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ダンピールの章
非モテ
しおりを挟む香織が学校に行っている間、知悠は昢覧の家に遊びに来た。狼になれる貴重な時間だ。ここぞとばかりにじゃれついた。この姿なら堂々と口を舐められる。頭もお腹もわしゃわしゃされて、ぎゅうってされて、ちゅーもたくさんしてもらって、絢次に白い目で見られた。
あれ以来、絢次には落ち着きが備わった。もう知悠に唸らないし、昢覧との間に割って入ろうともしない。調査の旅は昢覧、絢次、知悠、香織の四人が固定メンバーになったが、旅の間だって一度も怒られるようなことはしない。昢覧から離れないためには自制心が必要だとようやく学んだ。我慢すれば後で「お利巧さんだったね」「偉かったね」「かっこいい」「かわいい」と褒めてかわいがってもらえる。知悠はそのための布石と考えれば広い心で構えることができた。
昢覧が人狼をどう思っているのか、知悠は最近よく分からなくなってきた。溺愛してるかと思えば平気で放置する。全て受け入れているかのように振舞っておいて、絶対に超えさせない一線を引く。その気もないのに人狼の首に歯をあてたのも悪ふざけが過ぎる。ストレートの自分ですら翻弄されているのだから、絢次なんか堪ったものではないだろう。絢次は絢次なりに苦労しているのだろうなと勝手に同情した。
「まだ彼女できないのかよ~」
昢覧から呆れたように言われて、知悠は口から出かかった反論を飲み込んだ。生まれながらのモテ男に自分の苦労は解るまい。
「せっかく自由な時間があるんだから今のうちだろ?」
午後四時に香織を学校に送り届けて迎えに行く午後九時までは、彼女の世話から免れる貴重な自由時間だ。予てから結婚したいと言っていた知悠。この五時間を有効に使わない手はない。
「い、今は香織の世話があるから……」
「結婚したいなら香織なんかほっとけよ。ダンピールに入れ込んでもいい事ないと思うよ、俺は」
知悠だってそれは解っている。要らない同情をして可愛がり過ぎた。しかし知悠の婚活が捗々しくない本当の理由は香織ではない。理想が高すぎるせいだ。ちょっと冷たそうな美人だけど笑顔は可愛くて声も綺麗でスタイルが良くて姿勢が良くて所作も綺麗で優しくて一途で包容力があって知悠を一番に考えてくれて褒め上手で料理上手でお菓子も作れてキレイ好きで子供好きで体動かすのが好きで動物も好きでファッションはフェミニンでお洒落でインテリアのセンスもあって細かいことにも気が利いて怒った顔も可愛くて寝相が良くて贅沢は言わなくて一緒にお酒を飲んでくれて等々。これら全部を高い水準でクリアしなければ知悠の食指は動かない。壱重の美貌と昢覧の甘やかしのせいで感覚がおかしくなっている。
そのくせ好みのタイプであればあるほど何を話せばいいのか分からない。魔術師専属の殺し屋、フリーの殺し屋、吸血鬼のペット、ダンピールのお世話係という職歴では仕事の話はできない。家族の話もできない。通っていないから学校の思い出話もできない。年間行事も縁がなかった。緊張して気の利いた冗談も言えない。昢覧以外に素の自分を晒したことがなく、どう接すればいいのかわからない。万一女性側に受け入れられても、理想に違う部分を一つでも見付けると冷めてしまうのだから手に負えない。問題はそこだけではなかった。
ダンピールの目覚めは性への目覚めと共に訪れると明日紀が予想した時から、知悠には香織の成長について報告する義務が課されていた。具体的には性への関心の強度や方向性、胸部や性器に変化があるかを報告しなければならない。
未熟な肉体をよく知らない知悠のために、多数のサンプルを用意して少女の普通を学ぶ場が設けられたことがあった。明日紀の精神干渉で裸になり脚を開いた、下は五歳、上は十三歳までの少女たち。同席した壱重の前で感触まで覚えさせられ、性交まで勧められた。生憎子供は知悠の性的欲望の対象外であり、自身が性交可能な状態に至らなかった。
知悠は報告の義務や勉強会への参加を、我が身可愛さから断れなかった。ショックだったのは罪悪感を抱いていない事だ。過去に犯した非道の数々を忘れたわけではないが、残っていると信じていたなけなしの良心は幻だと知ってしまった。こんな自分が結婚して家族を持っていいものかと、すっかり弱気になって二の足を踏んでいるのだった。
「当分は無理かなぁ……」
草臥れた様子の知悠に、昢覧もそれ以上意見するのはやめた。
知悠は帰りしな、昢覧お手製の鶏五目御飯と豚角煮とココナツガレットを持たされた。昢覧が女だったらかなり理想のタイプだ。女体化させた昢覧との甘い新婚生活という、不毛の極致としか言い様のない妄想を繰り広げていた時期もある。女体化のイメージをより具体的にさせたくて、昢覧によく似ているという妹のことを教えてもらおうとしたことがあった。そのときの昢覧の信じられないくらい冷たい目がちらついて、以来女体化昢覧はめっきり出番が減ってしまった。
最近の妄想は、外見が壱重で中身が昢覧という女神の主演が多い。ツンデレ壱重姫とのラブロマンスも継続中だ。知悠が現実に目を向ける日は遠い。
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