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狼の章
趣味と同志2
しおりを挟む今朝も絢次が盛って擦り寄ってきた。昢覧が許して受け入れると知悠は黙って部屋を出ていく。横にいられると少し恥ずかしいので知悠の気遣いはありがたかった。田坂の話を少し信じたのは絢次の存在も大きい。絢次を見ていると人狼薬に俄然信憑性が出てくる。こいつを煎じて飲んだら誰でも元気になりそうだ。絢次が眠ったので知悠の様子を見に行った。
「昢覧兄ちゃん、お疲れさま」
「疲れてんのは絢次だけだけどな」
「あはは、確かに」
知悠はブランデーのグラスを傾けた。彼は一人の時間ができるとよく酒を飲んでいる。野良時代に味を覚えて、一時期は浴びるように飲んでいた。生憎とアルコールに強い体質で酒に逃げることはできなかった。当時は自分の体質を恨めしく思ったものだ。今は適量を嗜み味を楽しんでいる。
「知悠は田坂から他の人外について聞いたことはあるか?」
「吸血鬼は危ないから気を付けろ、絶対関わるなって言われた」
「ぶっ! ほぁ? ほんとに?」
まだ見ぬ人外、例えばミイラ男や蛇女は実在するのか。そんな話を聞きたかったのだが、予想外の返答に思わず噴出してしまった。
「ほんとだよ。吸血鬼は自己中で変人で攻撃的ってことで怖がられてる。吸血鬼にかかったら一捻りであの世行きだからね。昢覧兄ちゃんは優しくて大好きだけど、俺も知らない吸血鬼には近寄りたくないな」
吸血鬼化するまで人間社会しか知らず、吸血鬼化してからはここまで赤裸々に語る人外はいなかったから初耳だ。グールの腰がいやに低いわけだ。吸血鬼が恐れられているのはわかった。問題は知悠にその忠告をしたのが田坂ということだ。人間が吸血鬼を知っていて、それを他者に話して聞かせている。たまたま田坂が "知った人間" で、相手が人外なら話をできるということだろうか。
「昢覧兄ちゃん? どうかした?」
「知悠って壱重ちゃんのこと好きなの?」
「は!?」
「だっていつも見てるだろ」
昢覧が上に遊びに行くとき、知悠は一緒について行くことがある。それが壱重目的なのは昢覧もすぐに気が付いた。知悠は部屋に入っても何もしない。狼型で大人しくしているだけだ。しかしその目はずっと壱重から離れない。もし壱重に恋しているなら、こんなにも危険で不毛な片思いはない。文字通り身を亡ぼすことになる。
「ただ綺麗だなーって思って見てるだけ! 昢覧兄ちゃんが心配してるような、そういうんじゃないから!」
知悠は壱重とどうにかなれるとはまったく思っていない。吸血鬼と人狼では何もかもが違い過ぎる。バックについてる怖いお兄さんも叶わぬ恋のストッパーになっていた。昢覧について行くのは明日紀が留守のときだけだ。
それでも壱重は美しい。嫋やかで艶やか。所作も洗練されている。知悠が今まで見た中で断トツに美人だ。見ているだけで幸せな気分になれる。というのは建前で、本当は自分の恥ずかしい妄想に壱重をレギュラー出演させていた。
ごく普通の人間の壱重と人狼の自分が出会ってしまった。初対面なのに惹かれ合う二人。美しさ故危険な目に合う壱重を陰ながら助ける知悠。そんな知悠の存在に気付いた壱重は思いを募らせ遂に己の肉体を――
他にも、不良の知悠を慕うお嬢様の壱重。暗殺者の知悠に恋してしまう敵側要人の娘壱重。勇敢だが身分の低い騎士知悠を無視できない高貴な壱重姫。妄想の中でさえ身分違いの恋なのが我ながら哀しい。
「はぁ。あんなすごい美人を見た後で、他の女と恋愛できる気がしない……」
知悠にはいつか誰かと結婚したいという夢があった。恋をして、愛し合って、温かい家庭を作りたい。相手はできれば美人がいい。だが壱重という頂点を見た後だと全員いまいちに思える。これではいつまで経っても夢が叶いそうになかった。
「かわいいもんなぁ、壱重ちゃん。ま、美人なら探せばどっかにいるって。壱重ちゃんも元々人間だったわけだし」
知悠の結婚願望は昢覧も知っていた。手元を離れるのは淋しいが、それが知悠の幸せなら仕方がない。雄なら自分の群れが欲しくなるのが自然だろう。いずれ子供でも作って楽しく生きてほしい。
「昢覧兄ちゃんはあんなに傍に寄られて、よく平気でいられるね」
壱重が自宅で寛ぐときはノーブラで薄着が普通だ。下はどう考えてもノーパンなときがある。吸血鬼は裸体を恥としないから壱重の格好は特殊ではない。今日はノーブラな上にブラウスの前がお腹まで開いていて非常に際どかった。下はわからなかったが、もしかして……と考えるだけで興奮する。暗殺者として感情の制御と抑制を叩き込まれていなければ勃起していた。
そんな壱重が、明日紀と昢覧には気楽で砕けた接し方をする。もたれかかったり軽いハグをしたり。昢覧くらいの美形になると絶世の美女にも動じないのかと、知悠はいつも感心していた。自分がそんなことをされたら確実に我慢できない。別の意味で狼になる自信がある。
「平気そうに見えるんならよかった」
「え?」
「俺だってつらいんだ……」
二人はお互いを励まして、友情をより強固なものとした。
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