1 / 33
1話
しおりを挟む「こーんな簡単に終わっちゃうんだねぇ…」
目の前にはやたらと綺麗な建物。
昔は当たり前だった煙突もない。
煙も出ない。
(昔はあの煙が恐ろしいと思っていたが、見送る側になると寂しいもんだ)
そう、ここは火葬場である。
建物を寂しげに眺める彼女の名前は榊原チヨ。
あと1週間で88歳の誕生日を迎えるというところで夫を亡くし、先程見送ったばかりだ。
17歳で当時珍しい恋愛結婚をした。
5人の子供を授かり、12人の孫に恵まれ、ひ孫の3人目が少し前に生まれたところ。
夫とゆっくり過ごす日々は何の変化もなく、刺激もなく、だけれども満たされていた。チヨには何にも変えがたい幸せだった。
しかし終わりは本当に突然で。
「おやすみ」と言って布団を並べて寝て、翌朝には冷たくなっていたのだ。
「おはよう」を言いたかったし、言う日々が続くのだとチヨは信じきっていた。
(2人ともいい年なんだから終わりが来ることくらい覚悟しておかなきゃいけなかったんだろう)
しかし心にポッカリと空いた穴は大きすぎるのか、明日からのことが何も浮かばない。
「1人でどう生きていけばいいやら…」
呟いた声は青空に溶けていった。
————————
「ばあーちゃーーーん!!!!」
建物内に戻ったところで末の孫に声を掛けられる。
「ん?どうした?」
「どこ行ってたの?」
「ちょっと外の空気を吸いに行ってたんだよ」
「ふーん? あ、お母さんが呼んでたよ!」
「そうかい、じゃあ一緒に行こうか」
「うん!!」
まだ10歳の孫は元気が有り余っており、火葬場では体力を持て余し気味である。
「ねえねえ、ばあちゃんってさ…」
思ったことをすぐ口に出す孫にしては口籠る。
「ん?」
「…あのさ、俺んちに一緒に住むの!?」
「えっ!?」
「あれ?違うの?」
こんなことを話すのは次女夫婦…つまり孫にとっての両親しかいない。
「それはねぇ…ちょっと難しい話だからねぇ…」
「えー!なんでー!俺は嬉しかったのに…」
「ありがとうねぇ。ばあちゃんも嬉しいよ」
その言葉に顔を輝かせる孫。
「じゃあ一緒に住む!?」
「…うーん…」
(どうしようかね…)
「————たよ!ねぇ!ばあちゃん聞いてる!?」
そんなことを考えているうちに控室に到着したらしい。
「あぁ、ごめんよ。ちょっと考えごとをね」
「もー!はい、どうぞ」
扉を開けて、抑えてくれている。
年寄りを労る…これからもそういう心を忘れないでいてほしい思う。
「ありがとうね」
「あっ、お母さん!どこ行ってたの!?」
「ちょっとね、空気を吸いへ外に行ってたんだよ」
控室には50歳になる次女とその夫がいた。
孫は父親の方へ行き、チヨに会釈する父親と共に一緒に外に出て行く。
扉が閉まったのを確認してから娘が口を開いた。
「これからのことなんだけど…ねぇ良かったら一緒に住まない?」
「…やめておこうかな」
「なんで?…やっぱりお父さんと一緒に暮らした家を出て行くのは嫌?」
「そうだね、それもあるけど…」
思い出が詰まった家を出るのが嫌というのが大体の理由で間違いはない。
しかし、チヨは怖かったのだ。
夫のように一緒に住む誰かが翌朝、冷たくなっていることが。いつもと同じ朝が来ないことが。
勿論、可能性としてはチヨの方が十二分に高い。
分かってはいるが怖いものは怖いのである。
「出来れば当分の間は1人で暮らしたいと思ってるよ」
「当分の間って…いずれは一緒に住めるってこと?」
「心の整理がついたらね」
「心配なのよ、お母さんのこと…」
「分かってるよ、ありがとうね」
———————————
最近では繰り上げて行うことが多くなった初七日法要まで無事終わり、帰宅の途に着く。
夫と一緒にいられる最後の日だと思い頑張ったのだが、普段変化のない日常を送る老体には鞭を打ち過ぎたらしい。
疲れが足に出てきているようで上がらなくなってきていた。
家までは車で送ってくれたのだが、それからは全てを1人でしなくてはならない。
手伝ってくれるという申し出は断った。何故ならこれからはこれが日常になるのだから。
動くのが億劫で億劫で仕方がなかったが、なんとか寝る準備までを済ませる。
やはり1人で寝るのはまだ慣れないようで、ようやく2階にある布団の前に辿り着いたというのに1階に忘れ物をしてしまった。
取りに行くため、階段を降りる——その時だった。
つんっ
「!!!」
躓いてしまった。驚き過ぎて声を出す間も無い。
衝撃に備えて目をギュッと瞑るチヨ。
(見送った日に同じところに行ってしまうのかねぇ…それも悪くはない、けど…)
まだ生きていたい。
そんな考えに至った、その瞬間。
どこかで風の音が聞こえた。
来るであろう衝撃も来ない。
(…?)
恐る恐る目を開けて見るとそこは先程までいたはずの自宅では無かった。
だってチヨは空に浮かんでいたのだから。
108
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!


はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる