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本当の気持ち
しおりを挟むエスタルは異様な興奮に包まれた食堂をそっと抜け出した。ハイスはいつの間にか隣から消えていて一人で自室に戻る。
なんとか儀式は乗り切った。今後は受け入れる側の人間だったウォルクから襲われる心配をする必要はないだろう。不安材料が消えたのに心は安らがない。頭から毛布を被って丸くなった。今しがた見た光景が瞼の裏に鮮明に映し出される。ぶつかりあう肌と肌。躍動する筋肉に浮き出た血管。滴る体液。息遣い。言葉の羅列だけでしか知らなかった行為の現実がそこにあった。耳を塞いでもウォルクの嬌声と学生たちの歓声が聞こえる。それはけして消えないリフレイン。
「くそぉっ」
握りこぶしでマットレスをぶん殴る。それではっと気が付いた。自分は怒っている。いったい何に? 酷い辱めを与える伝統に? ああ、あの時のことを思い返すと羞恥で顔が赤くなる。消し去りたい記憶だが自分で決断したことだ。そうだ、自分自身にだ。ろくに下調べもせずにフラウスにきた、馬鹿な自分に怒っているのだ。
その憤りは何ヶ月経っても心の隅っこでくすぶり続けた。完全に受け入れ専門の男になったウォルクを見るたび苛立ちが募る。今やフラウスのアイドルで、いかがわしい誘いが引きも切らず順番待ちができるほどだ。誘いを断らない彼に落胆し、そいつらにいいようにされてると思うと腹の虫がおさまらない。
歓迎会での出来事はエスタルにとって裏切りだった。高等学院で彼を知ったときからウォルク・ストールはエスタルにとって、男とはこうあるべきという理想像だった。恋愛対象として迫られたあとでさえ、尊敬の念が完全に消え去ったりはしなかった。それをあれで完膚なきまでにぶち壊されてしまった。自分の身の安全のため彼がお嬢さんであることを願って、男らしいウォルクがいなくなったことを許せないでいる。自分の身勝手さに気付いてからやっとエスタルは心の平穏を取り戻した。
ウォルクはセックスに溺れて身を持ち崩したが、半年後にはすっかり立ち直っていた。学業にも励み誰かから軽んじられることなく、友人に囲まれ上級生にも可愛がられていた。自分のおかげで歓迎会が盛況だったと自慢して、自らの性的嗜好も包み隠すことなく曝け出して堂々としている。驚くべきことに高等学院時代と同等の立場を築いていた。あまりにも自分と違うウォルクにエスタルの理解は追いつかない。でも素直にすごいと思える。以前のような尊敬の念が芽生え始めていた。
ある日、資料室で古い資料を漁っていたエスタルは、手に取った古い冊子をその場で読み込んでしまった。人の話し声で我に返る。静かで他に人がいないと思ったのだろう。書棚の向こうで恋の話をしている。片割れがウォルクだと気付いたエスタルは思わず息を潜めた。
「ウォルクは好きな子いないのか? 遊んでばっかで誰とも付き合わないよな」
「振られたの引き摺ってるんだよ」
「へえー、相手はどんな子?」
「体が小さくて、気も小さくて、守ってあげたくなるような」
「全然脈ナシなのか?」
「そんなつもりじゃなかったんだけど、焦ってちょっと怖がらせちゃって。その子もフラウスにいるのに全然話せてないんだ……」
最後に聞こえてきた溜息でエスタルの胸がちくりと痛んだ。認めたくないが、ウォルクが言っているのは自分のことだろう。自分ばかりが被害者のように思っていたけど彼だって傷付いている。どうしてあのときあの場から逃げ出してしまったのか。もっといい断り方があったはずだ。自分はなんと不誠実で残酷な人間か。こんなことだから友人が少なくて人望がないのだ。
「しっかし意外だなぁ。ウォルクの好みはかわいい系よりデカちんだろ?」
「そりゃ突っ込まれるならデカい方が気持ちいいしな!」
歓迎会で何本ものモノを見て、エスタルは図らずも自分のランクを知ってしまった。もともと大きいとは思っていなかったがやはり落ち込んだ。お陰で今や立派なコンプレックスの一つだ。
小さくて悪かったな。大きいのが好きなら僕のことなんか忘れろよっ。馬鹿にしやがって。やっぱりあんな奴大嫌いだ!!!
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