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吸血鬼の章
野望と後悔
しおりを挟む斎藤が吸血鬼の監視を始めて数日が経過した。録画ができず交代要員もいないため、一日に四・五時間が限度。来られない日もある。吸血鬼の話をできないことの不便さ、もどかしさが早くも身に染みた。監視をしていて驚いたのは鈴木を見たときだ。飯田と一緒に居た、見てくれだけはいい生意気なガキ。まさか吸血鬼だったとは。
斎藤は吸血鬼の能力を確認したくてこんなことをしている。不死、不老、怪力、記憶操作、隠密性。これらが本当なら歩く兵器だ。あのときの鈴木の綽々とした態度も頷ける。鈴木だけでも味方につけられれば物凄い戦力になる。そのために部下をけしかけたのに相手にされず、今のところ隠密性しかはっきりしていない。それだけでも利用価値はかなりのものだ。人目を気にしなくていいならだいたいの悪事は楽々とこなせる。裏社会を牛耳って、うまくいけば表も操れるようになるかも知れない。飯田が仲間になっていたのなら自分でもいけるはずだ。
飯田が生きている可能性は低いと思っている。人食い化け物と出て行ったきり行方知れずだ。飯田は女には甘いところがあった。油断して裏切られたのだろう。自分はそうはいかない。化け物だろうと飼い馴らしてやる。それが飯田への供養だ。
新田曜一朗は斎藤が反社だと知っていて近付いた。斎藤がそうしたように、新田も斎藤の身元を調査している。殺人の疑惑もある危険人物。普通なら絶対に関わりたくない人種。それでも大いなる敵を前に解り合えると期待していた。彼の人間としての節義を信じてこの件を預けた。だから斎藤が何をしたいのか分かり始めたときは唖然とした。
ヴァンパイアハンターだからこそ、あの脅威を前にして我欲を優先させる人間がいるとは考えられなかった。自分たちが生きているのは幸運に過ぎない。吸血鬼に関わった人間は食い物にされて消えていく。それが解らないとは……
ハンターたちは斎藤の好きにさせることにした。恐らく彼は殺されるが止むを得ない。相手が協力的ならまだ助けることもできようが、今手を出しても斎藤と揉めることになり、結果共倒れとなりかねない。新田たちは善良な一般市民で、それぞれ仕事や家庭を持っている。命の使いどころを間違うわけにはいかない。
新田が帰宅して玄関を開けると、奥から妻のあられもない声が聞こえてきた。まさかと思い居間へと踏み込むと、そこには幼い息子と母親が蒼褪めた顔で佇んでおり、二人の視線の先には裸で男に跨る妻が居た。背面座位で結合部分が丸見えになっている。身体の自由がなくなり、鞄を持ったまま新田も立ち尽くして妻を見詰める。一瞬合わさった視線は絶望の色を湛えて逸らされた。奪われたのは肉体の自由だけで意識は残されていた。
「あははっ、旦那さんが帰ってきたらまんこ締まった。おい翔太郎、お母さんいっちゃうぞ。早く刺せよ。あのね、綾子がいく前に誰でもいいから包丁刺せって言ってるのに、全然動かないんだよ。おばあちゃんはずっと真顔だし、お宅らノリ悪いね」
そう説明して昢覧はまた律動を再開した。三十二歳で年齢より若く見える美しい妻、綾子。幸か不幸か昢覧の守備範囲内だったためすぐには殺されず、代わりに死にたくなるような辱めを受けることになった。挿入されてから既に一時間、曜一朗の帰宅に合わせて寸止めが繰り返されていた綾子はとうとう絶頂を迎えてしまった。羞恥心と申し訳なさと、それを上回る不安に苛まれる。誰も傷付けることができなかった息子はどうなるのか。罰が下されるなら自分が引き受けてやりたい。
吸血鬼被害に遭って生き延びた者とそうでない者の違いはなんだろうか。同じく不本意な性行為を強要されたことのある身として、曜一朗は考えていた。媚を売れば殺されないで済むかもしれない。ヴァンパイアハンターの矜持と人の尊厳を捨てたとしても、またきれいに忘れさせてくれるなら生きていける。
