼んで大事にされたくないので、起き上がろうとしたが上手くできない。

「うーん、確かにただの低血糖症っぽいわね。これ舐めてしばらく安静にしててね」
「あ、ありがとうございまふ……」

 何か甘いものが口に押し込まれたので、お言葉に甘えて舐めることにする。飴だろうか。確かに、無意識に身体が糖分を求めていたのか、それは悪魔的なまでに美味しかった。

 どれほどそうしていただろうか。口の中の飴が無くなった頃には、目眩は幾分かマシになって、なんとか起き上がれそうだった。

「ねーね、もういいでしょ? 行こうよ。お店閉まっちゃうよ?」
「ごめん心羽。この埋め合わせは必ずするから、この子を寮の部屋に送っていかせて?」
「えーっ! どうして!? ねーねはわたしよりもその子の方が大事なんだ!」
「いや、違うけど……でもなんか放っておけないじゃない?」
「ぶぅ……ねーねのいじわる。後で絶対今日の分もデートしてもらうから! あと今夜一緒に寝るから!」
「えー? どうしようかしらねー?」
「もう!」

 二人の言い争う声に目を開けると、ポニーテールの優しそうな顔が見えた。制服のデザインからして高校生のようだ。そして──
 この体勢、もしかして……

 膝枕!?
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