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10話
しおりを挟むルーカスは慌ただしく出て行った。
色々な準備や手配があるようだ。
チヨは自室で溜息をつく。
浄化をする、どうなったとしても責任を負う。そう決意をしたつもりだったが、いざタイムリミットが提示されると二の足を踏んでしまう。
「チヨ様…何かお持ち致しましょうか。甘いものとお茶でも…」
余程追い詰められた表情をしていたのであろう。
モニカが躊躇いがちに申し出てくれる。
「そうね…お願いしてもいいかしら」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
そう言うとモニカは一礼し退室する。
それを見送ったチヨとエマだったが突然エマが「あっ」と声を上げた。
落ち着いているように感じる彼女にしては珍しい。
「どうしたの?」
「…大変失礼致しました。申し訳ありませんが、少々外しても宜しいでしょうか?モニカに連絡することがございました」
「大丈夫よ」
「ふふ、楽しみにしていて下さい」
「? ええ」
そう言うとエマも一礼し、モニカを追いかけて行った。
————————
エマが戻ってきて、チヨが一体何だったのかと聞いても秘密の一点張りで教えてくれない。
しかし、おかげでチヨの沈んでいた心も随分軽くなる。
——コンコン
「失礼致します」
モニカがお茶の用意をして戻ってきた。
椅子に座り、目の前のティーカップにお茶が注がれる。
新緑の美しい緑色の液体だ…と思ったそのとき、鼻に懐かしい薫りが届く。
「あ…これ…」
それは緑茶だった。
無いと言っていたはずなのにわざわざ調べてくれたのだろう。
その気遣いが本当に嬉しく、このタイミングで飲めたことはチヨの心にも安定を与えてくれた。
やはり飲み慣れた緑茶は”日常”を思い出させてくれる。
「わざわざありがとう…本当に嬉しいし、とても美味しい…」
「チヨ様…」
エマがハンカチを差し出してくれる。
頬に触れると濡れている。どうやら知らずのうちに涙が出ていたようだ。
この世界に来てからのこと、日本のこと、浄化のこと…本人が気付かないうちに心に積もったものが溶けていったと感じる。
本当にエマとモニカの2人には感謝しかない。
この緑茶がチヨにきちんと前を向く力を与えてくれた。
もう迷うことなどない。
3日後まで全力で準備をし、全力で挑むのだ。
———————
その夜——王は戦っていた。
時折迫る妬み嫉み、憎しみ…
自分の心を蝕んでいくのが分かる。
負けたくない。抗ってみせると、打ち勝つとチヨに言ったのだ。
しかし、ああ憎い。憎たらしい。
少し油断すると呪詛が溢れてきてしまうのだ。
いつまで油断してはいけないのだ。
いつまで我慢しなくてはいけないのだ。
いつまで抗えばいいのだ。
いつまでいつまでいつまで…
おかしくなりそうだった。
呪詛に身を任せたら楽なのだろうか。
いや、その考えは間違っている。
正常な思考も判断も出来ない王は自分の目を覚まさせてくれた少女の姿を脳裏に浮かべる。
「ちよ…たすけてくれ…」
それは王がぽつりと漏らした誰にも届かない祈りの言葉だった。
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