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魔術の章
調伏3
しおりを挟む「助けてー!」
「ヒッ こっちに来るな!」
こっそり移動していた影導たちは昢覧に回り込まれてしまった。正面に抱えられた嫌に生き生きした生首にたじろぐ。
「なんで俺なんだ! 生贄なら人間でいいじゃん!」
「人間だとあいつの餌になるから駄目だ」
「わああー!!」
別方向から桟橋に向かっていたイ組の一人が背後から迫った明日紀に捕まった。どういうわけだか首なしなのに周囲の状況を正確に把握しているらしい。明日紀は捕まえた人間をぶん回した勢いで闇夜に放り投げた。冬の海が受け止め、冷たい波が痕跡をかき消す。彼が二度と陸地を踏めないことは目視できない人間たちにもわかった。小川に変化がないことを確認して、明日紀がまた人間を追いかけ始める。
「魔術の未来を閉ざす気か!」
昢覧をなじって影導も走って逃げて行った。暗闇の中を人間がどれだけ逃げおおせるだろうか。魔術ファンとして心苦しいがこっちの事情も汲んでほしい。せっかく仲直りした明日紀とまた喧嘩なんて悲しいことになるのは嫌だ。
「明日紀、悪魔を呼び出してあいつと戦わせるつもりか? だとしたら止めとけ。邪魔したらまた壱重ちゃんに怒られるぞ」
「でも俺は」
「でもじゃない。よく見て。全然ピンチじゃないから。手助けなんか必要ないだろ」
小川の肉体はぼろぼろになっていた。骨折し、所々肉が抉られ、ゾンビでなければとっくに死んでいる。対する壱重は衣類を数か所切られた他に損害はない。獲物を弄ぶ猫のように、反撃を誘っては返り討ちにして様子を見ている。時間が経つほど再生能力の優位性が際立った。小川の怨念も異界の因縁も今や風前の灯火だ。
「壱重にいい所を見せたい」
「は……はあぁ!? 格好つけるために俺の内臓出そうとしてんの? 嘘でしょ?」
「別にいいだろう?」
「いくないわ! なんなの明日紀。最近俺に対して酷いけど、理由があるなら言えよ」
「すまない。壱重以外への興味が薄れていた」
「シンプルに酷いっ」
「詳しい説明は長くなるから省くが、既にある隙間を広げて影を濃くするための儀式をしたい。ワンアザーピュエノフスィア壱重ヌォンマナーカソ。もっと愛されたい。壱重が俺を独り占めできるように、一つにならないといけない」
「壱重ちゃーん! 悪いけどちょっとこっち来て!」
今まで両手で抱えていた明日紀の首を片手に持ち替え、昢覧は大股で壱重の方に近付いた。ふらつくゾンビを置いて壱重も昢覧の方へ行く。明日紀の首を見せられて怪訝な顔をした。
「なんか明日紀が愛されたいとか意味わかんねえこと言ってんだけど。壱重ちゃんの邪魔ばっかしてんのは、格好つけて気に入られたいからだって。変な言葉使うし、たぶん中身違ってると思う。そうなんだろ? おい、なんとか言えよ」
「どうなの?」
「おまえがなかなか愛してると言ってくれないから。だから」
「おまえが誰なのか訊いてる」
「……おまえたちが悪魔と呼ぶ者だ」
壱重と昢覧は召喚の儀式から明日紀の中に悪魔が居たことを知った。そうなると問題は本物の明日紀の行方だ。
「これは明日紀の肉体だ。今は私に押されて弱っているが心も残っている。死んではいない」
「なんでそんな事したんだ。まさか壱重ちゃんが好きだからじゃないだろうな」
「壱重が好きだからだ」
「えぇ……冗談だったのに……」
「気持ち悪い。明日紀が変わってからずっと薄気味悪かった。四六時中ベタベタして私が苛々するような事ばっかりして、一緒に居ても退屈だったし、しつこくてうんざりしてた」
「くっ……ははは! わはははは!」
壱重に切り捨てられ昢覧に笑い者にされ、悪魔は愕然とし、身体は走るのを止めて地面に膝を着いた。
「独りよがりで馬鹿なやつ。おまえには欠点しかないの?」
「もういいよ壱重。その辺にしてあげて」
「明日紀? 戻ったの?」
「ああ、壱重が酷いことばっかり言うから悪魔は逃げていった」
「打たれ弱い……」
悪魔と一体だった明日紀は初めて失恋の痛みを知った。逃げるとき、悪魔は泣いていたように思う。明日紀も馬鹿々々しくて泣きたくなった。
「昢覧、さっきはごめんね。儀式はもうやらないから首を戻して」
「うーん、本当に明日紀だよな?」
「俺だよ、俺俺!」
「あ、うん」
昢覧が身体に首を乗っけるや否や、明日紀は目にも留まらぬ速さで昢覧を捕まえた。驚いて開いた口に自らのそれで蓋をする。舌が逃げるのを諦めて、流し込んだ唾液が嚥下されるのを感じてようやく解放した。いつもの悪戯な美少年が、ぜえぜえと肩で息をする昢覧に微笑む。
「ね、俺だったでしょ?」
「そうだね……」
昢覧は戻ってきた友人を笑顔で迎えることができなかった。
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