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しおりを挟む「アキオ、ちょっと遠出をしてみないか?」
目的地はタシュアプケから馬車で一日半かかるコンタンノウシという街。馬車はこの世界の一般的な移動手段だ。魔力と馬の力で走る。電動自転車の仕組みに近い。コンタンノウシには既婚者も、つまり女性も暮らしている。マキニヴァがタシュアプケに来る前に住んでいた街でもある。
数日前、マキニヴァは秋生に結婚を申し込んだ。二十一歳の秋生にとって結婚はまだ具体的ではなかった。この世界に飛ばされて初めて意識したが、人権保障への足掛かりとしか考えていなかった。相手が存在しなかったというのも具体性を欠いた要因だ。だがマキニヴァは目の前にいる。いつも秋生を尊重してくれるいい奴。強くて格好いい。秋生の理想の女の子とはかけ離れた大きい男。
マキニヴァとは既に夫婦同然の生活をしている。結婚してもきっと変わらないだろう。いや、差別の対象から外れて今より生活しやすくなるはずだ。それでも秋生はうんと言えなかった。この世界の結婚には神が介在しており離婚は有り得ない。秋生はマキニヴァと添い遂げる自信が持てなかった。さんざん世話になっておいてどうかと思ったが、この先死ぬまで自分の気持ちを誤魔化して生きていくのは嫌だ。神様にもそういう気持ちが見抜かれて結婚が認められない気がする。マキニヴァにも失礼だ。
人間ができているマキニヴァはプロポーズを保留にされてもいつも通りに振舞った。未熟な秋生は挙動不審だった。そこで気分転換にと遠出の誘いをしたのだった。タシュアプケと魔獣の森しか知らない秋生はすぐに興味を示した。まだこの世界の女を見たことがない。馬車にも乗ってみたい。二人はコンタンノウシに向けて旅立った。
コンタンノウシはタシュアプケより水が豊富で、街の規模は数倍大きかった。日本の都市に比べたら全然大人しいが、活気があって賑わっている。子供もいてタシュアプケのような悲壮感がない。赤ん坊はかわいいのになぜあんなにごっつい大人になってしまうのか。女の子もいて不思議だった。成長すると魔獣になる? 不気味だ。この世界の女とはいったい……
大人は既婚者ばかりだ。神に認められた夫婦は顔にタトゥーのような揃いの文様が表れるため、独身とは一目で区別がつく。ガタイがよくて顔にタトゥーなんて、秋生には反社にしか見えなくて恐怖でしかない。
やはり女性も大きかった。平均身長は百八十センチ。骨太で筋肉質。モデルというよりアスリート。しかも言動がガサツでヤンキーぽい。一人だけじゃなく全員がそんな感じ。秋生が好む可愛らしさは微塵もない。苦手な部類の人間だ。もし狩りに成功しても自分には色々と無理だったのでは? と秋生は戦々恐々とした。
「よう、マキニヴァじゃないか」
「ルワシンギ? 懐かしいな」
古い知り合いが声を掛けてきた。ルワシンギはヘビー級の格闘家のような体格で、顔には恐ろし気な既婚の文様。この世界ではありふれた男性。彼の連れの二人の男も似たような感じだ。秋生はとっさにマキニヴァにしがみついて身を守った。
「マキニヴァも遂に狩りをしたか! それにしてもおまえの女はずいぶんちっこいな」
「アキオは男だ」
「ははは! こんな小さくてかわいい顔した男がいるか。ひどい冗談を言う旦那だ。なあ、お嬢さん」
「俺は男です……」
ルワシンギと連れの男たちが固まった。まじまじと秋生を観察する。すらりとした体つき、細い首、艶のある唇、ぱっちりした目を縁どる長いまつ毛、髭もムダ毛もない滑らかな肌。小動物のようにびくびくしているこれが男? しかし声は確かに男だった。男物の服に隠れた胸はぺったんこだ。
「はっ、なんだよ、あんた男色のタシュアプケか。偉そうに道の真ん中を歩きやがって」
「おいおまえこっちに来いよ、本当に男か確かめてやる」
無礼な態度をとってきた連れの二人は、マキニヴァがかけた柔道のような技であっと言う間に地べたに転がされた。二人とも背中を強打してのたうっている。マキニヴァは今までこうして絡んできた奴らを全員返り討ちにしてきた。マキニヴァが去ってからコンタンノウシに移り住んだ彼らは知らなかったが、最強のタシュアプケとして恐れられる有名人だった。
この程度の小競り合いは日常茶飯事なので特に騒ぎにはならなかった。素通りする人の中で幾人かがマキニヴァに気付いて動向を見守ったが、これ以上の展開はないとわかると立ち去った。倒された男たちがよろよろと立ち上がる。謝罪はないがバツが悪そうな顔をして、もう敵意はないのが態度から見て取れた。ルワシンギは顔色一つ変えない。マキニヴァは正当な方法で己の地位を主張したのだ。異論などない。
「相変わらず強いなマキニヴァ。あんたもこいつを怒らせないほうがいいぜ」
ルワシンギの冗談に秋生は顔を引き攣らせた。
屋台で早めの夕飯を済ませ、宿に入る。当然同室でベッドは一つ。まだ宵の口だが、秋生は疲れたと言って早々に横になった。壁に向かって考える。今日は久し振りの世界間ギャップを味わった。大きくてガラの悪い女性たち。タシュアプケより余裕と威圧感がある男性たち。秋生の価値観では受け入れがたい顔の文様。あからさまな差別と暴力。
マキニヴァは秋生が思っているよりずっと強かった。割と喧嘩っ早いほうだったらしい。そうやって差別と闘ってきたんだろう。しかし暴力に抵抗感がないやつと結婚なんかして大丈夫だろうか。そのうちDVとかにならないか? ふだん温厚な人間ほど怒らせると怖いって言うし。セックスのとき雑に扱っちゃうのも止めないと……
秋生は強引なプレイが好きだった。優しいマキニヴァがどこまで許してくれるのか。異世界で根無し草な自分が不安で、つい試したくなってしまう。そんな秋生にマキニヴァは結婚しようと言ってくれた。マキニヴァは全部受け入れると言っているのに、いざそうなると尻込みしてしまう。自分でもしょうがない奴だと思う。
「アキオ、もう寝てしまった?」
「起きてるよ」
隣で横になったマキニヴァと向き合う。顔が近い。
「マキニヴァって強いよな」
「うん。アキオの前では見せたことなかったね」
「俺なんて一発で……ん……」
マキニヴァは喋る秋生の口に舌を入れて話の邪魔をした。
「俺はアキオに勝てない」
困ったような、嬉しそうな、マキニヴァのいつもの笑顔は深い口付けで見えなくなった。今日はやらないで寝とこうと思っていたのに、すっかりエロくなったマキニヴァの誘惑を断り切れなかった。
正常位で腰を動かしながら揺れるマキニヴァの男根を見下ろす。いつものようにサイズを馬鹿にしたりしてはいけない。今日から寸止めも連続イキもイラマチオもおしりぺんぺんも禁止。あんまり楽しくないけどマキニヴァは気持ち良さそうだ。
秋生も気持ちよくないわけではない。でも今日は考えたいことが色々あって、マキニヴァも結局この世界の人間なんだなとか、そもそもなんでこんな事になったんだっけとか、全然集中できないでいたら中折れした。
「ごめん……」
「俺の方こそごめん。疲れてるって言ってたのに無理させた。ごめん。もう寝ようアキオ」
置いてきたはずのぎこちない空気の中で二人は眠りについた。
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