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第三章
コーディ・アルフォード
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アルフォード伯爵家はこのリリー王国でも名門に名を連ねる家である。
ライアンズ侯爵家のように落ち目でもなく、メイウェザー男爵家のように成り上がりでもない。ただ、そこにあるだけで周囲に威圧を与えるほどの権力を持つ家。
そんなアルフォード伯爵家の当代の当主であるコーディ・アルフォードはジュードの顧客の一人だった。お得意様と言っても過言ではないほど贔屓にしてもらっているらしく、ジュードは彼の人柄を好ましく思っていると教えてくれた。
アルフォード伯爵家のパーティーホールに入れば、一番に出迎えてくれたのはほかならぬコーディ・アルフォードだった。彼はジュードの顔を見るなりにかっと豪快に笑い、「ジュード君」と呼びジュードのことを手招きする。
ジュードがコーディに近づくので、腕を組んで歩いているセレニアも自然と彼の方に近づく。そうすれば、コーディの鋭い視線がセレニアに注がれた。周囲が委縮しそうなほどの迫力を持つ彼は、セレニアを吟味するように見つめてくる。が、しばらくして「キミの奥方かい?」とジュードに声をかけていた。
「えぇ、そうです」
余所行きの笑みを浮かべてジュードがそう返事をするので、セレニアはぺこりと一礼をして「セレニアと申します」とあいさつをする。妻は夫の邪魔になってはならない。夫に恥をかかせないために礼儀作法を身に着けるのだ。それが、セレニアがされてきた教育だった。
「いやぁ、見るのは挙式の時以来だよ。……私はコーディ・アルフォード。ジュード君にはいつも世話になっていてね」
コーディは豪快に笑いながらもセレニアに好意的だった。しかし、すぐに何処となくしかめっ面になると「……私の息子は、少々困ったことになっているんだよ」と言いながら肩をすくめる。
「……ご子息様が、ですか?」
「あぁ、一人の女性に入れ込んでいてね。……本気にされていないとわかっているのに、未だに夢中なんだよ」
――本当に、困ったものだよ。
コーディはそう言いながらやれやれと言った風に呆れた表情を浮かべる。かと思えば「あのままでは、廃嫡も視野に入れなくては」とボソッと恐ろしいことを零す。
「……アルフォード伯爵。お言葉ですが、ご子息様が夢中になっているという女性は……ライアンズ侯爵家の子女では?」
ジュードが神妙な面持ちでコーディにそう問う。その言葉を聞いて、セレニアは全身から血の気が引くような感覚に襲われた。……まさか、アビゲイルなのか。
(お姉様が……)
扇を口元に当て、なんとか表情は隠す。しかし、コーディは「……あぁ、そうだよ」と言いながら額を押さえてしまったのでセレニアはめまいがしてしまいそうだった。
「アビゲイル・ライアンズ嬢という名前だ。……というか、そういえばジュード君の妻は……」
そっとコーディの視線がセレニアに向けられる。その所為で、セレニアはふらっとしてしまった。倒れこみそうになりジュードが咄嗟に助けてくれる。しかし、セレニアは唇をわなわなと震わせてしまう。
「……セレニア」
セレニアの背をジュードが優しく撫でてくれる。それに気が付いて、セレニアはゆっくりと深呼吸を繰り返す。そうすれば、徐々に心が落ち着いてきた。
「……アルフォード伯爵。確かに、貴女のおっしゃる通りです」
その手でセレニアの背を撫でながらジュードはコーディのことをまっすぐに見つめながら言う。その言葉に、コーディは息を呑んでいた。
「セレニアはアビゲイル・ライアンズ嬢の妹君です。……ですが、セレニアはアビゲイル嬢とは違う」
ゆっくりと首をゆるゆると横に振りながらジュードはそう言ってくれた。対するコーディはセレニアのことを見つめながら、少し微妙な表情を浮かべる。
「……だがな」
「セレニアは心優しい素敵な女性です。……どうか、アビゲイル嬢と一緒にはしないでください」
強い声音でジュードがそう言う。そんなジュードを見たのが初めてだからなのか、コーディは「……わかっているさ」と言いながら手を振っていた。
「姉君があんな感じだからと言って、妹までそうだとは限らない。……人それぞれ性格は違うものだからね」
「アルフォード伯爵」
「それに、姉君は悪い噂しかなかったが、妹君はそうでもないからね」
コーディは何でもない風にそう言うが、セレニアは目を見開いてしまう。……自分は悪い噂ばかりだと思っていた。なのに、コーディは今、セレニアには悪い噂があまりないと言う。
「……どういうこと?」
思考回路が混乱してしまって、上手く答えを導きだせない。いつもいつもアビゲイルと比べられ、出来損ないやら落ちこぼれなどと陰口をたたかれていた。それは、悪い噂ではないのだろうか?
