夜行性の暴君

恩陀ドラック

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ダンピールの章

待ち人来るⅠ-2

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 駐車場から出てきた絢次の車の前に飛び出す。驚いた顔で自分を見る彼。少しして向こうも自分を思い出してくれたようで、助手席のドアを開けてくれた。隣に座ると絢次は困ったようなムッとした顔をして、黙って車を発進させた。結婚してないと言っていたけれど、あれは嘘?  ここで別の女と暮らしてる?  私に未練はない?


「絢次さん、ずっと会いたかったの。私のこと、忘れてないでしょう?」

「絢次のこと好きなの?」

「ひぁっ!?」


 二人きりだとばかり思っていたから、急に後ろから話しかけられて驚いてしまった。振り返って更に驚いた。少女漫画の登場人物みたいなとんでもない美形が後部座席から身を乗り出している。


「モテモテかよ絢次~。いつ知り合ったんだよぉ」

「一人にされたとき」

「あ、ああ、はーい……」

「あのぅ、すみません、あなたは……?」


 見たところ二十歳前後。絢次よりだいぶ若い。態度と座り位置から考えると彼の方が立場が上のようだ。仕事関係だろうか。


「俺は絢次の飼い主の昢覧。よろしくね~」

「雇い主?」

「飼い主。絢次がペットで、俺が飼い主。な?」


 絢次が頷く。なぜ彼のような少し足りない男がいい暮らしをしているのか。あまり考えたくない理由がありそうだ。


「そっちは何者?」

「わ、私は山口春香といいます。絢次さんとは、その……」


 ワンナイトラブしましたとは言えず口ごもる。誤魔化そうにも、さっき二人きりだと思って甘えた口調で喋りかけたことを思い出して、焦って何も言えなくなってしまった。


「春香ちゃんはあれかな。絢次に遊ばれて、一言言ってやりたくて、みたいな?」

「遊ばれてなんか……私は……」


 一瞬目が合った絢次に、さっと視線を外される。春香はここまで来た勢いが急速に萎んでいくのを感じた。


「絢次に聞いてあそこに来たの?」

「俺は教えてない!」

「急にでかい声出すなよ。俺は春香ちゃんに訊いてるの」

「絢次さんには教えてもらえなくて……」


 占い師に占ってもらったと言ったら驚いていた。非常に興味を持ったようで、その場でweb予約までしていた。


「せっかく会いに来てくれたんだから、二人でデートでもしてきなよ。絢次もちょうどいいよな?」


 返事はない。なにがちょうどいいのか知らないが、春香には願ってもないことだった。それからは定期的に絢次と会えるようになった。望んでいた結果に近い。だが春香は悩んでいた。

 このまま深入りしてもいいのだろうか。躍起になって捜し出したはいいものの、あの二人は会うほどに謎が深まる。仄暗い何かを感じる。最初に会った日の帰り、絢次と昢覧に関して口外を固く禁止された。


「俺ん家に来るのももうやめてね。もし家族にバレたら殺さないといけないから」


 口調は軽いのに底知れぬ迫力があった。まさか本当に殺されることはないだろうが、なんらかの実害はありそうだ。そこまでしなければならない立場とはなんだろうか。堅気じゃないとしたら金回りの良さもある程度納得できる。昢覧は組長か何かの息子なのだろうか。それとも実は絢次が資産家で、彼に集っているのか。いずれにしても絢次を傍に置く意味が分からない。

 昢覧は絢次に対して支配的だ。しかし厳格ではなく時に阿るような態度もとり、子供みたいな絢次を上手くあしらっている。絢次もそういう扱いに不満はないらしい。ペットと飼い主とは言い得て妙だ。人間をペットに、と言うとどうしても暴力的でふしだらな関係を想像してしまうのだが、昢覧に粗暴な振る舞いはなく性的空気も感じなかった。絢次がどう思っているのかはよく分からない。彼の視線は大抵昢覧に向けられている。彼が視界にいないと落ち着かないようだった。

 身の危険を顧みず突っ走る価値があるのか。それを判断するには絢次の収入源をはっきりさせる必要がある。残念だがもう愛だけで生きていける年齢ではない。経済的な事情が明らかになれば、絢次と昢覧の不可解な関係を解き明かす一助にもなるだろう。しかし絢次は何を訊いても答えてくれない。仕事の話はできなくても、自分が何者かくらいは話してほしい。そんなに信用できないのか。それでも会いに来るのか。苛立ち、悲しみ、でも期待を捨てられない。


「ちょっと春香ちゃんと二人で話したいことがあるんだけど、いい?」

「は、はい、汚いところですけど、どうぞ」

 自宅で絢次と会う約束をしていた日に代わりに現れた王子様のため、春香はそわそわしながらお茶を入れた。昢覧が居ると築三十五年1Kの安アパートがお洒落な映画のセットか何かに見えてくる。


「絢次は春香ちゃんのこと、けっこう気に入ってるみたい。だから預けてもいいよ」


 本当にこの人はどういう立場なのだろうかと、春香は内心首を傾げた。昢覧の提案に否か応かを判断するのは、次の質問の答え次第だ。


「その前に、絢次さんはお仕事は何をされているのか教えてもらえますか?」

「ペット、は職業じゃないな。前は運転手させたりしてたんだけど、最近はそういうのも全然してないから無職?  今まで普通に働いたことないと思う。完全に俺が養ってる。家でも特に何もしてない。簡単なお手伝いならできるよ。皿を運んだり、自分の服を箪笥にしまったり。やらせりゃ他にも色々できると思うけど、必要ないからさせてない。出身は憶えてないって言ってた。母親と二人で各地を転々として、母親が死んでからは俺と暮らしてる。親戚はたぶんいない」


 今までどんなに訊いても何も答えてくれなかった絢次に代わって、昢覧が春香の知りたかったことを教えてくれた。聞く限り本当に何もしていない。絢次がどういう人間かを考えると嘘とは思えなかった。


「なんで……いえ、そうですか……そうなんですね……」


 なんで絢次をペットにしているのか?  それは訊くのを止めた。これ以上の質問は蛇足だ。結論は出ている。


「絢次さんを引き取るのは、すみません」

「そっか。でもまあ、今まで通り、これからも絢次と遊んでやってよ」


 昢覧が去り、入れ替わりに絢次がやってきた。絢次に惹かれているのは金や体だけが理由ではない。始めは絢次にがっつかれて、魅力に溢れた若い頃に戻れた気がした。人の上に立つ心地良さをもう一度味わいたくて肉体関係に及んだ。でも今は違う。子供みたいに真っ直ぐな彼を受け入れると、澱の溜まった心の底が浚われるような気になれる。


「絢次さん、私あなたが好き。絢次さんは?」


 絢次は少し考えてから好きだと言ってくれた。それでいい。それだけでも。今だけでも。







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