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第三章

侯爵家の実態(1)

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 重たい瞼を開く。そうすれば、一番に視界に入ったのはセレニアが大好きな彼の顔だった。

「セレニア!」
「……ジュード、さま?」

 ゆっくりと彼の名前を呼べば、ジュードはセレニアの手を握りしめながら「よかった……!」と言ってほっと息を吐く。

「わた、し、どうして……?」

 どうして、今、セレニアは寝台に横たわっているのだろうか。そう思い混乱するセレニアに対し、ジュードは「……気を失ったんだって」と苦しそうな表情で教えてくれる。

「セレニア、突然気を失ったって。……連絡があったから、飛んで帰って来たんだ」

 ジュードのその言葉にセレニアはずきずきと痛む頭を押さえ、気を失うまでのことを思いだす。

(そうだわ。私、侯爵家のことを思いだして……)

 その表情があまりにもひどいものだったからなのだろう。ジュードが痛々しいとばかりに表情を歪める。その後「……大丈夫?」と問いかけてくれる。

 しかし、セレニアからすればジュードの方が大変だったのではないだろうか。

 外を見れば空はオレンジ色に染まりつつある。普段ならばジュードはまだ働いている時間帯だ。先ほど彼は飛んで帰ってきたと言っていた。つまり、仕事を放り出して帰ってきたということなのだろう。

「ジュード様、その……」
「うん、どうしたの?」
「お仕事は、大丈夫なのですか?」

 倒れた自分が言えたことではないとわかってはいる。けれど、もしもこの件でジュードへの信頼が落ちてしまったら……そう思うと、気が気じゃない。

 そんなことを考え目を伏せるセレニアに対し、ジュードはセレニアの手を包み込むように触れてくる。その後、ふんわりと笑って「それは、大丈夫」と言ってくれた。

「俺は従業員の教育もきちんとやっているから、俺が半日抜けたくらいじゃ大したダメージにはならないよ」
「そ、そうなのですか……」
「それに、ほら……今日はたまたまセザールがいたから、あいつが出来る仕事はあいつに放り投げてきたし」

 ……それはそれで、いろいろな意味で大丈夫ではないような気がする。

 そう思うセレニアを他所に、ジュードは「それに、俺は仕事よりもセレニアの方が大切だ」と至極当然のように伝えてくる。

「俺はセレニアが大切なんだ。……そりゃあ、仕事も好きだけれど、それ以上にセレニアのことが大切」

 にっこりと笑って大切だと繰り返されると、セレニアの目に涙があふれてくる。ぐすんと鼻をすすれば、彼は「……セレニアが無事で、よかった」と言ってくれた。

「わ、私、怖かった……」
「……うん」
「連れ戻されるのかと思って、怖かったの……」

 涙が混じったような声でそう言えば、ジュードは「そんなこと、させないから」と告げてくる。それから、セレニアの身体を優しく抱きしめてくれた。

 まるで壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめられ、セレニアの心臓がとくんと大きく音を鳴らす。

 そのまま数分背中を撫でられていれば、涙はとめどなく溢れ出てくる。先ほどまで我慢していたものの、我慢はあっけなく決壊してしまった。

 ジュードは迷惑がることなくセレニアのことを慰めてくれる。セレニアの漏らす言葉にならない心からの悲鳴に、彼は一つ一つ相槌を打ってくれた。

 しばしセレニアが泣きじゃくっていれば、ルネがお茶を持ってきてくれた。どうやら、セレニアが喉が渇いていると思ったらしい。

 確かに、泣きじゃくったこともあり喉はとても渇いている。差し出されたお茶をありがたく受け取れば、それはハーブティーのようだった。落ち着く味に、ほっと息を吐く。

「……落ち着いた?」

 セレニアがお茶を飲み終えたのを見ると、ジュードは優しくそう問いかけてくる。だからこそ、セレニアは頷く。

「……あのさ、セレニアに話した方が良いかなぁって思うことが、あるんだ」

 そして、ジュードはセレニアにそう声をかけてくる。

 それに驚いて目を見開けば、ジュードは「とりあえず、ソファーに行こうか。……動ける?」と伝えてくる。なので、セレニアはそっと頷いた。

 ソファーに移動しようとするものの、足元がふらついて上手く立てない。それを見かねたのかジュードが支えてくれた。

 ふらふらとする身体を支えながら、ジュードは「……相当、きてるみたいだね」と言いながらその肩を抱き寄せてくる。

「ごめんね。本当は寝台で話したかったんだけれど……ちょっと、いろいろとごちゃごちゃとするからさ」

 その後、ジュードはそう謝罪すると持っていたカバンからいくつかの資料をテーブルの上に並べた。それはどうやら借用書のようだ。……借主の欄にはライアンズと書かれており、セレニアは口元を押さえてしまう。

「こ、これ……」
「そう。ライアンズ侯爵家がこさえた借金だよ」

 ジュードは何でもない風にそう言うが、書かれた金額は庶民が一生働いても返せるかわからないレベルのものだった。

 その金額にセレニアが卒倒しそうになれば、ジュードはゆるゆると首を横に振る。

「これはほんの一部に過ぎないんだ。……俺、少し侯爵家に探りを入れていたんだけれど……まぁ、彼らの生活は豪華絢爛の一言だよね」
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