夜行性の暴君

恩陀ドラック

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ダンピールの章

魔術講座初級編:供物の納め方2

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「なんか訳アリ?  なんか企んでるよね。俺を騙そうとしてるならこないだみたいな状態にするけど」

「騙すなど滅相もない。少々外聞の悪い事情がございまして、それを悟られまいとする態度が誤解を招いてしまったようです」


 かつて弥宙みひろ井塚いづか影導えいどうと名乗り井塚流の宗家を務めていた。名うての魔術師が市井の占い師に身をやつすことになったのは、藤井内匠たくみの造反によって井塚を追われたからだった。対外的には弥宙の健康問題による代替わりとなっている。狡猾な裏切り者と弟子にしてやられた間抜けなどという評判が立っては名門の看板に傷が付く。

 今の生活も慣れてしまえば楽しくない事もない。だからといって藤井への恨みは忘れていない。自分が与えた藤井内匠という号で彼を呼ぶのがその証拠だ。弥宙は井塚宗家を意味する影導の号で彼を呼ぶつもりはない。


「私怨があるのは認めます。でもそれだけで名前を挙げたのではありません。どうか誤解なきよう」


 ここまで御家騒動、井塚影導という名跡、呪術の仕組みに目を輝かせていた昢覧はふと気付いた。弥宙の仮説は、構図だけなら契約型吸血鬼にも当て嵌まるのではないか?  吸血鬼が呪いなら、術者になんらかの意図があるはず。悪魔の考えを推し量ろうとして、やっぱり忘れることにした。


「そういう呪いって、やっぱり掛けた人が死んだりすると解けるもん?」

「それは形式によります。もし私が吸血鬼を作るとしたら分担にするでしょうから、術をかけられた方が死ぬまでとなりますね」

「分担?」

「ああ、はい。魔術というのは言わば命を対価にした買い物なのです。呪術においては支払方法が作用に大きく影響します」


 方法は大きく分けて一括前払いと定額制の二つ。一括前払いの利点は術者の死後も効力が続くこと。欠点は解呪できないことと、供物が大量に必要で量の割り出しが難しいこと。定額の利点は解呪可能で供物が少しで済むこと。欠点は支払いに縛られること。どんな事情があっても必ず絶対に決められた周期と形式で支払いをし続けなければならない。もし支払いが滞ると様々な不幸や死に見舞われる。

 定額制の欠点を回避するのが手付だ。術者は手付だけ支払って、あとは被呪者に投げてしまう。この場合術者が手続きをするか被呪者死亡で解呪される。被呪者は呪いの効果を持続させるため、或いは未払いのペナルティーを防ぐため支払いを続ける。


「術者にとって一番楽なのが手付だけ支払う分担方式というわけです。このやり方の代表的な例が人狼です。人狼に人間や動物を殺させて、それを支払いに充てる。もし支払いが滞ると被呪者は徐々に狼への変態ができなくなり、理性も失い、終いには狂暴で知性のない獣の精神を宿した人間へと成り果ててしまうので、例え望まず人狼にされた者でも頑張って働くしかないという寸法です」

「そうなの!?」

「古来にこの方法が確立されて長年踏襲されてきたのですが、数十年前に一括前払いで作成した人狼が回春薬のいい素材となることが発見されまして、現在の主流はこっちです。要らなくなったら二次利用できてお得ですから。ただ、そうなると問題は被呪者のやる気です。なるべく幼いうちから飼い馴らして洗脳しなければなりません。掛かった資金は薬の売上で倍以上にして回収できるので、上手くやればいい投資です」


 人狼たちに殺しを禁じて十年近く。異常がないということは二頭とも一括前払いだったのだろう。信頼できるプロの意見に昢覧は安心した。


「薬にする前に呪いを解くって聞いたことがあるけど」

「先ほども申し上げた通り一括払いでは解呪できません。人間に戻すなら呪術の上書きとなります。これから捌いて薬にするのにそんな余計な一手間をかける必要はありません。もしそう言う術者がいたら、自由をちらつかせて被呪者をコントロールしたいだけだと思います」

「そうだったのか……すごい参考になったよ、ありがとう!」


 弥宙は最後に井塚所有の土地建物を網羅した紙を渡した。古いデータだが藤井を捜し出す参考になるだろう。裏切り者に災厄が降りかからんことを願う。


「あ、そうだ。弥宙先生の名字は?」

「井東です」


 全てを忘れさせられた占い師に見送られ、三人は香煙の間から退出した。薄暗い雑居ビルの踊り場で、昢覧は人狼たちを代わる代わる抱きしめる。自宅以外で、人型のままで、しかも昢覧からの抱擁に、二人は戸惑いながらも何故彼がそうしたのか理解して、自らも主人をひしと抱きしめて喜びを分かち合った。


「よかったなあ知悠、本当によかった」

「ありがとう昢覧」

「絢次もよかったな」

「帰ったらして?」

「お、おまえなぁ……」


 三人は帰りの車中でお祝いのフルコースを食べに行く計画を立てた。帰宅して食事とブラッシングが終わると絢次が昢覧に絡んで寝室に引っ張り込んだ。知悠は一人で居間に残り酒杯を傾ける。どうしても気になって寝室の物音に耳を澄ませてしまう。時折絢次の息遣いが漏れ聞こえるだけで、具体的に何をどうしているのかはわからない。

 踊り場での絢次の発言から、知悠は少し混乱していた。

 ――絢次は昢覧兄ちゃんに「して」と言っていた。つまり昢覧兄ちゃんから何かしてもらってる?  何を?  昢覧兄ちゃんは男じゃ勃たないって言ってなかったっけ?  まさか入れられる方……いやいや、あの昢覧兄ちゃんがまさか。あ、甘噛みかな?  うん、きっとそうだ。あれなら昢覧兄ちゃんも抵抗ないだろう。


「あっ、昢覧そこ……すごいっ……」


 危うくグラスを落としそうになった。男の野太い嬌声は同居人への牽制だ。昢覧は俺のものだぞ。弁えろよ。言外にそう言っている。知悠の甘えっぷりを見せつけられてきた絢次は、いくらその気がないと言われても信用できなかった。昢覧が押しに弱いのは身を以て知っている。

 知悠には他にも驚くことがあった。絢次が定期的に決まった女と会っているのだ。しかも昢覧に送迎をさせて、自分と女のセックスを見物させている。いったいどういう事情があればそんな状況に落ち着くのか。昢覧に訊いても要領を得ないことばかり言う。知悠の理解と想像の範疇を遥かに超えていた。

 ワインを空にした知悠は缶ビールを持って自室に引っ込んだ。テレビでもつければ寝室の声は耳に入らない。念願の同居生活で予想以上の居たたまれなさを味わう知悠であった。







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