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2話
しおりを挟む階段で躓いたときもそうだったが、本当に驚くと声も出ないらしい。
上手く呼吸が出来ずに、金魚のように口をパクパクと動かしてしまう。
それでも下を見てみれば街があり、どうやら自分の真下には人が集まっているようだ。
どのくらいの高度があるかは分からないが、それくらいは判別はできる高さではあるらしい。
また、このように見渡してみても日本でないことは明らかである。
他にも気になることは多いが、それでもこのように落ち着いていられるのは…
(年だから、かねぇ)
しかしやはりここがどこかは気になる。
階段はどうなったのだろうか。
そもそも家はどこに?
青空だけど今何時?
そして現在の優先事項はここからどうやって降りるか、ということである。
「…えーと…降りたいんですが、降ろして頂けないでしょうか…」
誰に言っているのか謎ではあるが、呟く。
どうやら効果はあったようでその瞬間、浮力が消えたのだ。
「えっ…」
けれど、これでは降りるというより落下である。
そんな速度でチヨはみるみる落ちていく。
「うわあぁぁぁ…」
これは痛い。絶対痛い。階段から落ちるなんて可愛いものだ。死は免れないだろう…救いなのは即死であろうことくらいか…
仰向け状態で落ちているのが何とも怖い。
やはり恐怖からかギュッと目を瞑る。
しかし落下の瞬間は訪れず、代わりに何かすごい風のようなものがクッションになってくれた。
ほっ、としたのも束の間で、どうやらどなたかの腕の中にいるようである。
(こ、これがお姫様抱っこというものか…)
何年か前に中学生だった孫が憧れているのだと説明をしてくれた。
そろそろと顔をあげてみるととんでもなく美しい男がいた。しかもどうやら外国の方であるらしい。
思わず目も口も開いてしまう。とんでもなくマヌケな顔をしていることだろう。
「聖女さま、お待ちしておりました…」
感無量といった感じで男が告げた。
チヨは日本語が通じることに安堵しながらも、呆然と答える。
「あの、とりあえず…ここ、どこでしょうか…」
「こちらはルゥナ帝国にございます。聖女さまのご降臨を待ちわびておりました」
「は、あ…?違うと思うのですが、どなたかと勘違いされているのではないでしょうか…?」
そんな国が世界にあったのかと思いつつ、いや、そもそも空に浮くなんて普通ではありえないのでは?などと思考がぐるぐるする。
しかもこんな老婆に、聖女などと言うだなんて。
でもマザー・テレサと同い年なので全く無しではないのか?と思い始めとき、男は言った。
「勘違いだなんてとんでもございません!!空から落ちたる黒の雫を宿した乙女が世界に顕現するときには、きちんとお告げがあるのでございます」
そこまで言うと男はすっと横に1歩ずれた。
「聖女さまが降り立つ場所には、この陣が浮かび上がるのです。これが出現する場所、時間が告げられるのですが、この日だということまでは知らされないため出現を毎日確認しておりました」
「そうなんですね、っあ!!申し訳ありません、いつまでも…重いでしょうし、立ちます」
何より恥ずかしいので、と小声で付け足す。
今この場にいるのは彼だけではなく、他にも多くいるのだ。
しかし、チヨから見える人達の顔には安堵や喜びなどの表情が浮かんでいる。
男は少し寂しそうにしながら頷くと、チヨを宝物のようにそっと下ろす。
その瞬間、先程まであった陣が溶けるように消えてしまったのである。
「やはり聖女さまでございますね」
男は満足そうに微笑み、チヨに名を告げた。
「申し遅れましたが、私の名はルーカス・アジーン。王宮の司祭を取りまとめるアジーン公爵家に名を連ねる者にございます」
片膝を付き、頭を垂れるその姿はまさしく騎士といった感じである。
「あの…ご丁寧にありがとうございます。榊原チヨと申します。でも、あの、こんなおばあちゃんでいいんですかねぇ?」
ルーカスがきょとんとした顔をし、少し思案する。
「やっぱり間違いですよね…?」
「いえ、それはございません。しかし…そうですね、チヨ様のご年齢をお伺いしても?」
「ええ…87歳…いえ、3日後には88歳になるところです」
そうだ、子供たちと孫とひ孫で米寿のお祝いの予定を立ててくれてたのだ。それなのにここはどこなのだろうと急に寂しさが押し寄せてきてしまう。
「ふむ、チヨ様はご自身の変化にお気付きではないようですが、私から見たチヨ様はとてもそのご年齢には見えません。10代であることは間違いないかと思われますが…」
感情に浸っていたところに衝撃の事実である。
「髪はさすが黒の雫というべき美しさですし…」
そう言われてチヨは自分の髪を見た。
この年になっても衰えることのなかった毛根に感謝しながら背中の真ん中を少し過ぎたあたりまで髪を伸ばしており、基本的に和服を着ることが多かったチヨはいつもお団子頭を作っていた。
前髪も全部伸ばしているためか見えづらかったのだが、なるほどどうやら本当に黒髪である。
と、そこでふと気付いた。
腕にも皺が全くないのだ。
(ということは…)
足に目を向けても皺などない。
そしてこの一連の動きをする中で身体の軋みなど一切感じないことに驚く。むしろ軽いくらいなのだ。
思わず顔もぺたぺた触って確認してしまう。
するとその様子をぽかんと見つめていたルーカスが、笑いを堪えられないといった感じで提案した。
「良ければ聖女さまのお部屋にご案内致しましょう。そこで鏡を使いご確認下さい」
「そうですね…とりあえずそうさせて頂きます」
日本ではない国。あの状況からここにいる自分が信じられないのだが、まずは自分の身の変化を確認してみようと思うチヨだった。
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