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狼の章
秘密と嫌がらせ
しおりを挟む大橋家訪問から数週間後。知悠のもとに保井から、尋ね人が北部の小さな山村に潜伏しているとの報せが入った。知悠から生い立ちを聞かされた昢覧は、復讐を望む気持ちは理解できても手放しで賛成することはできなかった。魔術師という存在がきな臭い。魔術は悪魔の領分のはず。人間に超常の知識を与えまいとする悪魔が何故それを許しているのか。もし悪魔をも従える術をもっているとしたら人狼が敵うとは思えない。
もう一つ、田坂を殺したら呪いが解けてただの人間に戻るのではないかという懸念もあった。大体の呪いは術者が滅びると無効となる。フィクションから知識を得たど素人の見解だけれど、有り得ないとも言い切れない。
知悠は申し分のないペットだった。あれ以来口を舐めるようになったが絢次のような下心はない。狼型のとき限定の親愛を表す行為で、昢覧も喜んで舐めさせている。河川敷で感じた悪い予感は全くの見当外れだった。むしろ盛ってばかりの絢次に昢覧の望まないことをするなと注意する。出来のいい弟分に対抗して絢次の我儘も減ってきた。そんな知悠がただの人間の男になってしまうかもしれない。避けたい事態だ。
「もし魔術師が死んだら呪い解けない?」
「わからない」
「すっごく危ないと思うけど、それでも行きたいのか?」
頷く知悠の瞳には固い決意が宿っていた。行くなと言えばきっと従う。でも昢覧はそこまでの言葉を口にできなかった。自分と同じ異性愛者の知悠があそこまでして成し遂げようとした復讐だ。この機を逃したら一生後悔するかも知れない。知悠なりに勝算があるのだろう。自棄になっているふうでもない。
「そんじゃついでに魔術師について調べてきてくれよ」
「うん」
「魔術師のなり方とか、魔法の使い方とか」
「うん」
「終わったら早く帰ってこいよな」
「そうする」
「知悠」
「ん……」
ぎゅっと抱きしめられて、知悠も同じように返した。
「おまえは大丈夫だ。安心して行ってこい」
「ありがとう昢覧兄ちゃん。行ってきます」
行ってしまった知悠を思う。クールなようで感情的な知悠。狡猾なイメージのある魔術師と渡り合えるか心配だ。復讐を成就させて、無事に戻ってきて欲しい。
それにしても人狼が呪いだと聞いたときは驚いた。厳密に言うと人狼は人外ではなく、呪い状態の人間なのだそうだ。絢次が食事になるような気がしたのもそのせいだった。知悠には言えないが魔術師には死んでほしくない。人狼を増やす方法が呪いだけだとしたら、こんな貴重な人材はいない。
甘えに来た絢次狼を抱きしめて、ふと考えた。絢次を人狼にしたのも田坂だとしたら、もうすぐ絢次もただの人間になってしまうかも知れない。この甘えん坊の狼がただのおっさんになったとしたら……
「うわぁ!」
想像したら怖くなって部屋を飛び出した。ぽかんとする絢次を置いて上階に走る。絢次は明日紀と壱重に遠慮があるから、そうそう追いかけてこないはず。明日紀は留守で、壱重が迎え入れてくれた。
「ひ、壱重ちゃん……絢次がおっさんになったらどうしよう……」
「もうなってる」
「そうなんだけどそうじゃなくてっ」
「生きてれば年は取るでしょう。どうして今更そんなことで慌てるの」
「そ、それは……」
普通に考えたら魔術師は "知った人間" として処分しなければならない。だが、何十年も活動できているということは存在を許されている可能性が高い。それを処分した場合こちらが不興を買いかねない。では吸血鬼も魔術師を容認すれば問題ない、とも言えない。"知った人間" を放置したとして罰を下される可能性もある。どっちに転んでもバッドエンド。悪魔はそういう理不尽を強いるという。知悠を一人で行かせたのもこれが原因だ。下手に関わって殺されては堪らない。明日紀と壱重には魔術師のことは隠している。知悠が留守の理由も、昔の飼い主に会いに行ったとしか言っていない。自分はもう手遅れかも知れないが、二人を巻き込みたくなかった。
「もし絢次が人狼じゃなくて普通の人間だったらって想像したら、すごく焦っちゃって……」
「何を知ったの?」
「んなっ、何を!? な、何も? 何もないよ!」
「下手」
「うぐっ」
返す言葉もない。これだけ狼狽えたら、もうそれが答えになってしまう。何があったかではなく、いきなり何を知ったと問う辺りが壱重の勘の良さだ。
「ごめん、言えない」
「そう」
二人はL字型に配置されているソファーのそれぞれに腰掛けていた。立ち上がって移動する壱重を目で追っていた昢覧は、その終着点が自分の膝の上で驚いた。普段からスキンシップはある。寄り添って座ったり腕を組んだり、ハグをしたり。あくまで仲の良い姉と弟のような感じ。壱重は明日紀と違って、淫語を発したり性的な悪戯をしない。だから、そこから更に口付けまでされたのは不意打ちもいいところだった。
壱重を引き離そうとその身体に手を置くが、肩が儚くて、腰の曲線が猥褻で、手が言うことを聞いてくれない。壱重も軽く唇を押し当てたまま動かない。まるでこちらが動くのを待っているよう。かわいい壱重が自分を誘っている。引き寄せて腕の中に閉じ込めて、もっと深く口付けて、柔らかい肌を余すところなく……
「壱重ちゃん、なんで……」
昢覧は妄想を実行に移す前に我に返った。頑張って逸らした顔に手を添えられ、もとの向きに直される。
「教えてくれないから、嫌がらせ」
キスしたまま壱重が囁いた。壱重の唇の動きにつられて昢覧の唇も動く。これ以上は本当にまずいと思い始めた昢覧は、どうにか気合で壱重を引き離した。
「もう、冗談きついって!」
「教えてくれたらもう一度してあげる」
壱重は悪戯な顔で昢覧を見上げた。こういうところは本当に明日紀に似ている。
「かわぃ……じゃなくて! 駄目駄目駄目!」
ここに居たら喋らされてしまう。昢覧は逃げるように外に出た。食事を摂る気にもならず、仕方なしに適当なビルの屋上に入り込む。思い出す密着した体のしなやかさ。尻の弾力。唇の柔らかさ。無防備に開くその隙間に舌を差し込みたかった。上目遣いの微笑みは、いつものクールさとのギャップにくるものがあった。
「はー、なんなんだあの子やばい。もー怖い」
壱重に興奮してしまったことも問題だが、その内容の方がもっと問題だ。空想の中の昢覧は壱重を慈しむように愛撫した。柔らかく腕の中に包み込んで、優しい口付けで愛を伝えようとしていた。一時でも破壊衝動を忘れた自分が信じられない。今日はこの屋上で夜を明かすことにした。まだ自分の部屋に帰りたくない。絢次に会ったら舐めまわされてしまう。もうちょっと壱重の余韻を残しておきたかった。
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