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ダンピールの章
野本家の異変2
しおりを挟む見下していた絢次に似ている。しかも昢覧にもずっとそう思われていた。見て見ぬ振りをしていた事実を目の前に突き付けられて愕然とするしかない。ショックで何も言葉が出てこなかった。
昢覧も焦った。嫌がるだろうとは思っていたが、ここまで打ちのめされるとは思っていなかった。知悠のスキンシップが寂しさ故だと理解しており責める気は露ほどもない。むしろ飼い主として心苦しいくらいだ。ほんの軽口だったのは知悠も分かっていた。わかっていても受け止めきれなかったのだ。離れて暮らす寂しさは二人が思っている以上に知悠を弱らせていた。
「冗談! 冗談だよ! 知悠は下心なんてないもんな!」
背けられた顔がこくりと上下する。
「俺が寂しい思いをさせてるのに、からかってごめんな。俺は知悠にくっつかれるの嫌じゃないよ。だからそんなに落ち込むなよ」
しょげかえる背中をさすった。ここまで落ち込んだ知悠は初めてだ。俯いたままなのをなんとかしたくて、昢覧は首筋に歯を当ててみた。
「ひっ!!?」
知悠は手で首を押さえて、信じられない物を見る目で昢覧を見た。悪戯が成功した昢覧は笑っている。
「くくくっ。すごいびっくりしてる。くっふふふ」
「そりゃ……びっくりするよ……!!」
知悠は新しい衝撃に耐えるので精一杯だった。悪戯だとわかっても心が静かにならない。さっきのあれは人狼にとって昢覧が考えるよりずっと重たい意味を持つ。それを他の誰でもない昢覧にされたら……
「パパ」
「か、香織、起きたのか」
娘のおかげで知悠は正気を取り戻した。子供に見せられないようなことはギリギリしていない。たぶん。平静を装って香織が差し出した画用紙を受け取る。
「昼寝してたんじゃなかったのか?」
「だってお絵描きしたかったんだもん」
「ちゃんとお昼寝しないとおっきくなれないぞ~」
昢覧は香織をひょいと抱き上げて遊んでやった。最近の香織はお絵描きがマイブームだ。二人に褒めてもらいたかったのだろう。知悠は渡された絵を見た。画用紙の真ん中には一人の人間と、その隣に並んで奇妙なものが描かれている。黒く塗りつぶされたものの中に二つ並んだ赤い点。
「これは?」
「パパとほづみおにいさん」
昢覧と知悠は顔を見合わせた。
生憎と呼び出しに応じることができたのは明日紀だけだった。昢覧は隣室で香織の相手をしている。明日紀と二人にされて知悠はガチガチに緊張していた。面と向かって話すのはここに引っ越すとき以来だ。絢次が明日紀や壱重を平気で呼び捨てにして、普通に会話するところだけは尊敬している。自分が嫌だと思えば嫌だと言い、けして下手に出ない。知悠にはとても真似できない芸当だ。
「一応確認だけど、したの?」
「し、してません!」
知悠はこの四年間一度たりとも狼に変身していない。ダンピールに人外の知識を与えるタイミングは明日紀が決める。それまでは正体を隠して普通の人間として生活すること。明日紀がそう言いつけ、知悠は頑なに守った。
「ふーん……」
「本当です! あのとき言われてから今日まで俺は一度だって」
明日紀は片手を上げて知悠の言い訳を止めさせた。そこは特に疑っていない。この人狼が自分に背く度胸がないことは知っている。
「これが俺ねえ」
明日紀は改めて香織の作品に視線を落とした。明日紀の肖像画だという、赤い目を宿した黒い人型。目の赤光が放射線状に幾重にも飛び出して重なり合い、ほとんど単眼になっていた。体の周りにも黒色の線が渦巻いている。吸血鬼には人間以外のオーラは見えない。人外の出す殺気や気配は感じ取れるだけだ。自分という存在を初めて客観的に視覚化されて、明日紀はダンピールの能力と自分の禍々しさに感心していた。
もう一枚の画用紙を手に取る。香織は吸血鬼の上辺の美しさも理解していて、西洋風のきらびやかなお姫様と王子様が描かれた絵のモデルは壱重と明日紀だ。背景にはお花や小鳥といった香織が知る可愛いもの、綺麗なものが散りばめられていた。その中の一つに、額から一本の角を生やし背には鳥の翼を備えた白馬があった。意味も分からず浅い知識を寄せ集めて描いたのだろう。処女性の象徴ユニコーンと、化物の血から生まれたペガサスのキメラ。なかなか皮肉が利いている。
人間にはない人外の特殊な能力は、言ってしまえば狩りのための能力だ。香織のそれもまた同じだろう。ダンピールは吸血鬼を獲物と見做している。今のところ敵対するような気配はない。美化された肖像画からも吸血鬼への好意が読み取れる。しかし後数年経ったらどうだろう。野生動物が本能で相応しい行動を取るように、吸血鬼が悪魔から知恵を授かるように、ある日を境にハンターとして覚醒するかも知れない。教育の必要があれば生ませっぱなしにはしないだろう。
性欲が変化の呼び水になると明日紀は予想した。伝染型吸血鬼の特徴である強い性欲。支配された人間たちも皆示し合わせたように性に貪欲となった。ダンピールの能力は肉欲の目覚めと共に発現する。それを検証するにはもう少し香織の成長を待たなくてはならない。
「あいつはよくこんな手間の掛かることをしているな……」
親世代から育成に数十年かける了炫に感心する。明日紀にそこまでの気の長さはない。知悠にダンピールを託したのは正解だった。存外いい父親を演じており、よく懐かれている。成長如何によっては手駒にもできるかもしれない。
「昢覧。次はその子も連れて行って」
伝染型吸血鬼探しの旅に同行させて、香織に伝染型男の絵を描かせる。同じことを考えていた昢覧はすぐさま承諾した。
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