大学デビュー

恩陀ドラック

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エスタルの思い出

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「エスタル、彼を見てよ。格好いいなあ。あんな子と仲良くしたい」


 翌日の食堂は歓迎会の参加者でごった返していた。ハイスが指し示した方を見ると、ちょうど向こうもこっちに気付いてばっちり目が合ってしまった。


「な、なんで・……!?」


 エスタルを見つめ返すその男は、同じ高等学院出身のウォルク・ストールだった。当時からウォルクは人目を惹く華やかさがあった。男らしくすっきりと整った顔は、笑うと少し可愛らしくなる。勉強もスポーツもできて快活で爽やか。イベントではリーダーシップを発揮していた。先輩には可愛がられ後輩からも尊敬されている。自分には手に入れられそうにない男らしさや人望を持つ彼に、エスタルは羨望と憧れの気持ちを抱いていた。

 ウォルクから友人になりたいと言われたときは、まるで王子様に見初められた町娘のように舞い上がった。学校一の人気者に認められて誇らしくすらあった。と同時に何か裏があるのではと自尊心の低いエスタルは疑った。彼の取り柄は勉学以外にない。それなのにたまに教師にも忘れられるくらい影が薄い。友人も多くない。実際の立場は使いっ走りか鞄持ちで、陰でみんなから馬鹿にされるのではないだろうか。

 しかしウォルクにそんな子供じみた悪意はなかった。どんな場合でもきちんとエスタルを尊重してくれる。むしろ彼の方が奢ろうとしたり荷物と持とうとしたり。申し訳なくて断ると残念そうにされて、エスタルは違う意味で困らされた。初めはただ新しい友人との時間を楽しんでいたエスタル。その気持ちは少しずつ変化していった。


「美味い。ほら、エスタル」


 放課後に立ち寄った屋台のアイスクリームを、ウォルクはぐいとエスタルの口元に差し出した。有無を言わさぬ雰囲気にエスタルはおずおずと口を開く。せめて自分で持ちたいと思ったけれどもウォルクの方には渡す気がないらしく、コーンを握るウォルクの手に自分の手を添えてアイスクリームを食べる羽目になってしまった。


「ん……ほんとだ、美味しいね」

「だろ?」


 機嫌良さげにウォルクが笑った。エスタルは気まずくて自分のアイスに視線を集中させた。彼の口がついたところを食べてしまった。だって彼がその部分を正面に向けてきたから。ウォルクを不潔扱いするみたいで指摘はできなかった。


「あ……」


 自分が口を付けたところがべろりと舐め取られるのを見て思わず声が出てしまったが、ウォルクには聞こえなかったらしい。まったく気にせずアイスを食べている。これはきっと些細なこと。わざわざ指摘しても空気が悪くなるだけ。エスタルも自分のアイスを食べた。


「そっちも味見させてくれよ」


 返事を返す間もなく、エスタルが食べているところにウォルクが横から顔を寄せた。肩を抱かれていて逃げられない。気が動転してアイスクリームを顔から離すことは思いつかなかった。頬と頬が触れ合う。もう少しで唇も……


「こっちも美味いな!」


 エスタルを解放したウォルクは明るく笑ってまた自分のアイスを食べ始めた。ウォルクはいつも友人たちと肩を組んだり抱きついたりしてじゃれあっている。彼らにとってはきっとこの距離感が普通なのだろう。少ない友人と薄い付き合いしかしてこなかったエスタルは、自分の感覚がずれているのだと思った。慣れるべきだ。友人関係を長続きさせたいなら歩み寄りが必要だ。細かいことを気にするつまらない奴だと思われたくない。エスタルはなんでもないような顔を作ってウォルクに笑い返した。

 これ以降、ウォルクからのスキンシップが少しずつ増えていった。男同士の雑なノリじゃない。別れ際の包み込むような抱擁。ちょっとした仕草にも滲み出る気遣い。ある日の下校中、人気のない公園で隣を歩くウォルクに手を取られた。指と指が絡み合う。


「エスタル、俺……」

「やめてよウォルク。君、なんか変だよ?」


 さっと手を解いて一歩距離を置くと、いつも屈託のない自信に溢れたウォルクの瞳に初めて動揺の色が差した。ウォルクがなんで自分と友達になりたがったのか。いつも複数の友人と行動している彼が自分とはどうして二人でいたがるのか。小便器を覗き込まれたことがあるのを思い出してエスタルはぞっとした。


「ご、ごめんなさい!」


 そう言ってそそくさとその場を後にした。それからエスタルは彼を避けるようになった。向こうもエスタルに構おうとしてこない。しつこく付き纏われたり報復されたりするようなことにはならなかった。学校で見かける彼は以前と変わらないように見えた。あまりにあっさりした幕引きだったので、やっぱりからかわれていたのかも知れないと思った。地味で冴えない子を騙して本気にさせる遊び。きっと失敗したら罰ゲームがあって、それでウォルクは動揺したのだ。生憎と、いくらモテなくたって男子からの誘いに乗るほど見境はなくなっていない。

 これを機に人気者グループの一員になれるんじゃないかと、一瞬でも夢見た自分が恥ずかしくなった。自分はそんなタイプじゃない。たまたま目を付けられただけ。卒業したらもう二度と関わることもないだろう。と思っていたのに同じ進学先だったなんて。彼は別の大学に進むと小耳に挟んでいたが間違いだったようだ。あれだけ毎日友達と楽しそうにしてフラウスに入れるだけの学力もあるんだから、世の中というのは本当に不公平だ。







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