夜行性の暴君

恩陀ドラック

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ダンピールの章

可愛い大事な2

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 脇腹に中段蹴りをまともに喰らい、女は下がって距離を取った。すべての攻撃を躱されたのがよほど悔しかったのか、憎々し気に昢覧を睨みつける。


「ふざけるな……」

「まじでふざけてるよな。でも本当にそういう吸血鬼がいるんだって」

「おまえのことだ!」

「あ、俺か。ってふざけてねーし!」


 昢覧の軽さが今は煽りにしかなっていない。女の顔が怒りでますます歪められた。


「ここを乗っ取るつもりか」

「いいや。変な吸血鬼を捜してるだけ。この辺にはいなそうだから、出て行こうとしてたとこ」

「私を殺すのか」

「だからそんなことしねーって」


 昢覧はいまいち集中できなかった。さっきからずっと血の匂いがする。しかも発生源が近く、この女のような気がする。だがどこから?  流血させるような攻撃はしていないし、怪我したとしてもいつまでも傷口が塞がらないのは変だ。


「やだ、もったいない」


 女がロングスカートの深いスリットを広げた。股間から太腿の内側にしたたる血を、指で拭って口に入れる。契約型吸血鬼に月経はない。


「嚙み付く奴……なのか?」


 伝染型男に噛みついた女吸血鬼は黒髪で巨乳でエロい感じだったと聞いている。この女もそうだ。てっきり同族だと思っていたが、そうでないなら温い対応をしている場合ではない。何も気づかない通行人が過ぎ去ったのを合図に第二ラウンドが始まった。

 力とスピードは僅差、技術では格段の差があった。飯田に師事したのが役に立っている。人間と吸血鬼は身体構造が同じなため動きもさほど変わらない。重心、息遣い、視線と爪先の方向。そういったことを見逃さなければ防御は難しくなく、こちらの攻撃はよく通った。

 女の逆関節に折られた膝や砕かれた肋骨は、既に半分ほど回復している。削ぎ取られた腕の肉が戻るのには時間が掛かる。最も深刻な状態なのは首だった。切断された頭部が昢覧の手中にある。再生できない頭部を求めて、首から下がよたよたと歩いた。


「あんた名前は?」

「……祥子……」

「死にたくなかったらおまえんちに連れてけ」

「わ……った……」


 絢次の運転で三人は女の家に向かった。後部座席に首なし女と昢覧が座る。体が暴れないよう気を付けながら、案内しやすいように首を高く掲げた。


「なあ絢次、さっき陰から見てなかった?」

「だって血の匂いがしたから」


 心配というより昢覧が戦っているところを見てみたくて、こっそり覗いたのがバレていた。初めて目の当たりにする吸血鬼同士の戦いは凄まじかった。動体視力に優れた絢次でもやっとのスピードで繰り出される攻撃の応酬。二人とも細身なだけに攻撃も軽そうに見えてしまうが決してそのようなことはない。あれを一撃でも喰らったら人狼など一溜まりもないだろう。

 昢覧が食事の時だけ垣間見せる荒々しさはほんの一部分に過ぎない。彼ほどの吸血鬼があの程度の獰猛しか持ち合わせていないわけがない。躊躇なく同族の骨を砕き肉を削ぎ首を刎ねる。全てを蹂躙する最強種の、あれが本当の姿。恐怖とも興奮ともつかない感情で絢次は身震いしたのだった。


「おまえは待てもできないのか?  まったくもー。怪我したらどうすんだよ。危ないだろ。心配させんな」

「ごめんなさい」

「あっ、こいつは俺のペットだから!  それだけだから!  本当だよ!  聞いてる!?」


 前に会ったグールから雄の人狼好きの変態だと思われていたことを思い出して、慌てて二人の関係を説明した。聞いているのかいないのか、祥子はしれっとしている。


「ねえ昢覧」

「待て絢次。話がこじれそうだからおまえは何も言うな。いいか、祥子。もしなんか変な噂を聞いてたとしても、そんなのは」

「昢覧」

「なんだよ!」

「それ、前向かせてくれないと……」

「あっ」


 熱が入って顔を向かい合わせにしてしまい、祥子が道案内できなくなっていた。前を向かせると「右」と祥子が呟き、丁字路で止まっていた車が再び走り出す。


「俺と絢次は普通に仲がいいだけだから」


 もう一度念を押してみた。絢次は黙って運転し、祥子も何も言わない。昢覧もこれ以上の墓穴掘りはやめた。微妙な沈黙を乗せて車は走り続ける。







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