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吸血鬼の章
ママと絢ちゃん
しおりを挟む良美は当面の間外出は控えるよう言いつけられた。こっそり部屋を出ると必ず誰かと会う。昼も夜も関係なく、良美の目に付く場所に家主の誰かが現れた。ただそこに居たり挨拶程度の会話を交わすだけで、行動を咎められるようなことはない。変な気はなくトイレや家事のために部屋を出る時は誰にも会わない。それが心底不気味だった。彼らを出し抜こうという気持ちはきれいさっぱり捨て去った。
同居開始からすぐ家主たちが日光を避けることに気が付いた。絢次も良美も、絢次以外の人外は知らず、吸血鬼が実在することも知らない。しかし共に生活すればするほどその実在を疑うのが難しくなった。自分たちから言い出さないということは触れられたくないのだろうと思い、良美は「吸血鬼」を禁句にした。家主の正体を暴いてなんになる。追い出されるならまだいい。おそらく殺されるのがオチだ。絢次にも余計な事を言わないように釘を刺した。
家事全般が良美の担当となった。家主たちは家も服もほとんど汚さないし食事を摂らないので、それほど重労働ではない。空いた時間は好きにしていい。平均的額の給金も貰える。事前に相談すればある程度まとまった休みも取れる。慣れれば実に快適な生活だった。
良美の趣味は狩猟だ。標的は犬を飼う女。ヨークシャーテリアを飼う女に夫を寝取られたせいだ。子供を作って幸せに暮らしていると聞いて良美は変わってしまった。殺さずにはいられない狂気に支配され、殺すことで正気を保っている。
買い出しのついでに獲物を物色して、目星をつけてから狩りに行く。犬の散歩で人気のない場所に行ったときが狙い目だ。どんな大型犬も絢次に怯えて尻尾を巻いた。主人を置いて逃げ出す犬も珍しくない。獲物の自由を奪ったらその場で息の根を止めて、安全な場所で解体を行う。大腿部、心臓、肝臓が気に入りの部位。その場で刺身にしてもいいし、持ち帰って調理するのもいい。家主へのお裾分けは断られた。
ここでの生活の一番の利点は趣味を隠さなくていいところだ。足が付くようなことさえしなければ何も文句は言われない。気さくで殺しが好きな碧以と良美は話が合った。この間腹の捌き方で盛り上がったら、絢次が焼きもちを焼いて拗ねてしまった。
絢次とは夜中の公園で出会った。一匹で居る弱った子犬が可哀想で連れて帰った。自分も犬を飼う女になるなんて、なんだか可笑しかった。甘える子犬に癒されて、涙が溢れて、余計にあの女が憎くなった。絢次が人間になったときは驚きより喜びが大きかった。産んでやれなかった息子を想って大事に育てた。
絢次は新しい生活があまり好きではなかった。碧以の異常な興奮は気の済むまで変身を見せたら落ち着いた。それでも家主への恐怖心がなかなか拭えない。そのせいか以前にも増して甘えん坊になってしまった。絢次には捨てられたときの記憶が断片的に残っていた。要らない、出来が悪い、可愛くない。当時は理解できなかった数々の否定の言葉。十歳のとき急に思い出し、良美に縋り付いて泣きじゃくった。
「そんなのは悪い夢だから忘れなさい。絢次はかわいくて優しくて素直で、こんないい子他にいないよ。ママは絢ちゃん大好き」
絢次は柔らかくて温かいママが大好きだ。たまに怒ると怖いけど、いつも優しいしセックスすると気持ちがいい。毎晩甘えさせてくれる。良美に挿入しているときが一番幸せな時間だ。
絢次から肉体を求められたとき、最初は良美も窘めた。しかし可愛い息子からの度重なるおねだりに根負けして受け入れた。今では良美にとっても絢次との夜のひと時は大切な時間となっている。絢次は自分を捨てた夫を払拭してくれる大事な存在。もう可愛くて仕方がない。
共同生活四年目の冬。良美が情緒不安定、食欲減退、不随意運動を発症するようになった。桜の蕾が色付く頃に症状が急激に悪化し、意識混濁、寝たきりになってしまった。良美の面倒は絢次が一人で見ている。身体を拭いて食事をさせてセックスするのが日課だ。吸血鬼たちに手伝う気は毛頭ないし、絢次も自分以外を良美に近付ける気はない。
「ママ大好き。ずっと入れていたい……ママ、愛してる。ママ、ママ……」
腰を押し付け良美の薄く開いた口をペロペロと舐め続けた。やがて中で果てて硬さを失った自身を引き抜く。清拭の準備をしに洗面所に行くと、紫束が前を阻んだ。
「約束通り明日引き渡す。もう区切りを付けろ」
絢次は黙って清拭道具を持ち部屋に戻ると、良美の全身を拭いて寄り添って寝た。
良美が動かなくなったのは三日前。絢次が激しく拒絶したため処理が遅れた。全掃工業が訪ねてきて、腐敗の始まった遺体をようやく棺に納めることができた。棺を積んだトラックは契約している火葬場へ向かう。
絢次は碧以の運転する車で後に続いた。
頭では分かっていても、良美の死は到底受け入れられるものではなかった。碧以に弱いところを見られるのは悔しいので泣くのは我慢する。でも最後に顔を見たら泣いてしまった。固くて冷たい骨壺を渡されて、あまりの変わりように信じられない気持ちだった。いつの間にか自分の部屋に帰ってきていた。良美の帰らない部屋。喪失感で身体が震えて力が入らない。
「ママ……うっ、ぅあ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁ―――!!!」
慟哭は三日三晩続き、更に三日はすすり泣きが続いた。合間合間に悲哀のこもった遠吠えが響き渡る。
「うるせぇ。いつまで鳴いてんだ……」
吸血鬼たちは辟易していた。彼らに同情も共感もない。便利に使える良美が居なくなって残念。それだけ。碧以が火葬場まで付き添ったのは、もし絢次が暴れたら取り押さえるため。お掃除屋さんに迷惑をかけると自分たちの損になる。碧以としては絢次が取り乱して醜態を晒すのを期待していたのだが、しくしくと泣くばかりで特に面白い場面はなかった。
「あいつ、どうしよう」
碧以が訊くともなしに呟いた。普通の人外なら立ち退いてもらって終わりだが絢次は危ない。人外のマナーを知らないから他所でペラペラここの事を喋りそうだ。
「ん? 鳴き止んだ?」
二階が静かになり、三人が集まる居間に絢次がのっそりと現れた。しゃくり上げながら碧以の隣に腰を下ろす。
「碧以、優しくしてくれてありがと」
碧以の口元をぺろりと舐め、ぎゅっと抱きつく。火葬の間泣きっぱなしの絢次が暴れ出してもいいよう、ずっと肩に手を置いていたのを誤解されたらしい。
「あ、そうなんだ。ふーん」
「調教済みか」
「えっ、いや、あの……」
二人は冷ややかな目を碧以に向けると、つまらなそうに自室に引き上げていった。抱き付いてすんすんと鼻を鳴らす絢次を引っぺがそうとして、碧以ははたとその手を止めた。実はあまり数が多くない人狼。今そのレアキャラにご主人様認定されている。このまま下僕にしてしまえば処分は免れる。内面こそ残念だが絢次のビジュアルは悪くない。碧以の頭の中には、月明かりの下で颯爽とマントを翻し人狼を従える自分がいた。
「悪くないかも知れない」
抱きついたまま寝息をたて始めた絢次の頭をわしゃわしゃと撫でた。
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