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魔術の章
戦後処理Ⅰ-2
しおりを挟む昢覧が戻ったのはそろそろ東の空が白み始めるという頃だった。その腕の中には四時間の捜索と三十分間の追跡の末捕獲した狼が抱えられている。執念である。
花桐の間に全員揃ったところで魔術師を囲んだ。部屋の隅に座らせて逃げ道のなさを体感させる。昢覧は背中から狼を抱きかかえたまま椅子に腰を下ろした。膝の上で仰向け状態にされた狼が身を捩るが、逃げられないと悟りすぐに大人しくなった。
「それ放さないの?」
「うん。大人しくていい子だよね。かわいいな~」
狼の正体は弟子の横山という青年。尻尾をぺたりとお腹に貼り付けて震えている。縋り付くような目を影導は直視できなかった。
白魔術師の矛盾した正義、ダンピール計画についての具体的な解説等々、影導には執務室で聞いた話を改めて詳しく喋らせた。そして明日紀は賠償金六億円の支払いとダンピールの回収を命じた。今の影導に六億は痛手だ。横山以外の門人と従業員を失い、井塚は存亡の危機に立たされている。
「だから回収しろと言ってるんだ」
明日紀の計画では回収したダンピールを花桐に集めて客を取らせる。客は何をしてもいい。犯す、殴る、切り刻む。喜ぶ客は大勢いるだろう。六億などすぐに取り戻せるはずだ。
従うか、死か。選択を迫られた影導は前者を選んだ。汚泥に塗れても生き延びて魔術言語を解明する。魔術の発展に貢献することが、ゆくゆくは名誉の回復につながる。死んだ弟子たちのためにも、伝統ある井塚流の名を吸血鬼に滅ぼされた一派として広めるわけにはいかない。
「死体はどう処理するんだ?」
実はゴミ焼却場に火葬場が併設してある。生贄もそこで処分してきた。資料に記述がなかったのは単に記すまでもないからだった。四十体超の遺体に対して炉は一基。予定では死者はもっと少なかった。門人総出で炉をフル稼働させて四・五日かけて処分するはずだった。それを影導と横山のたった二人で行わなければならない。暖房の効いた花桐館内の死体は既に腐敗が始まっていることだろう。休みのない過酷な作業になる。
明日紀はお掃除屋さんに依頼することにした。実質的オーナーとして、リニューアルオープンする花桐に死臭が染み付いては困る。その日の昼には営業が見積もりに来て、夕方から死体の回収と処理が始まった。ちなみに清水の死体は他の者と同じ状態で見つかった。本来の用途で使用しない限りミイラにはならないらしい。
井塚影導の命は一応保証された。人狼横山は、自分は人間ではないと自覚して恭順の意を示せば、昢覧に免じて命は助けてやってもいいと明日紀は考えていた。昢覧が問いかける。
「大丈夫だよね?」
これから残りの人生をこの穢らわしい人外の家畜として過ごす。高潔なる魔術師の弟子にとってそれは生きながら地獄に突き落とされるようなものだ。人型になってやっと膝から下ろされる。
「もういやだ……助けてください先生、僕はもう嫌です……」
床に蹲って嗚咽を漏らす横山にふわりとバスローブがかけられた。自分に向けられた男の生尻に堪えられなくなった昢覧が持ってきたものだ。
「腹減ってない? 俺こう見えて料理得意なんだけど」
ぼんやりと顔を上げた横山は、恐ろしい悪鬼の筈の吸血鬼が優しく微笑むのを見た。立たされて、ローブを着せられ、影導を振り返ると顔を逸らされた。先生からああいう目で見てほしかった。先生から励ましてほしかった。人として死のうと言ってほしかった。悲嘆に暮れる横山は促されるまま部屋を出ていった。
「なあ、下の名前はなんてーの?」
「……」
「船着き場に来るまでどこに隠れてた?」
「……」
「えーと、うどん作るね」
厨房でうどんを振舞われるが口に運ぶことすらできない。吐き気と悪寒が止まらなかった。心配した昢覧に客室で休まされた。疲れていたせいで目を閉じれば簡単に眠りに落ちた。しかし仲間の死に際やゾンビを夢に見てすぐに目が覚める。起きれば先行きの不安感で頭が朦朧とする。その繰り返しだった。また、狼への変身も地味に精神的ダメージだった。狼とはそういうものと承知の上でのこととはいえ、四つ足で肛門をさらした状態は尊厳が傷付く。人狼になるには少し繊細過ぎた。
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