夜行性の暴君

恩陀ドラック

文字の大きさ
上 下
61 / 119
ダンピールの章

可愛い大事な2

しおりを挟む
 


 脇腹に中段蹴りをまともに喰らい、女は下がって距離を取った。すべての攻撃を躱されたのがよほど悔しかったのか、憎々し気に昢覧を睨みつける。


「ふざけるな……」

「まじでふざけてるよな。でも本当にそういう吸血鬼がいるんだって」

「おまえのことだ!」

「あ、俺か。ってふざけてねーし!」


 昢覧の軽さが今は煽りにしかなっていない。女の顔が怒りでますます歪められた。


「ここを乗っ取るつもりか」

「いいや。変な吸血鬼を捜してるだけ。この辺にはいなそうだから、出て行こうとしてたとこ」

「私を殺すのか」

「だからそんなことしねーって」


 昢覧はいまいち集中できなかった。さっきからずっと血の匂いがする。しかも発生源が近く、この女のような気がする。だがどこから?  流血させるような攻撃はしていないし、怪我したとしてもいつまでも傷口が塞がらないのは変だ。


「やだ、もったいない」


 女がロングスカートの深いスリットを広げた。股間から太腿の内側にしたたる血を、指で拭って口に入れる。契約型吸血鬼に月経はない。


「嚙み付く奴……なのか?」


 伝染型男に噛みついた女吸血鬼は黒髪で巨乳でエロい感じだったと聞いている。この女もそうだ。てっきり同族だと思っていたが、そうでないなら温い対応をしている場合ではない。何も気づかない通行人が過ぎ去ったのを合図に第二ラウンドが始まった。

 力とスピードは僅差、技術では格段の差があった。飯田に師事したのが役に立っている。人間と吸血鬼は身体構造が同じなため動きもさほど変わらない。重心、息遣い、視線と爪先の方向。そういったことを見逃さなければ防御は難しくなく、こちらの攻撃はよく通った。

 女の逆関節に折られた膝や砕かれた肋骨は、既に半分ほど回復している。削ぎ取られた腕の肉が戻るのには時間が掛かる。最も深刻な状態なのは首だった。切断された頭部が昢覧の手中にある。再生できない頭部を求めて、首から下がよたよたと歩いた。


「あんた名前は?」

「……祥子……」

「死にたくなかったらおまえんちに連れてけ」

「わ……った……」


 絢次の運転で三人は女の家に向かった。後部座席に首なし女と昢覧が座る。体が暴れないよう気を付けながら、案内しやすいように首を高く掲げた。


「なあ絢次、さっき陰から見てなかった?」

「だって血の匂いがしたから」


 心配というより昢覧が戦っているところを見てみたくて、こっそり覗いたのがバレていた。初めて目の当たりにする吸血鬼同士の戦いは凄まじかった。動体視力に優れた絢次でもやっとのスピードで繰り出される攻撃の応酬。二人とも細身なだけに攻撃も軽そうに見えてしまうが決してそのようなことはない。あれを一撃でも喰らったら人狼など一溜まりもないだろう。

 昢覧が食事の時だけ垣間見せる荒々しさはほんの一部分に過ぎない。彼ほどの吸血鬼があの程度の獰猛しか持ち合わせていないわけがない。躊躇なく同族の骨を砕き肉を削ぎ首を刎ねる。全てを蹂躙する最強種の、あれが本当の姿。恐怖とも興奮ともつかない感情で絢次は身震いしたのだった。


「おまえは待てもできないのか?  まったくもー。怪我したらどうすんだよ。危ないだろ。心配させんな」

「ごめんなさい」

「あっ、こいつは俺のペットだから!  それだけだから!  本当だよ!  聞いてる!?」


 前に会ったグールから雄の人狼好きの変態だと思われていたことを思い出して、慌てて二人の関係を説明した。聞いているのかいないのか、祥子はしれっとしている。


「ねえ昢覧」

「待て絢次。話がこじれそうだからおまえは何も言うな。いいか、祥子。もしなんか変な噂を聞いてたとしても、そんなのは」

「昢覧」

「なんだよ!」

「それ、前向かせてくれないと……」

「あっ」


 熱が入って顔を向かい合わせにしてしまい、祥子が道案内できなくなっていた。前を向かせると「右」と祥子が呟き、丁字路で止まっていた車が再び走り出す。


「俺と絢次は普通に仲がいいだけだから」


 もう一度念を押してみた。絢次は黙って運転し、祥子も何も言わない。昢覧もこれ以上の墓穴掘りはやめた。微妙な沈黙を乗せて車は走り続ける。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...