夜行性の暴君

恩陀ドラック

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吸血鬼の章

二人はどういう関係ですかⅠ

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 下僕交代劇の間もずっと碧以の趣味探しは続いていた。今力を入れているのはヌンチャクと日本刀。投げナイフ、ダーツ、手裏剣はちょっとした暇つぶしに。暇な夜は庭で長鞭ロングウィップと三節棍を振り回している。

 趣味に実用性を求めるなら武器の扱いは順位が低い。己の肉体が凶器である吸血鬼に武器は不必要。数年に一度あるかないかの戦闘に備えて常に武器を携帯するのも面倒くさい。それでも練習する理由はただ一つ。格好いいからだ。

 格好つけで絢次を下僕にしたまではよかった。少し抜けているところもあるが従順でよく言うことを聞く。見た目も悪くない。長身で筋骨逞しい体躯。精悍で男らしい顔つき。狼となっても非常に大型で美しい毛並みをしている。難は碧以限定で甘えん坊なこと。どこでも付いて行きたがる。歩くときは手を繋ぎたがる。隙あらばくっつく。すぐ口元を舐めてくる。一緒に寝たがる。セックスしたがる。

 それが嫌で自宅では基本的に狼でいるよう命じた。同じ事をされても狼なら許せる。碧以は絢次をペットとして可愛がっている。だから大抵のことは許してもセックスはしない。もっとも絢次がどのような立場でも肉体関係には至らないだろう。碧以のストライクゾーンは若い女。それは頑として揺らがない。

 絢次の性欲は街をぶらつき適当な女を当てがって解消させている。最初は不満気だった絢次も碧以に煽てられると気を良くして、褒められたいがために進んで女を抱くようになった。定期的に散歩するようになってからは、一緒のベッドで寝てもセックスしたがるようなことはほとんどなくなった。ないことはないのだ。例えば面倒くさがって何日も散歩に連れて行かないと、今日のようなことになる。


「はぁ、鬱陶しい。これさえなけりゃな~。はぁ……」


 ベッドで片肘をついてテレビを眺める碧以の下半身は、全裸の絢次のいいようにされていた。ここまでくると変身もしてくれない。ときどき揺れる物が目に入ってげんなりする。


「おい絢次。散歩くらい一人で行ってくれよ。大人だろ」

「一緒に行く?」

「やだよ。一人で行けって言ってんだろ。おまえが選ぶ女って良美ちゃんみたいのばっかりで、見てても全然楽しくねぇ」


 絢次の好みは良美が基準だ。若者や痩せた女には興味を示さない。マッチョの絢次と太ったおばちゃんの絡みは、普通に美女が好きな碧以に優しくない光景だった。本番行為を見るのは絢次がそう望むから。碧以に見ていてほしいそうだ。行為が終わったら、碧以は絢次を褒めなければいけない。これが碧以が散歩に行きたくない一番の理由だ。見たくもないものを見せられて「よくできました」と褒めるのは、まあまあの精神的苦痛となる。ちゃんと見ていなかったり褒め方がお座成りだと文句を言われる。行くも地獄、行かぬも地獄なのだ。

 しかし本当に絢次を一人で散歩に行かせるつもりはない。人狼に人を操る術はなくステルス性もない。感情が見えないから相手の人間が悪だくみしていても気が付けない。おまけに絢次は賢くない。碧以からすると危なっかしくてかなわない。だからいつも同行して、関わった人間の記憶を弄るなり殺すなり後始末をしている。


「碧以が行かないなら行かない」

「おまえ自分の立場わかってる?」

「わかってないのは碧以でしょ!  外でいい子にしてたら甘えていいって言ったよね!?」

「はぁ……」


 大きく溜息をついて仰向けになる。碧以は説得を諦めた。たしかにちゃんとしていたら部屋では甘えていいと言った。けどこれは甘えなのか?  どうしてこうなった。忠誠心というより執着、依存?  良美はよく相手をしていたと感心する。


「んっ、あぁ……碧以……」


 絢次は碧以の顔を舐め回しながら股間同士を擦り合わせ始めた。碧以のものは少し芯を持ち始めた程度。全くの無反応だと絢次からの愛撫がしつこくなるので、意識してこの状態までもってきている。相手が絢次では頑張ってもこれが限界だ。


「碧以、碧以ぃ」

「はいはい」


 甘えた声を出す絢次の頭を撫でた。こうしてやらないと終わらないのだから仕方がない。生き物の面倒を見るというのはまったく大変な仕事である。





「おはよう、碧以ママ。毎日たいへんだね~」


 眠る絢次を残して階下に降りると結紫が居た。絢次を飼ってからときどきこうして揶揄われる。碧以と絢次の関係は結紫と紫束も知っていた。


「たいへんなんだよ、ほんとに……あいつなんで俺に発情するんだろ。懐かれるのはいいんだよ。でも発情するのは違うと思わない?  もう面倒くさくなってきた…」

「生き物は最期まで責任もって飼いましょう」


 碧以はぐっと言葉に詰まった。これを言われると弱い。


「うぅ、くっそぉ。分かってるよ。ただ思ってたのと違い過ぎて……はぁ」


 思ってたのと違ったのは結紫も同じだ。この死亡愛好家が動物愛護の精神を持ち合わせていると誰が予想できたろう。殺人鬼は小動物の虐待からエスカレートしていくと言うが、碧以は最初から人間に嗜好が向いていた。動物を虐待したことも、したいと思ったこともない。むしろ動物好きかも知れない。

 絢次がここまでべったりになったのは碧以の責任だ。碧以は狼状態の絢次を構い倒して散々撫でまわした。食事にも付き合わせて、殺した女の肉を分け与えた。狼の姿限定ではあるが一緒に寝たがったのも碧以からだ。とにかく第二のママと思われても止むを得ないくらい猫可愛がりしたのだ。

 絢次が碧以に欲情するのも、碧以の行動が切っ掛けとなっている。人狼が吸血鬼の食事たり得るのか確かめるために、碧以は一度だけ絢次と絡んだことがあった。まず人間の女を人型の絢次に抱かせ、次に気持ち良くなっている絢次の首筋に牙を立てる。

 首筋から甘美な衝撃が絢次の体中を駆け抜けた。本能がそれを愛の行為だと教えてくれる。良美にもこんな事されたことがない。この時を境に絢次は碧以をはっきりと性の対象として認識するようになったのだった。碧以の食事にはならなかった。


「あれだけ色々やっちゃったらもうセックスしてないとは言えないだろ。もう普通に仲のいい恋人同士だよ」

「やっちゃったってか、向こうが勝手にやってるだけだし」

「やらせなきゃよくね?」

「そこが狡いんだよ、あいつは。狼になってくーんって鳴くんだぜ?  くーんって、可愛く!  あんなふうに鳴かれたら冷たくできない……!」


 絢次は自分の強みを理解していて、ここぞという時は狼型で甘える。甘々な碧以はそういう計算に気付いてもやはり絆されてしまう。吸血鬼にも身内意識はある。しかし絢次は他種の人外だ。結紫と碧以のように特別な関係ではない。自分の所有物にしても度が過ぎている。普通の吸血鬼は弱者に対して我慢や譲歩などしない。


「俺が女でも作ったら諦めてくれるかなあ。結紫はすぐやり捨てるからイヤ。それに男じゃん」


 ふざけて自分を指差した結紫はあっさり振られた。


「じゃあ紫束は?」

「紫束ちゃんは魅力的だけど痛くされるのはちょっと」

「食事の時だけだよ、痛くするのは。俺は殴られたことない」

「……結紫と紫束ちゃんて、本当はどういう関係?」






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