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吸血鬼の章
宮岡家の主
しおりを挟む郊外の邸宅に宮岡という一家が暮らしていた。一人息子の弘信は会社帰りに立ち寄った飲食店で美しい青年と知り合う。すっかり魅了されてしまった弘信は、その日のうちに彼を自宅に連れて帰った。それ以来、了炫と名乗るその若者は宮岡家に住み着いている。
二十代の弘信と五十代の父親は日中は会社勤め。父と同い年の母親は専業主婦をしている。了炫は完全に昼夜逆転の生活をしていた。日中は自室から一歩も出てこない。彼は食事を一切摂らず、風呂とトイレも使わない、照明もまったく使わない、夜に騒ぐこともない。そのため家事が増えるでもなく、宮岡家の生活は三人暮らしの頃とたいして変わらなかった。
変わったのは弘信の夜の生活だ。彼は了炫と同衾していた。了炫と寝た翌日は決まって顔色が悪い。事情を知らない周囲の人間は、疲れただけと言う本人の言葉を信じた。
二人は夜になると連れ立って繁華街に遊びに出かけることもあった。了炫の比ではないが弘信もそれなりの容姿だったので、手軽に女遊びができた。かつての弘信は火遊びをするような男ではなかった。了炫の影響なのは明白だ。
遊びに行った店で弘信は恵津子という美女と知り合う。彼女は両親が事故死し、十代前半の弟妹を養うため水商売に従事していた。保険金だけでは二人の子供を一人前にするには心もとなかったのだ。ところがその弟妹も揃って交通事故死してしまう。天涯孤独となった恵津子は、根は真面目で好青年な弘信のプロポーズを受けることにした。両親の保険金と弟妹の事故の賠償金を持参金に、恵津子は宮岡家の一員となった。
程なくして恵津子は長女真由を身籠った。年子で長男の明良、二年置いて次女の七海を出産する。全て父親は弘信である。弘信の父親は定年退職後間もなく事故死した。宮岡家は退職金と保険金を得た。真由は十五歳で弘信との娘結花を産んだ。次女の七海は十四歳のとき明良との息子寛貴を産んでいる。全員容姿に恵まれていた。
恵津子の両親と弟妹の死、弘信との結婚、弘信の父親の死、長女と次女の出産。これらは了炫が企てたことだ。宮岡家にひっそりと君臨する美青年。了炫こそが地下格闘技の会場で碧以と邂逅した吸血鬼である。
今後は真由と七海にそれぞれ外から連れてきた男と家庭を持たせ繁殖させる予定だ。そちらが軌道に乗ったら明良にも子供を作らせる。それから近いうち、子守のために生かされていた弘信の母親の処分を検討している。
了炫は不殺主義を自称したことはない。必要ならば最低限は殺す。ただ、碧以たちのように行きずりの人間を殺すのは反対だ。もっと計画的に、慎重にやるべきだと思っている。安全で効率的な食料供給を追求した結果、飼育という手法に辿り着いた。
飼育で得られる利点は、餌食となった人間を捜索したり復讐を試みる者の発生を抑えられること。人一人が行方を晦ませると捜索されてしまうが、家族がそのままその場所で静かに変貌していったとき、わざわざ中に入って調べようとする者はいない。
一家丸ごと餌食にしてしまえば、簡単に集合させられて全員に精神干渉を施しやすい。催眠で社交性を低下させ、少しずつ人間関係を希薄にさせる。そうすれば世間に内情を悟られず、軽度の催眠で家庭内で倫理に反する行為をしやすくなる。殺人を減らせば尚リスクは減る。
元々実験的に始めた家畜化に本腰を入れるようになったのは、吸血鬼を憎む人間に父を殺されたのが切っ掛けだ。この場合の父は了炫を吸血鬼化させた吸血鬼を指す。強かった父茨矜が人間に討たれたのは驚愕したが、どこか納得できるものだった。人間の強みは物量である。いかに強力な獣も不眠不休では戦えない。人間に目を付けられたらこの世界で生きていくのは難しい。茨矜の死はそれを証明した。
