夜行性の暴君

恩陀ドラック

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吸血鬼の章

進路不明2

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 血だまりの中に倒れる結紫を呆然と見下ろす。後でちゃんと謝ろう。紫束の凶行を止められなかったこと。手が滑ったこと。すごく興奮してること。彼は許してくれるだろうか――ぎこちない動きで身を屈めようとする崇人は、胸部を強烈な痛みに襲われた。


「かかれ!」


 突如として部屋に雪崩れ込む、手に手に武器を持った男たち。そのうちの一人が持つ日本刀が、背後から崇人の心臓を刺し貫ぬいたのだった。肋骨をずりずりと削りながら刀を引き抜かれて結紫の上に倒れ込む。視界と嗅覚を結紫が占めた。最初で最後の理解者、一番の親友の死。人生で二度とない時間を邪魔された崇人は激しい怒りで痛みを忘れた。


「おい!」


 日本刀を持つ男を呼ばわり、振り向いた顔を思いっきり殴りつける。感情のまま繰り出した拳がもたらした結果は崇人の想像を超えていた。崇人は死を愛する以外は普通の男子高校生だ。体だって一般的なトレーニング以上のことはしていない。手加減なしで殴ったからって、まさか頭が砕けるなんて思わなかった。

 ごぱっと飛び散って半分になった頭から、噴き出した血液が放物線を描いている。刀を持ったままの体がゆっくりと傾いていくのを、その場に居た人間は呼吸も忘れて見守った。どおっと床に倒れたのを切っ掛けに男たちが我に返る。


「山田がやられた!」

「気を付けろ!  もう一人も起きたぞ!」


 訳が分からずおろおろしていた崇人は、立っている結紫を見つけたまた驚いた。人差し指でちょんちょんと喉に刺さったナイフを指差し、抜いてくれとアピールしている。崇人は状況が理解できなさすぎて、いったん考えることを止めて目の前のことをあるがままに受け入れてみることにした。とりあえずナイフを引き抜く。柄を握る手に骨と肉のこすれる感触が伝わり、新しく流れ出た血の匂いが鼻をつく。


「ごほっ。それあげるからちょっと待ってて」


 結紫は微笑んで、男たちを相手にする紫束の加勢に入った。そこから先はこうだ。姉弟があっという間に四人を殺害し、残した一人に他の人員について口を割らせてから殺害。紫束が日本刀を持って、外で待機しているというライトバンに向かう。後部に居た人間に刀を渡して自害させ、運転手を連れて家に戻る。その間結紫と崇人は血塗れの服から清潔な服に着替えていた。死体の散乱する部屋に連れて来られた最後の一人は、命じられるまま自らに火をつけた。


「それじゃ行くよー」


 炎に見とれていた崇人は、追い立てられて外へ出た。日々夢想していた死の光景を怒涛の如く浴びせられて、ふわふわと流されるように結紫の後をついて夜の街を歩く。預かっていたナイフは今は革の鞘に納められ、紫束の腰に提げられていた。ほっそりした紫束と全長五十センチ超のナイフの組み合わせはゲームか漫画のキャラクターのようだ。振り返ると火の手が回った家が赤く光っていて、崇人は映画のクライマックスを観るように陶然とした。そんな夢心地が落ち着くにつれ、ふつふつと疑問が湧いてくる。



「あのさ、さっきの人たち誰?」

「あー、あれ。ヴァンパイアハンター」


 突然乱入してすぐに全滅させられた謎の武装集団。彼らは映画や漫画でお馴染みの、吸血鬼を成敗するヴァンパイアハンターだ。


「なんでそんな奴らが……」

「俺たちを殺すためだよ」

「お前ら吸血鬼なの?」

「お前らってか俺らな」

「俺も吸血鬼なの!??」

「ふはっ」


 結紫は失笑し、紫束は肩を小刻みに震わせて声を出さずに笑っている。さすがに崇人も理解した。武装した複数人を素手で殺す異常なまでの強さと素早さ。意識を奪って言いなりにさせる不思議な能力。致命傷を受けても死なない肉体。衝撃事件の連続で忘れかけていたが、崇人も日本刀で刺し貫かれてぴんぴんしている。記憶が欠落した間に吸血鬼化されたに違いない。

 そうとは知らず一連の騒動で崇人が驚いたり戸惑ったりしているのを、二人はこっそり楽しんでいたのだろう。要するに遊ばれたのだ。悔しがる崇人を見て、二人の吸血鬼は声を上げて笑った。


「あははは!」

「ふふふ、ごめんて崇人。崇人も面白かったろ?  俺が倒れたとき勃ってたもんね」

「おまっ……なに?  えっ!?」


 今日一慌てた。縋りつかれたときガチガチに勃起していたのは否定できない事実だ。


「俺とやりたいの?」

「違う!!!」


 結紫が人差し指を口の前に立てた。深夜の住宅街で大声を出してはいけません。だから崇人は許される精一杯のボリュームで主張する。これからの付き合いのために、言うべきことはきちんと言わなければならない。

 崇人は人間の死が好きで性的に興奮する。対象は十~五十歳がストライクゾーン。性別不問、元気があれば尚良し。でも性交したくなるのは女だけだ。男の死で高まった性欲だとしても、発散は女の体でしたい。


「結紫のことは好きだけどそういうんじゃ絶対にないから!!  死ぬとこ見るのが好きなだけだから!!!」

「それ全然フォローになってないよ。むしろそっちのがやばい。人類の敵。社会の毒。よく今まで溶け込んでたものだなぁ」


 初めて見せる吸血鬼の顔で結紫は笑った。面食らう崇人を宥めるように、普段の調子に戻して続ける。


「褒めてるよ?  同類だし」

「進路決まったね。おめでとう」


 紫束が祝いの言葉を述べたが、崇人はなんと言っていいのかわからなかった。このあまりにも非現実的な現実と、進路というかつての現実の齟齬が酷く大きい。


「これは就職扱いでいいのか?」


 なんとか絞り出した台詞は、また二人を笑わせることになった。吸血鬼の姉弟の後をついて深夜の街はずれを歩く。崇人は未だ行く先を知らない。







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