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吸血鬼の章
恋人(仮)1
しおりを挟む「毖姱。こんな目に合わせてごめん。なるべく酷いようにはしないから、ひとまずあの二人の遊びに付き合ってほしい。俺が毖姱をこの家から連れ出してあげる。俺を信じて。その時まで待つって約束して」
「どうして……」
「俺を信じて。お願い」
吐息を感じるくらい顔を寄せられて毖姱は頬を赤らめた。結紫は今まで見た誰より美しかった。怖いくらいに整っている。唯一自信があった外見であっさり負けてしまった。今の自分は下着姿で磔にされていてなおのこと恥ずかしい。
「……わかった」
「ありがとう!」
約束だと念を押して結紫は地下室を出て行った。結紫で霞んでしまったが毖姱もそれなりの美貌だ。人間のときはよくモテた。だから分かる。あれは恋する男の目だった。もしかしたら彼は本当に味方になってくれるのかも知れない。最後まで希望を捨てないでおこう。そう思った。
陽が落ちて戦闘訓練が始まる。場所は前回と同じ。結紫はおらず、紫束が講師役を務める。鉈を持たされた毖姱は、万が一の勝利に賭けて死に物狂いで振り回した。しかし素手の碧以にまったく敵わない。全身至る所を骨折した。歯が砕け眼球が弾けた。腹を裂かれて内臓を零した。どれも致命傷にはならない。どんなに貧弱でも吸血鬼の肉体は機能を果たす。無限に繰り返される破壊と再生。だが心までは。
「あーあ。もう動かなくなっちゃった」
「どう碧以。練習になった?」
「んー、いまいち。動き遅いし技術ないし。これなら基やんとスパーリングしてた方が勉強になる」
「そう。じゃ、それは地下室に戻して」
「了解」
碧以は目の焦点が合わない毖姱を担いで地下室に向かった。道すがら、面接を終えた毖姱を地下室に監禁し、三人で居間に戻ったときの会話を思い出す。碧以はあのひ弱な不殺主義者に練習相手が務まるのか心配していた。紫束は情報収集を主な目的としていて、もうほとんど用済みだった。結紫が手を挙げる。
「要らなくなったら俺にちょうだい」
「あんなのどうすんの?」
「この子、同族と寝るのが好きなんだよ」
吸血鬼にとって性交はエネルギーを搾り取る手段であり、供給源は人間に限られる。そこに絶頂は必要ない。むしろ邪魔になる。快楽の度合いなら食事の方が高い。碧以を見てわかるように達せないわけではない。自慰の他にもうひとつ絶頂に至る道がある。それは服従だ。孤高の精神が揺らいだ時、吸血鬼の肉体は性的快楽に負けてしまう。誇り高い吸血鬼にとっての屈辱。
だから結紫は同族を抱くのが好きだ。特に愛を囁いて篭絡するのが面白い。支配を受け入れた吸血鬼が絶頂を迎える瞬間の達成感は癖になる。尊厳を忘れて不毛な快楽を貪る様は不憫であり、恋する瞳は滑稽で無様だ。
「そ、そうなの?」
「碧以にはしないよ。全然抵抗しなさそうだもん」
「ちょっとはするよぉ」
「ちょっとじゃん」
碧以はえへへと笑ってはぐらかした。
唇に柔らかいものが当たって毖姱は意識を取り戻した。薄く目を開くと結紫が喜びも露わに毖姱を抱きしめる
「毖姱! かわいそうに痛かったでしょう? 守ってあげられなくてごめん」
ぼんやりしていると結紫が口づけを再開した。そのうちに手が身体をまさぐりだし、服の上から乳首を掠める。
「んっ!」
強い刺激に驚いた。結紫を押し退け今の状況を確認する。ここは地下牢の中で、毖姱はキャミワンピを着ていた。下着はつけていない。
「ごめん……服がぼろぼろだったから着替えさせた。裸を見たら、その、我慢できなくなって……」
申し訳なさそうに俯く結紫。毖姱は布地の下から主張する乳首が恥ずかしくて背中を向けた。
「疲れてるでしょ? 座って少し話をしよう」
二人は横に並んで壁際に腰を下ろした。結紫は自分の生い立ちを話した。両親の死。冷たい親族。理解のない大人。悪意のある子供。自分の思い出と重なる部分が多く、毖姱は胸が苦しくなった。
「俺には姉がいたから助け合って生きていけたけど、毖姱はよく一人で頑張ったね。でもこれからは俺も居るよ。少し頼りないかも知れないけど、もう一人じゃないよ」
あの日の茨矜も同じことを言って毖姱を励ました。一人じゃない。その一言にどれだけ救われたことか。涙を堪える毖姱に、結紫はたくさんの優しいキスをした。
「吸血鬼がこんなこと言うのは変かも知れないけど、恋人になってほしい。初めて見たときから可愛い子だと思った。それから毖姱の話を聞いて、きっと俺たちなら解り合えるって思ったんだ。もし付き合ったらあの二人から守ってあげられるよ。悪い話じゃないでしょう? だからお願い。毖姱、俺の恋人になって。俺を受け入れて」
結紫の提案は非常に魅力的だった。諦めていた生きてここから出るという目標を、彼なら実現できるに違いない。彼のような強者を味方につけて損することなどないはずだ。
「俺の名前を呼んで。結紫って。ね、毖姱……」
彼を受け入れるのは裏切りにならないだろうか。彼の仲間に同胞が三人も殺されている。でも彼の生い立ちを聞けば、みんなもわかってくれるかも知れない。結紫は優しい。気持ちを解ってくれる仲間。ずっと求めていた、支え合って心の寂しさを埋めてくれる相手が手の届くところにいる。
「ゆうし」
毖姱が言い終えるや結紫は口付けを貪り舌を絡めた。ストラップを落として豊満な胸を直に揉む。立ち上がった乳首を弾かれて、ピリピリした快感に毖姱は身悶えた。
「きれいだ、毖姱。大事にするよ」
手と口で蕩けさせられ、毖姱は男根を受け入れた。久し振りのセックスだった。吸血鬼化してから忌まわしい行為に変わってしまったそれが、元の意味を取り戻して毖姱に喜びを与える。正常位で浅く、深く、速度を変え、緩急をつけて、休むことなく。当所なく伸ばした腕は頭上で押さえつけられ、中を擦り合わされる刺激に集中する以外やることがない。茨矜に助けられて強くなった気でいた。でも実際はそうじゃない。いつまでも過去に苦しめられている。孤独で心細くて、愛してくれる誰かが欲しかった。
「毖姱、愛してる。もう一人にしないよ。ずっと一緒にいよう」
「 っ結紫! 待って、いっちゃうっ! いくっ、いくっ、いっ、あっ、ゆうしっ、ゆうしっああああああああ!」
「ふはっ。いくの早。ちょろ。どんだけ一人になりたくないんだよ」
至近距離からの嘲笑に気付かないくらい、毖姱は快楽の波に翻弄された。手を置かれた腹が熱い。彼の手が肉体を証明する。もっと触って、感じさせてほしい。もっと、もっと。手足を絡ませてしがみつく。毖姱の意識が朦朧とするまで結紫は期待に応えた。
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