「セレニア」
先ほどの言葉が口に出ていたらしく、ジュードはセレニアの肩を抱き寄せながら耳元で「落ち着いた?」と問いかけてくれる。それにハッとして、セレニアはこくんと首を縦に振った。
「では、アルフォード伯爵。俺はしばしパーティーを妻と共に楽しんできますね」
「あぁ、ぜひとも楽しんでくれ」
ジュードの言葉にコーディはそれだけを返すと、別の招待客の方に歩いていく。その姿を見つめながら、セレニアは混乱する思考回路を必死に落ち着ける。
ライアンズ侯爵家のように落ち目でもなく、メイウェザー男爵家のように成り上がりでもない。ただ、そこにあるだけで周囲に威圧を与えるほどの権力を持つ家。
そんなアルフォード伯爵家の当代の当主であるコーディ・アルフォードはジュードの顧客の一人だった。お得意様と言っても過言ではないほど贔屓にしてもらっているらしく、ジュードは彼の人柄を好ましく思っていると教えてくれた。
アルフォード伯爵家のパーティーホールに入れば、一番に出迎えてくれたのはほかならぬコーディ・アルフォードだった。彼はジュードの顔を見るなりにかっと豪快に笑い、「ジュード君」と呼びジュードのことを手招きする。
ジュードがコーディに近づくので、腕を組んで歩いているセレニアも自然と彼の方に近づく。そうすれば、コーディの鋭い視線がセレニアに注がれた。周囲が委縮しそうなほどの迫力を持つ彼は、セレニアを吟味するように見つめてくる。が、しばらくして「キミの奥方かい?」とジュードに声をかけていた。
「えぇ、そうです」
余所行きの笑みを浮かべてジュードがそう返事をするので、セレニアはぺこりと一礼をして「セレニアと申します」とあいさつをする。妻は夫の邪魔になってはならない。夫に恥をかかせないために礼儀作法を身に着けるのだ。それが、セレニアがされてきた教育だった。
「いやぁ、見るのは挙式の時以来だよ。……私はコーディ・アルフォード。ジュード君にはいつも世話になっていてね」
コーディは豪快に笑いながらもセレニアに好意的だった。しかし、すぐに何処となくしかめっ面になると「……私の息子は、少々困ったことになっているんだよ」と言いながら肩をすくめる。
「……ご子息様が、ですか?」
「あぁ、一人の女性に入れ込んでいてね。……本気にされていないとわかっているのに、未だに夢中なんだよ」
――本当に、困ったものだよ。
コーディはそう言いながらやれやれと言った風に呆れた表情を浮かべる。かと思えば「あのままでは、廃嫡も視野に入れなくては」とボソッと恐ろしいことを零す。
「……アルフォード伯爵。お言葉ですが、ご子息様が夢中になっているという女性は……ライアンズ侯爵家の子女では?」
ジュードが神妙な面持ちでコーディにそう問う。その言葉を聞いて、セレニアは全身から血の気が引くような感覚に襲われた。……まさか、アビゲイルなのか。
(お姉様が……)
扇を口元に当て、なんとか表情は隠す。しかし、コーディは「……あぁ、そうだよ」と言いながら額を押さえてしまったのでセレニアはめまいがしてしまいそうだった。
「アビゲイル・ライアンズ嬢という名前だ。……というか、そういえばジュード君の妻は……」
そっとコーディの視線がセレニアに向けられる。その所為で、セレニアはふらっとしてしまった。倒れこみそうになりジュードが咄嗟に助けてくれる。しかし、セレニアは唇をわなわなと震わせてしまう。
「……セレニア」
セレニアの背をジュードが優しく撫でてくれる。それに気が付いて、セレニアはゆっくりと深呼吸を繰り返す。そうすれば、徐々に心が落ち着いてきた。
「……アルフォード伯爵。確かに、貴女のおっしゃる通りです」
その手でセレニアの背を撫でながらジュードはコーディのことをまっすぐに見つめながら言う。その言葉に、コーディは息を呑んでいた。
「セレニアはアビゲイル・ライアンズ嬢の妹君です。……ですが、セレニアはアビゲイル嬢とは違う」
ゆっくりと首をゆるゆると横に振りながらジュードはそう言ってくれた。対するコーディはセレニアのことを見つめながら、少し微妙な表情を浮かべる。
「……だがな」
「セレニアは心優しい素敵な女性です。……どうか、アビゲイル嬢と一緒にはしないでください」
強い声音でジュードがそう言う。そんなジュードを見たのが初めてだからなのか、コーディは「……わかっているさ」と言いながら手を振っていた。
「姉君があんな感じだからと言って、妹までそうだとは限らない。……人それぞれ性格は違うものだからね」
「アルフォード伯爵」
「それに、姉君は悪い噂しかなかったが、妹君はそうでもないからね」
コーディは何でもない風にそう言うが、セレニアは目を見開いてしまう。……自分は悪い噂ばかりだと思っていた。なのに、コーディは今、セレニアには悪い噂があまりないと言う。
「……どういうこと?」
思考回路が混乱してしまって、上手く答えを導きだせない。いつもいつもアビゲイルと比べられ、出来損ないやら落ちこぼれなどと陰口をたたかれていた。それは、悪い噂ではないのだろうか?
「セレニア」
先ほどの言葉が口に出ていたらしく、ジュードはセレニアの肩を抱き寄せながら耳元で「落ち着いた?」と問いかけてくれる。それにハッとして、セレニアはこくんと首を縦に振った。
「では、アルフォード伯爵。俺はしばしパーティーを妻と共に楽しんできますね」
「あぁ、ぜひとも楽しんでくれ」
ジュードの言葉にコーディはそれだけを返すと、別の招待客の方に歩いていく。その姿を見つめながら、セレニアは混乱する思考回路を必死に落ち着ける。
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