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吸血鬼の章
作戦開始
しおりを挟む斎藤に面が割れている昢覧と壱重がマンションに残って囮になり、明日紀が監視者と関係者を洗い出すことになった。壱重と昢覧はそれぞれ広いワンフロアを独占して一人暮らしを満喫していた。昢覧は生まれて初めての一人暮らしだが特に感慨はない。家事の苦労があるでもなく、欲しい自由はとっくに手に入れている。
今日は天井の高い最上階で、二人で投げナイフで遊んでいる。キャッチボールの要領でナイフを投げ合うだけだ。一本から始めて、今は三本のナイフが行き交っていた。日頃から練習している昢覧はもちろん、壱重のナイフ捌きも大したものだ。持っていたナイフで飛んできたナイフを真上に跳ね上げ、回転しながら落ちてきたところを柄尻同士打ち合わせて弾き返すと、間髪を入れずに持っていたナイフも投げる。昢覧は持っていたナイフを投げて両手を空けると少し横へ移動して、飛んで来た二本のナイフの柄をそれぞれ掴み取る。このような調子でラリーを続けながら他愛もない会話を楽しんでいた。
「壱重ちゃんは猫派?」
「なに、その質問」
「だって絢次をかわいがってるの俺だけだからさぁ。もしかして犬嫌いなのかなって」
「あいつに懐かれたらどうなるか知ってるから構いたくないだけ」
昢覧はぐうの音も出なかった。絢次は極度の甘えん坊だ。狼型ならまだしも人型だと引っ叩きたくなってくる。ああなると知っていたら昢覧だって……
「ぎゃあー!!」
壱重の掌をナイフが貫通した。悲鳴は昢覧だ。慌てて駆け寄る。
「ごめんごめんごめんっ、大丈夫!?」
昢覧に過失はない。壱重はわざとそうしてナイフを受け止めた。高度な自己治癒力を有する吸血鬼はこういう事をたまにやる。ナイフを抜くと瞬く間に傷が塞がり、流れ出た血だけが皮膚に残った。昢覧の痛さ嫌いはまったく改善されていない。壱重と明日紀が怪我をすると勝手に二人の分まで痛がる。二人から変わった子扱いされるのが心外だった。むしろ昢覧は、いくらすぐ治るからって怪我に無頓着な二人の方がどうかと思っている。
「ああ~痛そう。あんまり心配させないでくれるかなぁ」
「でも昢覧、私たちが怪我するの好きでしょ」
「そんなことないよ」
半分は正解だ。どうしようもなく死が好きで、傷の深さと性的魅力は比例する。同時に、大事な家族に怪我をしてほしくないという気持ちもある。吸血鬼は各々独自の規範を持つ。昢覧の場合「家族には絶対に手を出さないこと」。壱重たちを性と暴力の対象にしてはならない。それなのに二人とも性にも暴力にも無防備だから、昢覧はたびたび困らせられているのだった。
「嘘つき」
「うっ……嘘じゃないもん。あ、そろそろ時間だよ。手洗って」
外はもう暗い。囮として街をうろつく時間だ。タブーは守られた。
昢覧を監視していたのは斎藤だった。記憶が戻った人間を吸血鬼は "知った人間" と呼ぶが、半グレ集団のなかで "知った人間" は斎藤一人。たった一度精神干渉を受けただけにしては通信と部下を駆使しての監視など、吸血鬼との距離の取り方が上手い。入れ知恵しているヴァンパイアハンターがいる。だが見つけたハンターは斎藤とは協力関係にないようだった。明日紀たちのマンションを、斎藤ごと見張っている。
「引っ越してまだ一年も経ってないのに、客の多い家だ」
明日紀は塒としている郊外の一軒家に帰った。ここには絢次も潜伏している。絢次は昢覧と行動を共にすることが多かったため斎藤側に顔を知られている可能性が高い。もし反社やハンターが束になってかかってきたら、油断した素人しか仕留めたことがない絢次に十分な対応ができるとは思えない。あのまま在宅していては危険と判断した昢覧に託されたのだ。明日紀一人ならわざわざこんな遠くに潜まない。
「昢覧は元気だった?」
明日紀が戻ると決まってこの質問をする。気を遣うつもりのない明日紀が正直に「壱重と二人で楽しそうにしてた」と答えると、いつものようにすごすごと部屋に戻った。入って行ったのはこの家の娘、恵の寝室だ。太っていて美人でもブスでもない三十代後半の恵。彼女がこの家を選んだ決め手でもある。絢次は恵を気に入って毎晩同衾していた。昢覧が寂しがっていないのを不満に思う割に、自分も潜伏生活を楽しんでいる。一家が精神干渉で言いなりなのをいい事に、一緒にお風呂に入ったりご飯を口に運んでもらったり。もちろんセックスもやり放題だ。恵の嬌声を聞かない日はない。さすがに明日紀もうんざりしてしまった。
後日。壱重と昢覧が部屋に帰ると明日紀が居た。久し振りに会った明日紀をぎゅっと抱きしめる昢覧。本人は気づいていないが愛情表現が絢次の影響を受けている。
「ただいま二人とも。斎藤魅輝也なんだけど、今ちょっと大変みたい」
最近斎藤の組織は敵対勢力から嫌がらせを受けていた。今夜斎藤が監視に来なかったのはそのせいだ。しかも敵の関係者に吸血鬼と噂される女がいるらしい。
「そっちがある程度片付くまで俺たちの方には来ないと思う」
「吸血鬼て……それ絶対違うヤツじゃん」
単なる二つ名だろう。本物なら人の口の端に上るなど有り得ない。しかし見識の浅い斎藤は本物の可能性を疑ってしまった。ひとまず反社同士で潰し合いをさせておいて、明日紀たちはその間に吸血鬼と斎藤を見張っているヴァンパイアハンターのチームを一掃することにした。
ハンターの勝利は奇襲に成功したときが九割以上だ。狙われる立場になったら勝機はない。車に撥ねられ、線路に落とされ、通り魔に撲殺され、屋上から飛ばされ、一人また一人と、着実に仕留められていった。
ハンターを出し抜くのは一味違う楽しみがあった。彼らは吸血鬼を知る者たち。その美貌を見ただけで死の淵に立たされていることを悟る。明日紀は怯えるハンターの心を恐怖一色から快楽に染め上げて殺した。壱重はハンターの死の直前に吸血鬼の仕業と気付かせて、驚きと怒りと絶望の混じる様子に笑った。昢覧は自分の受け持ちの最後の一人を、一家無理心中に見せかけて始末することにした。
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