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魔術の章
爾覦島一周2
しおりを挟む菖蒲の間では四人の学生が酒盛りをしていた。勝手に鍵を開けて上がり込んできた三人組への警戒は一瞬で解かれ、学生たちは年の近い彼らを快く迎え入れた。
「あんたたち格安で招待されたらしいけど、どうして?」
「卒業生の親? 親戚? がここのオーナーと知り合いらしくて、それで」
「こんなとこに一泊三千円とかヤバイよね」
「感謝しかねーわ!」
誘われて、譲られて、命じられて。経緯は様々だが他の客も最初から自発的に爾覦に来ようとしたのではないことは共通していた。普段は上流階級しか渡れない島の、紹介でしか泊まれない知られざる高級旅館。招待された庶民は皆飛びついた。
花桐はあくまで井塚の顧客のための施設だ。彼らは秘匿性を大事にする。よって花桐に大浴場や食堂はない。全室スイートで内風呂完備、食事は毎回各部屋で配膳される。普段の客室稼働率を四割以下に抑えているのは、空いているうちに魔術的な調整を行うという目的の他に、顧客同士がなるべく顔を合わせないようにという配慮もあった。
外には自然だけがある。海沿いは崖ばかりで水辺に近寄ることすらできない。照明などなく月のない夜は何も見えない。普段都会で贅沢をしている顧客には好評だ。今いる招待客の中にも面白がって夜の島を歩き回る者がいたが、特に何があるわけでもないのですぐに飽きられた。冬の寒さもあってみんな室内で過ごしており、それはマスターキーを持った三人が全ての宿泊客を訪ねるのに都合が良かった。
見回りを終えた弟子の田口は花桐を出て林の中の道を歩いていた。ゲートを開けて部外者立入禁止区域へと進む。居住棟を通りすぎたさらに奥の建屋が井塚の心臓部、施術棟である。主だった設備は術式を執り行うための施術室。生贄が収容されているのもこの地下だ。
田口のノックで執務室のドアが開けられた。中に居た弟子の浅野、そして井塚影導も赤光を浴びせられ、田口に続いて入室した三人の若者を当たり前のように迎え入れた。
「あんたが井塚影導?」
「そうだ……」
物珍しくて、三人は魔術師をじろじろと観察した。五十歳、中肉中背。髭はなく短髪。スラックスにセーター。要は普通のおじさんで、世間に流布する魔術師のイメージではない。影導は問われるまま吸血鬼を作ったことを白状した。打倒吸血鬼という志、花桐の間で見せる夢、女吸血鬼からの呪いの拡散、男吸血鬼による種付け。
「よかった~。違かったらどうしようかと思った! ふ~」
「どうして女から始めるんだ」
「花桐に誘き寄せられる女たちには心のどこかに男を恨む気持ちがあった。それが混じると呪いが薄まらない。却って効率が良い……」
「牙の傷だけ治らないのが不思議だったけど、あれは呪いの標みたいなもの?」
「そうだ……」
「ダンピールの血を吸うと死ぬのはどうして」
ダンピールが吸血鬼を殺す仕組みは呪いの略取だ。血と交換に、吸血した者に掛けられた呪いをその身に引き受ける。呪いが解ければ吸血鬼であった者は不死者から死者に戻り、この世に留まっていられなくなる。ダンピールは呪いを受け止めきれずに死ぬ。契約型吸血鬼の死は、悪魔の加護が失われ半霊体の肉体を保てなくなったためのようだ。会議で予想した人間化に近い。
「こっわ。とんでもないもんを作ってくれたな」
「どうやってダンピールの能力を確かめたんだ?」
契約型吸血鬼への効果は明日紀が身を削ったお陰で検証できた。魔術師風情が如何にしてそれを成し遂げたのか気になるところだ。
「新しく吸血鬼化した男にダンピールをけしかけて……」
「それはおまえが作った吸血鬼の場合だろ? そうじゃなくて」
「吸血鬼には違いない……」
影導も吸血鬼について無知だった。全ての吸血鬼が伝染型だと思っている。だから呪いの拡散と死の条件を吸血にした。ダンピールのオーラが人間と酷似しているのは単なる偶然に過ぎない。人間が吸血鬼を呪うことはできないから、解く方向で考えたのは正解だった。ここまで来られたのは偶然と幸運に恵まれたおかげだ。しかし、かつて行動を共にしたヴァンパイアハンターが一人の吸血鬼を仕留めたのはよくなかった。そのせいで人に討たれるような弱った吸血鬼を基準にしてしまった。
吸血鬼たちは反論したくてもできなかった。伝染型と契約型の違いを解からせるのは、人間が知る必要のない正しい知識を与えることになってしまう。閉口していたら影導が弟子たちに報告を求めた。彼らはそのために執務室に呼ばれたのだ。
「計画通りにジャマーを作動させました。現在島全域が通信不能となっております」
「田口君はどうだい」
「花桐も何も問題ありませんでした」
「うむ。私もさっき仕事を終えたところだ。じきに波が高くなって船は出せなくなる」
通信と交通の遮断。島に来たらやろうと思っていたことを二つもやられていた。手間が省けて結構だが、対応の迅速さが気になった。魔術で海を荒れさせるなど、何日前から準備していたのか。
「もしかして俺たちがここに来るってわかってた?」
「占術で今日辺りではないかと……」
「そうか、占いで先が読めるなら効果が出るのが遅い魔法でも使えるな」
「魔法ではない、魔術だ……」
効果の遅さも訂正された。井塚流では呪文の詠唱から魔術の発動まで間を置かない、リアルタイム施術を実現している。今日の時化も吸血鬼来島の報せを受けてからの施術となる。どの流派より早くて確実なのが自慢だ。
「やーい怒られた」
「あとで憶えとけ」
当座の疑問を解消した三人は執務室を後にした。今夜のうちに爾覦島の全てを掌握する予定だ。まだ開けてないドアがいくつもある。影導にばかり時間をかけられない。
「あいつは吸血鬼化が呪いだと思ってるみたいだけど、俺たち別に呪われてないよな?」
「ああ。あいつは解ってない」
ここにも影導の誤解がある。契約型吸血鬼は呪われし亡者ではないし、夜に閉じ込められているわけでもない。人間がいくら光を灯しても暴けない、神秘に満ちた闇を愛しているからそこに立つ。三人とも吸血鬼化してから羽が生えたかのように自由になり、毎日を謳歌している。
「それにしてもモヤっとするなあ。向こうの対策がこっちの作戦と同じだったのは手間が省けてよかったけど……」
吸血鬼が人間に後れを取り、外に助けを呼ぶとでも? 島から逃げ出すとでも?
「俺たちが伝染型と同じだと思ってるなら妥当な対策だろ」
「まあそうなんだけどさ」
「集めた人間を逃がさないためじゃない?」
「あー、なるほど。そっちね。うん、それなら納得。それで思い出したけど大勢集めて何しようとしてるのか聞き忘れたわ」
「ほんとだ。次会ったとき忘れないようにしよう」
話しながら三人はいつしか地下階へと足を踏み入れていた。
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