昢覧は乱暴に綾子を床に下ろして、均整の取れた美しい肉体をソファーにもたれさせた。股間を隠そうともせず堂々としているのは、人間が動物の前で裸を恥ずかしがらないのと同じだ。
「あっそうだ。あんたの副業のこと、みんなに教えてやるよ。ヴァンパイアハンターなんだよ。吸血鬼を退治する人。みんな知らなかっただろ。で、俺が吸血鬼」
得体の知れない若者が荒唐無稽な独白を垂れ流す。こんなのは異常だ。なにも思い通りにならない。起きてほしくないことばかり起こる。家族は悪い夢の中にいるようだった。
「なんか俺のこと嗅ぎまわってたから、攻撃される前にやっちゃおってなって。だからあんたらが酷い目に合ってるのは全部あいつのせい。そうだよなぁ曜一朗」
昢覧は話しながら立ち上がり、翔太郎の手を引いた。そして取り上げた包丁を勢いよく振り下ろす。少年の右手首が切断されるのを家族は見ているしかなかった。翔太郎は涙を流してうずくまり、そのまま動かなくなった。
「はあ~たまんね」
昂った性欲を綾子にぶつける。人間たちは一言も発さない。翔太郎も黙って死んでいった。セックスの音だけがしている。綾子は扼殺され、死体に精液をかけられた。
新田は己の愚かさを憎んだ。吸血鬼の危険さを説いておいて、解っていなかったのは自分の方だ。色々な後悔が押し寄せる。仕事なんか放りだして、急に連絡の取れなくなった仲間のことを調べに行くべきだった。吸血鬼を発見したら様子を見てないですぐ退治すべきだった。斎藤のような人間を信用すべきではなかった。父の墓参りに行っておけばよかった。母から昔の話をもっと聞きたかった。息子に犬を買ってやればよかった。妻と出会った思い出の場所に、二人でもう一度出掛けたかった。自分のような人間が家庭を持つべきではなかった。
「おまえが家族を殺したんだ!」
年老いた母が包丁を振りかざす。精神を操られたせいでタガが外れ、元気だった頃のように力強い。何度も包丁を突き立て、繰り返し詰る。肉を裂かれ心を抉られた曜一朗は絶望して死んだ。昢覧は母親の精神干渉を解除した。家族が全員死んで最後の一人となった彼女がどう出るか。にやにやして見ていたら自分で首を一突きし、孫に覆い被さるようにして死んだ。
「うん、悪くない。上出来上出来」
衝動のまま命を食い散らかしていた昢覧も、今では欲望をコントロールして演出ができるくらい成長していた。自画自賛しつつ惨劇の家を後にする。仕事を終えた三人がメゾン・サングラントに集まった。その中で、明日紀だけが浮かない顔をしている。明日紀は斎藤を見張るヴァンパイアハンターの他に、彼に協力するハンターがいると思って調査をしていた。だが念のため喋らせたハンターの話で二者が同じだったと知り徒労感が否めない。
「そりゃ見つからないよね……」
「どうせ両方処分するつもりだったんだから無駄じゃない」
「そうそう。さくっと進んだのは明日紀がよく調べてくれたお陰だよ!」
実際、自宅や勤め先が広範囲に亘るハンターたちを三日で一掃できたのは、明日紀の入念な調査によるものだ。顔バレしてなくても、こちらを認識できる "知った人間" を調査するのは神経を使う。それを、遠方のハンターについてはその地域に吸血鬼が居ないかまで調べてくれた。文句のつけようがない。明日紀も気を取り直した。
残る "知った人間" は斎藤魅輝也のみ。ハンターを退け一人で何をしようとしていたのか。そして噂の吸血鬼。いったいどんな人間だろうか。仮にも吸血鬼の名を冠する悪党だ。一度は顔を拝んでおきたい。三人は次の展開に向けて動き出した。
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