夜行性の暴君

恩陀ドラック

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ダンピールの章

お土産が生物だと困る

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 数ヶ月振りにメゾン・サングラントに三人の吸血鬼が揃った。その空気はやや微妙である。原因は明日紀あさぎの手土産にあった。昢覧ほづみ壱重ひとえは考え込む。それはどう見ても人間の女。瘦せ型で腹だけ突き出た様子から妊娠していることが分かる。問題はその子の父親が吸血鬼であること。疑惑の目が明日紀に向けられた。


「なあに二人共。俺じゃないからね」


 フィクションのような吸血鬼がいたことは先に聞いた。しかし俄かに信じられる話ではない。そんな弱点だらけで性欲だけの馬鹿々々しい人外が、同じ吸血鬼を名乗っているなんて。


「でもほら、明日紀ってたまに変な事するし」

「人狼を可愛がってる昢覧に言われたくないなあ」

「明日紀が作らせたなら明日紀の子でしょ」

「壱重まで!」


 吸血鬼の絶頂は服従の証であり、人間相手に中出しなど屈辱以外の何物でもない。そもそも契約型吸血鬼は男女ともに繁殖能力がない。明日紀の子である可能性は二重の意味で有り得ないのだ。


「それで、なんでこんなもの連れてきたの」

「それはね壱重ちゃん、子供がダンピールだからだよ」

「俺が最初に言いたかったのに!  昢覧ずるい!」


 ホラー好きな昢覧と映画ファンの明日紀は、ダンピールを知らない壱重に説明した。ダンピールとは吸血鬼と人間の混血児であり、吸血鬼を倒す能力を持つと言われている。古くからある民間伝承だ。


「私たちの敵になるかも知れない?」

「もしかしたらね」


 明日紀はあの別荘を出てから圭太と同じ伝染型吸血鬼を何人か発見している。全員女好きの殺人童貞で契約型吸血鬼を知らなかった。この弱肉強食の世界であのような弱者が危険な最強種を知らないというのはおかしい。そのことから契約型吸血鬼は最近出てきた新種と考えられた。となるとダンピールの安全性も保障されない。もし伝承通りの力があるとしたら種族の危機につながる。近い将来急増するであろうダンピールの性質を明らかにする必要がある。

 妊婦は出産まで適当な一般家庭に放り込んで面倒を見させることにした。持ち回りで定期的に精神干渉を上書きする。数ヶ月後、吸血鬼立会いのもと女児が産み落とされた。ちなみにグールが経営する病院で世話になっている。赤ん坊は一見普通の人間だった。いるだけでは害にはならないということは、なんらかのアクションを起こしてそれが吸血鬼に作用するのだろう。成長速度が並みの人間と同じと仮定して、自立歩行と発話の獲得まで短く見積もっても一年、ある程度の運動能力もとなるとさらに数年は様子を見ないと結論は出せない。それまで誰が面倒を見るのか。明日紀も壱重も赤ん坊の世話を焼ける性分をしておらず、面倒見のいい昢覧もそこまでの父性は持ち合わせていなかった。


「誰か育ててくれないかなぁ」


 また人間の家に放り込むのが手っ取り早いのだが、そうすると必ず定期的な家庭訪問が付随してくる。気分屋の三人は決められた行動にうんざりしていた。あれがあと数年も続くなんてとても耐えられない。


「金さえ出せば誰かやってくれると思うけど、ダンピールだってばれたらヤバいくね?」


 吸血鬼の弱点になるかもしれない子供を育てさせるのだ。精神干渉なしでいくなら余程信頼の置ける相手でなければ預けられない。


「下にちょうどいいのが居るじゃない」


 壱重の発案で知悠ちはるが子供の面倒を見ることになった。別に物件を借りて、そこに住まわせる。早速引っ越しを済ませ、吸血鬼三人は再びメゾン・サングラントで話をした。

 伝染型吸血鬼には気になる点が多かった。発見されるのは男ばかり。その誰もが女に噛みつかれて吸血鬼化している。なぜ眷属を増やし、なぜああも繁殖したがるのか。一人から得られる情報は少ないが、数をこなせばその内核心が見えてくるかも知れない。ついでに駆除すれば上への申し開きにもなるだろう。


「だから俺はまた旅に出ようと思う。壱重もついておいで」

「どうしてもって言うならついて行ってあげる」

「どうしても」


 明日紀が迷いなくそう答えたとき、ほんの一瞬壱重の顔が喜びに染まったのを昢覧は見逃さなかった。


「昢覧はどうする?」

「ああ、俺も旅に出たいなって思ってて」


 昢覧の動機的は明日紀とは全然違う。別種の吸血鬼がいると聞いたときから、蛇女ラミア鳥女ハーピーを探しに行きたかった。ゾンビや妖精だって、存在しないとは言い切れないはずだ。


「昢覧ってほんと、そういうの好きだね」


 明日紀と壱重が西部、昢覧が東部を巡ることにした。もちろん昢覧も伝染型吸血鬼を探し、見つけたらしかるべき処置をする。


「昢覧」

「ん?」


 明日紀に小さく手招きされて、顔を寄せると唇にキスをされた。驚いて開けてしまった口にぬるりと舌が入る。


「ぁ、あさ、ぎ……?」

「行ってきます。ふふふ」


 明日紀は壱重の手を引いてドアに向かった。顔を赤くして狼狽える昢覧に、壱重がひらひらと手を振る。


「またね」

「い、いってらっしゃい?  え、今の……えぇ!?」







「はあ……」


 溜息の主は知悠。彼は高級賃貸マンション、カーサ・デ・ペサディーヤの一室に居た。今日からここに住んでダンピールの生態を観察し報告する。赤ん坊の世話も大変そうだが昢覧との別居が痛い。だっこ、なでなで、ぺろぺろ、添い寝、手料理は当分の間お預けだ。壱重に会える機会もぐっと減るだろう。非常に気が重たい。


「死なせなきゃあとは適当でいい。報告だけは忘れるなよ。じゃ、頼んだからな」


 話を持ってきたのが昢覧ならまだなんとかできたと思う。だが相手が明日紀では一も二もなく従う他ない。昢覧と知り合う前に思い描いていた怖い吸血鬼像そのままに、いつも鋭くて冷たい鬼気を纏った明日紀。顔は壱重とよく似ているがずっと表情豊かで、ずっと恐ろしい。目が合うたび寿命が縮まる気がする。


「名前どうしようかな……」


 明日紀たちは本当にダンピールとしての素質にしか興味がなくて、命名しようという発想がなかった。名前を付けろとも言われていない。一緒に暮らす上で名無しのままでは不便だ。いつまでも代名詞で呼ぶわけにはいかない。勝手に名付けたところで咎められはしないだろう。

 赤ん坊はベビーベッドで眠っている。そっと指先でつついてみた。柔らかくて小さくて暖かい。五体満足の女の子。今のところダンピールの片鱗は肌が少し青白いくらいで、他は人間の赤ん坊と変わりなく見える。母親は管理が面倒という理由で処分された。実験で作られ誰にも愛されない。両親の馴れ初めから今現在までこの子には悲惨しかない。可哀想だな、と思ってしまった。


「決めた。香織にしよう。よろしくな、香織」


 昔実家の近所に住んでいたお姉さんが確かそんな名前だった。この子もあんなふうに優しくて綺麗な女の子になればいい。

 後日、定期連絡のやり取りで昢覧が旅に出たと知り、知悠は更に落ち込んでしまった。







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