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ダンピールの章
旅先にて2
しおりを挟む「僕の家来にしてやる。男には興味ないけど、少しはかわいがってやるよ」
明日紀の逡巡を自分の都合のいいように解釈した圭太が下卑た笑みを浮かべた。美少年を蹂躙する妄想で頭をいっぱいにして、恐れ気もなく距離を詰める。華奢な首筋目掛けて牙を剥き出しにしたところで、圭太が突然後ろに飛びずさった。彼の胸につけられた小さいけれど深い傷から、生臭い血がとくとくと流れ出ている。
「くっ……なんで……」
圭太が手近な女に噛みついた。みるみるうちに顔色を悪くする女と対照的に血の気を取り戻していく。
「吸血鬼と言えば吸血鬼か」
明日紀は感心すると同時に呆れた。鈍い。明日紀の爪を躱せず、何をされたのかもわかっていない。脆い。少しつついただけであのダメージ。隙が多い。回復は吸血頼り。近くに人間がいなければ、敵に待つ気がなければ終わる。愚かだ。相手の力量も計れない。
「冗談はこの辺にして、そろそろ正体を教えてくれる?」
「だから! 吸血鬼だって言ってるだろ!」
「まだやるの? じゃあこうしよう」
圭太は味わったことのない激しい衝撃と痛みを受けてひっくり返った。首を起こして自分の身体を見ると、腹から腸がでろりと出ている。
「ひぁっ……ああああ!!」
「あーあ。後ろを見てみろ。せっかく中に出したのにもったいないな」
圭太が振り返るとすぐ後ろで女の一人が口から血を流してくたばっていた。明日紀が言ったのは膣から零れた精液のことだが圭太はそれどころじゃない。背中にも穴が開いていて、そっちからも腸が出ている。どうにかそれを腹の中に収めようとする圭太を明日紀が笑った。
「それ、おまえのじゃない。その女のだよ」
圭太の胴体を貫いた明日紀の手が後ろに居た女の腹も破って腸を掴み、そのまま引き抜かれたのだ。圭太は泣きながら、さっきと逆に腸を引っ張り出した。ずるずるという嫌な感触が腹に響く。残り二人から血を吸って、圭太の腹はどうにか塞がった。
「もっとたくさん飲んで元気になれ」
まだ本調子ではなさそうな圭太のために、明日紀は一人の女の首を掻き切って逆さにした。しかし圭太は頭上から降り注がれる血を飲まず、今しがた飲んだばかりの血を吐き出してしまった。もう飲まないのかと訊くと首を縦に振っているから、明日紀は出涸らしをぽいと投げ捨てた。残りの一人は首をへし折って、逃げ出す素振りを見せた圭太に投げつける。到底吸血鬼らしからぬ非力で、のしかかる死体をどかすことさえ一苦労のようだ。
「そろそろ教える気になった?」
「僕は……本当に吸血鬼です。本当に、吸血鬼です……!」
「そう言われてもね」
「本当に! 僕は吸血鬼なんです! 本当なんですうぅ!!」
血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で圭太は必死に訴えた。ちらちらと死体を見ては、その度に恐怖に慄いている。
「まさかと思うけど、おまえ殺したことないの?」
「そんなの……あるわけ……」
「ははは! まさかの童貞。絶対吸血鬼なわけがないな」
「本当です! だって、ほら、これ!」
「意味がわからない。その傷がなんだっていうんだ。吸血鬼に噛みつかれて自分も吸血鬼になったって言うんじゃないだろうな。ホラー映画の観過ぎじゃないか?」
「で、でも、そうなんです……実際噛みつかれて、その後気が付いたらもう……」
それは三週間前の出来事だった。友人らと少し遠くへ遊びに行ったときのこと。酒を飲んで先に寝てしまった友人らを置いて、圭太はホテルの近所へ散歩に出た。冷たい夜風がそよそよと吹き、小川のせせらぎが耳に心地よい。一本道の先の小さな橋の欄干に肘を着いて川を眺める人物がいた。突き出された尻が邪魔で橋を渡れない。
「すみません」
「あら、こんばんは。あなたもお散歩ですか?」
「ええ、まぁ……」
こちらを向いた女は、派手さはないが綺麗な人だった。中肉中背。色白。年齢は二十代中頃。黒髪を後ろにまとめている。服装はカットソー素材のロングワンピース。深めのブイネックから覗く豊満な胸の谷間が魅力的だ。圭太は殺しは未経験でも、セックスの経験は豊富でナンパも手慣れていた。
「お一人ですか? よかったら僕と飲みに行きません? 友達が先に寝てしまって、相手が欲しかったんですよ」
「ええ、いいですよ。私もちょうど飲みたかったとこ……」
含みを持たせた言い方と色っぽい微笑みに手応えを感じた。やれる。今夜この女は僕のものだ。
「こっちにきて」
圭太の手に女のしっとりと柔らかい手が絡みつき、歩道から外れた暗闇に導かれる。女は積極的だった。ディープキスから首回りへ、女の唇が圭太を愛撫する。おっぱいの感触を楽しみながらすっかり準備が整った股間の出番を待っているときだった。突然強い力で首筋に噛みつかれたのだ。痛みは一瞬で遠のき、立っていられないほどのひどい眩暈に見舞われた。
「これであんたも吸血鬼。悪く思わないでね」
薄れゆく意識の中、耳元でそう囁かれたのをはっきり覚えている。気付いたとき女の姿はなかった。残っていたのは首に付いた噛み傷だけ。相手の名前も住んでいるところもわからない。
「まるでドラキュラだな。面白い。こんな人外がいたとは今日初めて知った。吸血鬼か……」
「だからもういいですよね……もう勘弁してください……」
「おまえの正体を知ったら帰れないんだろ?」
後悔、恐怖、絶望、怒り。圭太は明日紀の好きなものばかり並べた。
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