宮岡家の寝室で了炫は物思いに耽っていた。隣では七海が仰向けになっている。体のそこかしこにつけられた噛み傷は乾燥して、黒くひび割れてた血液がこびりついていた。今日は少しやり過ぎてしまったようだ。声が掠れるまで善がらせ、追い込んだ。
「死ぬ! もっと、もっとして……!」
七海が何度も叫んだのと同じ台詞を、かつての了炫も発したことがある。吸血鬼化する前は、自分も幾度となく同じ目に合わされたものだ。死線の瀬戸際で迎える絶頂は恐ろしく甘かったのを覚えている。
茨矜に出会うまで性に淡白な方だった。面白味を感じられなくて、数人と経験した後はたまに自慰で発散する程度。それが茨矜の虜となって、すっかり変えられてしまった。初めて抱かれたときは強すぎる快感に怯え、回を重ねるうち愛撫を強請るようになり。今では性という手段を駆使して人間の本性と本能に触れるのが楽しい。
死んだように眠る七海の横では幼い子供たちも寝息を立てていた。結花と寛貴は生まれたときから了炫の側に置かれている。了炫によって恵津子が連続絶頂の果てに白目を剥いたところ、弘信が血塗れの股間から精液を飛ばしたところ、真由が隠語を連発しながら達したところ、七海が痙攣して潮を吹いたところ、明良が涎と精液を垂らしながらおねだりするところ。家族間のありとあらゆる組み合わせの情交と痴態。そのすべてを見てきた。
宮岡家の子供たちは生まれながらの家畜だ。快感を覚えさせられ、この生活を常識とし、催眠がなくてもよく従う。結花と寛貴もとっくに純潔を失っている。了炫が無毛の股間を愛撫してやるといい声で鳴くようになった。だが薄味であまり良い食材とは言えない。成長しても改善が見られなかったら処分する予定だ。
このように人間からすれば狂気の権化である了炫は、特に問題のない家庭で生まれ育った。マイペースで一人を好む物静かな子供だった。放任されて淋しさを感じたことはない。自分の世界に没頭できれば不満はなかった。この頃の了炫は音楽にのめり込んでいた。
茨矜は、そんな了炫を孤独で可哀想な子供だと言った。家族には興味がない。新しい家庭を作りたいとも思わない。それも家族の愛を知らないせいだと。小さな子供の頃ならそういうものかと思ってしまったかも知れない。吸血鬼を知らなかった了炫は、父親になってやろうと言われても鬱陶しいだけだった。既に成人している自分と二十七・八くらいの茨矜なら兄のほうが相応しいのではと思ったが、どっちでも鬱陶しいのに変わりはないので指摘はしなかった。
吸血鬼化後も茨矜は了炫を可愛がった。何を見ても動じない了炫に、嬉々として吸血鬼としての知恵や技術を教えた。了炫も新しい生活は刺激的で楽しいものだった。人間の悲惨に心動かない自分には少し驚いた。酷薄さが生来のものか吸血鬼化によるものかは今でも分からない。
茨矜が次々と吸血鬼を作り出す様を見て思った。家族愛に飢えているのは茨矜本人ではないか。そう問うと、茨矜はにかっと笑って了炫の頭を撫でた。
「了炫は優しいな。お前を息子にしてよかった」
断じて慰めるつもりなどないのだが、訂正の言葉は聞いてもらえなかった。そういう男だ。良く言えば豪放磊落、悪く言えば自分勝手で大雑把。
地下格闘技会場で出会ったあの吸血鬼。どちらかと言うと男らしい美形で物怖じしない態度。殺人の習慣を仄めかす匂いと陽の雰囲気を同時にまとった不敵さ。それらが父茨矜を彷彿とさせる。了炫は溜息を洩らした。父が死んで何年経ったろう。その面影は一向に薄れない。
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