夜行性の暴君

恩陀ドラック

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吸血鬼の章

小池君は変わり者

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 都会の端の住宅街にある小さな公園で、一つしかない遊具がキイキイと音を鳴らして揺れていた。ブランコを漕いでいるのは十四歳の小池こいけ崇人たかひと。一月下旬の乾いた空気にさらさらの黒髪がなびく。薄桃色の唇に白くなめらかな肌。まだ男になりきれていないあどけない輪郭。彼の美貌を決定付ける蠱惑的な眼差しは、すぐそこにある交差点に向けられていた。

 幹線道路と旧街道が交わる一見なんでもないそこは、近隣住民から魔の交差点と呼ばれて気味悪がられていた。傾斜もカーブもない見通しのいい交差点にもかかわらず死亡事故が多発しているのだ。ちょうど今くらいの、交通量が激減する深夜に集中している。

 行きつけのコンビニで買った肉まんを食べ終わり、かれこれニ十分はそうしていたがそろそろ寒さが堪えてきた。ブランコから飛び降りて横に置いておいた買い物袋を拾う。自宅は交差点の向こう側だ。少し不満気に唇を尖らせてただ一人青を待つ。

 待っている間に数十メートル先の丁字路から一台の車が出てきた。その車は崇人の方を向くとフルスロットルで赤信号の交差点に進入して、いつの間にか横断歩道上にいた自転車を跳ね飛ばした。目の前のアスファルトに叩きつけられて割れた頭から人魂のように昇る白い湯気。あれよと言う間に消えてなくなるそれを見て崇人は我に返った。ぼんやりしている場合ではない。

 ざっと周囲を見回す。自動車はコンクリート製の中央分離帯に突っ込んで停止していた。運転手はシートベルトをしていなかったらしく、フロントガラスから飛び出ている。首が有り得ない方向へ曲がっていて一目で死亡が確認できた。少し離れた所で倒れている若い男性は、やはり車外に投げ出された同乗者だろう。出所は不明だが大量の出血があった。夜風が血濡れた体から熱を奪う。朦朧としている彼に崇人は告げた。


「他の人たちは死んだよ」


 手を差し伸べるでもなく、しゃがみ込んで男性を見る崇人は笑顔だ。これから起こる出来事に期待して、目を爛々と輝かせている。事故の衝撃が嘘のように静まり返る交差点で、男性は事故とは別の恐怖と混乱に見舞われながら息を引き取った。その様子をまばたき一つせずに見届けた崇人は、矢庭に立ち上がると足早にその場から立ち去った。あとをつけられているとも知らずに。


「なんだろう、あの子。怖いもの見たさ?」

「それにしちゃあずいぶん楽しんでたよ。今もほら、興奮してるし」


 崇人の後姿を指してひそひそと話しているのは、十代中頃の少年と彼より少し年嵩の女性。同じくらいの背丈で、男女でありながら面差しもよく似ていた。二人とも季節感のない薄着をしている。寒風が素肌を撫でても気に留めない。彼らの最大の特徴はその美しさだ。解け始めた氷のような、きらきらとした冷たい眼差し。血色の良い唇は話すたび形を歪めて、獲物の理性を駄目にする疑似餌のように魅了する。

 緊急車両のサイレンがけたたましくなる頃、崇人は自宅に到着した。少し先には行きつけの店と同系列のコンビニの煌々とした灯りが見える。これといった特徴もない二階建ての家の門柱にある表札を少年が指でなぞった。


「小池君か。けっこうかわいかったよね。もう少し大きくなったら格好良くなりそうだなあ」

「気に入ったの?」

「うん。あれはきっと大物になるよ」

「そこまで言うなんて珍しい」


 二階の自室に駆け込んだ崇人は乱雑にスウェットと下着を下ろして、既に上を向いた男根を軽く握った。それだけで小さく喘いでしまう。瞼を閉じれば蘇る血の色と匂い。さっきまで人間だった肉。露出した内包物。立ちどころに失われる光。

 崇人を魅了して止まないそれは死。凡庸にして鮮烈。無慈悲で不可逆。平等且つ絶対。

 わざわざ遠くのコンビニまで足を運んだのは魔の交差点で起こる事故を期待してのことだ。物心ついた頃から残虐なシーンがある映画や漫画が好きだった。就学前は警察モノのドラマが好きで、遺体が発見される冒頭と殺人の瞬間が回想される終盤が崇人にとっての山場だ。インターネットで死に関する画像や動画を漁りだしたのは十歳頃。放任主義で緩い両親だったため、欲するまま刺激を受けることができた。現代日本で死に遭遇することは稀である。崇人が自らの手で死を具現化しなかったのはインターネットのお陰だ。無害な方法で欲望を消化できたことは幸いであった。

 決定的な出来事は小学六年生の冬休み、友人たちと電車で出掛けた時のこと。ホームからの飛び込み自殺だった。たまたま近くに居た崇人たちは自殺者を浴びてしまった。激しい驚きと、それを上回る歓喜が崇人の心を満たした。死への欲望が成長途中の気まぐれではなく、本物だと確信した出来事だった。

 中学校では少し浮いた存在だった。理由は、飛び込み自殺が原因で親しい友人が全員PTSDで引き籠ったり遠方へ引っ越したりしてしまったことと、あまりにもノーダメージな崇人に周囲が感じた違和感だ。崇人自身が他人に執着しない性質なのもあり、クラスメイトとの距離はつかず離れずといった感じになった。

 成長するにつれ崇人から可愛らしさは消えて、顔とスタイルが良い長身の男に変化した。広い肩幅、長い手足。本当に無造作なだけの無造作ヘアも様になる整った造形が、無関心さを穏やかさに勘違いさせ、秘密がより一層興味を掻き立たせる。モテない訳がない。

 初めての彼女として選んだのは自殺願望のある病んだ女子だった。少しでも自殺・自傷を匂わすと、崇人は何をおいても彼女のもとに駆けつけた。だが絶対にそれを止めようとはしない。昂りを隠そうともせず、自傷する彼女に「もっと」と言う。むしろ会うたび、抱くごとにそれを求めてくる。苦悶が彼を喜ばせる。馳せ参じる美形の恋人に愉悦を覚えていた少女も、やがて崇人から離れて行ってしまった。

 次も同じタイプの女子と付き合い、崇人の浮気疑惑などで精神的に追い詰めて自傷させ楽しんだ。しかし度が過ぎて入院させてしまい、向こうの保護者の措置により関係を解消せざるを得なくなった。崇人は、自分には別の交際相手がいたが彼女からの一方的なアプローチを無下にできず残念な結果を招いてしまった、という立場を主張し周囲もそれを信じて納得した。病人への配慮で事は秘密裏に収められ、噂は最小限に留めることができた。

 死と性の快楽を覚えてしまった崇人は、もうインターネットの情報だけでは欲望を誤魔化しきれないことを悟った。高校生になり進路を問われるようになると、自分の将来について頭を悩ませるようになった。

 とりあえず進学するとして、その先は?  趣味を仕事にできたら最高だ。医療や介護系はあまり魅力を感じない。さっきまで元気だった人間が死ぬのが見たい。傭兵になって世界各地の紛争地帯に赴くか。でも自分が危険なのは希望しない。同じ理由で裏社会も却下だ。やはり善良な一般市民の仮面を被って、趣味で殺す以外になさそうだ。上手くやれる自信はない。いつまで娑婆にいられるだろうか。







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