夜行性の暴君

狼の章

リバイバル

　


「知悠どうした？」


　帰りの車中。知悠は昢覧に気遣われ、後部座席で彼の隣に座らせられた。運転を任された絢次がバックミラー越しに睨みを利かせるが、知悠はそれどころではない。

　一応怖れていた場面は回避できた。恵や子供から興味を失くした昢覧が再びあの家を訪ねることはないだろう。このまま黙っていれば、自分がどういうつもりで昢覧に近付いたのか知られることはない。だが、それは昢覧に嘘を吐き続けるということになる。声をかけてくれる昢覧に何も言えない。たぶん心配そうにこっちを見ているのだろうけど、俯いた顔を上げることもできなかった。


「絢次、車を止めろ」


　昢覧は知悠と車を降りて、ぶーたれる絢次を先に帰らせた。そこは大きな橋が近くにあり夜遅い時間でもそれなりに交通量がある。


「止まってると目立つから歩くぞ」


　二人は河川敷の遊歩道へと下りた。夜の散歩は想定されておらず、街灯は土手の上にしか設置されていない。野放図に枝を伸ばす木々や背の高い雑草に囲まれて見通しが悪い。土手の向こう側には終業後で人気のない工場がいくつかあった。声を上げても聞く人間がいない。ここは狩られる側の者には恐ろしく感じられる場所だった。普段は狩る側の知悠だからよくわかる。ここが死に場所になるかも知れない。夜を自由に駆ける狼も今夜は足が竦んだ。


「どうしたんだよ知悠。絢次になんかされたか？  子供が人間でがっかりした？  グールが嫌だった？」


　知悠は訊かれるたび首を横に振った。


「うーん、わからない。降参。正解は？」

「……昢覧に、嘘を、吐いた」

「そうなの？  どんな？」

「あの女の……恵のこと知ってた……昢覧をあの女から引き離すために、あのグールに雇われて……」

「俺を恵から引き離すってなんだ。最初からくっついてねーよ」


　知悠は保井との密約を白状した。



「雄の人狼好きね。あー、なるほど、はいはい。それで知悠も最初あんなこと。しかも太ったおばちゃんも大好きで、恵に付き纏ってたと。……ってどんな趣味だ！  俺ってどんな変態だと思われてんの！？」

「ご、ごめんなさい……ずっと騙しててごめんなさい！」

「それはもういいよ」

「でも俺……！」


　歯を食いしばって再び涙を流し始めた知悠の背中を、昢覧の手が優しくさすった。


「別にいいって。あんなおばちゃんどうでもいいし、知悠になんか変なことされた訳じゃないしさ。もう泣くなよ。俺は全然気にしてない。知悠はちゃんとごめんなさいできでえらい子だよ。そんでもってお兄ちゃんは謝られたらすぐ許しちゃうんだ」

「おにいちゃん……」

「うん。妹いるんだ。俺お兄ちゃん。優しくて頼りになるとご近所で評判」


　たぶんな、と続けて昢覧は笑った。


「お、泣き止んだな。じゃあ早く帰ろうぜ」

「俺も一緒に……？」

「そりゃそうだろ。知悠はうちの子なんだから」


　知悠はさっきまでとは違う涙を溢れさせた。昢覧の口元をぺろぺろと舐めて、ぎゅっと抱きつく。


「昢覧にいちゃ……ありがとう。好き」

「あ、う、うん、そうか……」