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もう一度
しおりを挟む「…ありきたりな話ですよ。私、両親には虐待されて育ったんです。弟だけは可愛がられて……あの日…ああ、もう死ぬんだなってところまで殴られました。それを家族はみんな笑ってみてるんです」
自嘲気味に語る彼女だったが、押し殺したその表情の中には悲しみや苦しみも見てとれた。
「でも、ふと「なんでこの人達に殺されなきゃいけないんだろう?」って思って…馬鹿な話ですよねぇ、もっと早くに気づけば良かったのに。家から転がるようにして外に出ました。走って走って…そこで出会ったのがカヤ様でした。たまたま第3層にお買い物にいらしていたんです」
カヤのことを慕っていたのだろう。
命を救われたのだし当然だ。
「こんな平民の…殴られてボロボロの私をカヤ様は何も聞かず、匿ってくれました。人にそんな優しくしてもらえたのは初めてでした。…それから、私の一生はカヤ様のものです。勿論、カヤ様は自分自身のために使っていいと言われましたが…。お優しいカヤ様は私に何かをお願いしたことなどありませんでした。そんなカヤ様が最初に願ったこと——それがあなたを排除することです」
ハルカには人を排除するように言う人が優しいとは思えなかったが、それでもカヤを変えてしまったのが自分かもしれない。
そう思った。
————————
優しいカヤが変わってしまったのは目の前にいる少女が現れてからだ。
女は暗澹たる思いで見つめる。
それまでは幸せで充実した日々を送っていたのに。
取り留めのない思考でいると少女が声を掛けてくる。
美しいカヤに比べると何の特徴もない、可愛らしいが至って普通の少女だ。
「…なんですか」
「ごめんなさい」
頭にカッと血が上る。
謝って欲しくて話をしたわけではないのだ。
「別に…っ」
「それでも私は離れられないんです!!」
女の声に被せるようにして少女は言った。
「…は?」
「離れられないんです。きっと私という存在がカヤさんを変えてしまったんだと思います。それでも離れたくないんです…」
そう言った少女の顔は思い詰めていた。
置かれている状況は全く別だが、カヤも同じような表情だった。
「…カヤさんは修道院に行かれると聞きました」
「そうみたいですね」
カヤの行き先は告げられただけだったので、行くという事実しか知らないのだ。
「…あなたはどうするんですか?」
「え、私?」
「はい、家…に戻られるんですか?」
「…」
最早、家なんて残っているかどうかも分からない。
となると、どこかに家を借りて働かなければならないが、身入りのいいメイドの仕事にはもう着けないだろう。
思考に耽る彼女の耳に、また少女の声がかかった。
「…もう一度」
「なんです?」
「もう一度、一緒に過ごしませんか?」
何を言っているのか。
実行犯を手引きしたような女なのだ。もう犯人と同義だろう。
後ろで見ていた龍の少年も同じ考えだったようで、こちらに歩きながら声を掛けてくる。
「ハルカ」
咎めるような声色に少女は一言だけ謝り、そのまま女へ言葉を繋げた。
「私がお給料を払えるわけじゃないから、雇うとかは言えないんですけど…でも何も知らない私に色々と教えてくれて嬉しかったし、あの時間は楽しかったんです!だから…」
自分にとってのカヤのような存在になってきているのだろうか。
女はそう考えると不思議な気持ちになる。
拾われた自分が、逆の立場になるとは。
あの家から出なければこのようなことは起こらなかったのだから人生とは奇妙だ。
「それに私、あなたの名前を知らないんです。教えて下さい。それで…また側で色々教えてもらえませんか?」
だから戻ってきませんか?
少女は力のない笑顔でもう一度問いかけた。
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