夜行性の暴君

恩陀ドラック

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吸血鬼の章

事後

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「ずいぶん楽しんだみたいだね。あそこまですると思わなかった」


 帰りの車を運転しながら紫束が言った。崇人にあてがわれた女は酷い有様だった。触れる度爪を、口付ける度に牙を立てられた身体は全身がずたずた。どれが致命傷か判別できないほどだ。


「はぁ、すみません」


 死を前にすると、どうにも分別を失くしてしまう。見殺しや自殺幇助はあっても直接手を下したことはなかった。今日初めて自らの手で人間を害した。だからつい夢中になってしまったのだと言い訳をすると「初めてはヴァンパイアハンターのおっさんだろ」と結紫からツッコミが入った。おっさんでも死んだら楽しいが、あれは事故だし初めてがおっさんというのは外聞が悪い。都合がいいと言われても、崇人的には今日が初体験だ。


「たいていの奴は泣いたり逃げようとしたり、逆に怖いのを誤魔化そうとしてめちゃくちゃしたりするんだけど。平気そう。見直した」


 少し表情の乏しい紫束は感情が読み取りづらい。怒られていると思っていたら逆だったようだ。


「だから言ったでしょ紫束。崇人は才能あるって。こんなに顔がいい変態サイコパス滅多にいないんだから」


 暴言に聞こえるが褒めている。吸血鬼としてやっていくには食事に必須の拷問、強姦、殺人を難なくこなせなくては話にならない。崇人はそれを試されて、期待に見事に応えた。


「崇人の新しい名前を考えないと」


 結紫と紫束は定期的に転居と改名を繰り返していた。不老のため一つ所に長くは居着けない。名を変え、見た目の印象を変え、巧妙に街に溶け込む。人間社会において吸血鬼は逃亡者の如くだ。特に新生吸血鬼は捜索願が出されている場合が多いため用心に越したことはない。


「吸血鬼って見つからないんじゃないの?」

「何事にも例外は付物なのだよ崇人。ま、その辺はおいおい教えてあげよう。で、ジョバンニとカムパネルラどっちがいい?」

「それ俺の名前のことだよな?  ありえないんだが?」

「じゃあ秀吉と家康、四郎左衛門なら?」

「ありえないし最後誰」


 いつものようにふざけていたら、明日まで決めるよう紫束から宿題を出されてしまった。


「前から来る車」


 紫束に言われ、対向車線から走ってくる白いワンボックスカーを見た。運転しているのは少し若めのおじさんで、助手席にはもっとおじさんなおじさんを乗せている。車体側面には「全掃工業」と書かれていた。清掃業者のようだ。特におかしなところはない。それより夜の対向車の中までよく見えることの方が気になった。


「あの人たちが掃除屋」

「えっ、そうなんだ!」


 全掃工業は闇の世界では有名な死体処理のプロ集団である。彼らは紫束たちと契約していて、風呂場に置きっぱなしの死体を片付けにいくところだ。


「あの人たちが俺の事後処理をするのか……恥ずっ」


 掃除屋もまた人間ではない。人間の屍を好物とする、グールと呼ばれる人外の者だ。食の好み以外は人間と殆ど違いがなく、普段は人間として暮らしている。社会は崇人が思っているより人間のものではなかった。







 明け方、飯田は留守の間に清潔に整えた家に主たちを迎え入れ、また見張りについた。主たちが滞在中は纏まった睡眠はとれない。特に昼が長く日差しが強い夏季は見張りが大変だ。この山間の一軒家という立地だと、昼間の襲撃の可能性が高い。吸血鬼最大の弱点である日光を利用できるし、武器を見咎められることもないからだ。

 帰ってきた吸血鬼たちは少しの高揚感を纏っていた。飯田はそれを、人間を嬲った余韻だと知っていた。飯田も過去に一度、それは酷く甚振られたことがある。あのときの紫束の圧倒的強者振りは未だに飯田を震えさせる。地下格闘家としておよそ百人に勝利し、そのうち十人余りを再起不能にしてきた飯田が為す術もなく翻弄されたのだ。それまでの飯田はどちらかというと人を弄ぶ側の人間だった。そんな自分が下僕という身分に落とされるなんて夢にも思わなかった。

 新参者が加わってから、飯田はよく吸血鬼になった自分を想像していた。そうなったら、きっともっと側にいける。この家を空けている数ヶ月間も共に過ごし、自由に肌に触れ、愛しあい……飯田は紫束への届かぬ想いを胸に見張りを続けた。







 翌夕。再びダイニングキッチンに集まった結紫と紫束に、崇人が神妙な面持ちで切り出す。


「名前なんだけど。碧以って書いてあおい、でどうかな」

「あおい?  もっと痛い名前考えてくると思ったのに普通過ぎ!」

「普通っぽいのにしろって言ったの結紫だろ。どう思う紫束ちゃん」

「悪くない」

「いえーい、碧以くんでぇす☆」

「ちょっと紫束、崇人に甘くない?」

「結紫ほどじゃない」


 初めての殺人から半日以上が経過した。常人なら昂った神経も落ち着いて、罪悪感や後悔に苛まれる頃合いだ。しかし崇人に妙な興奮や怯えた様子は見られない。機嫌の良さは平常の範囲内でいつもの軽いノリ。やはり崇人は吸血鬼になるために生れてきたような男だ。あのままだったら彼は自身の有害な嗜好によって処刑場へと送られていただろう。二人の吸血鬼に救われた人非人は人外となり、好き勝手に人命を弄ぶ化物の仲間入りを果たしたのだった。







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