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第三章
心配事
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そんなことを考えていれば、ルネが「少し休憩いたしましょうか」と声をかけてくれた。
その後、別の侍女が部屋のテーブルの上にお茶とお茶菓子を置いてくれる。……どうやら、セレニアのことを気遣ってくれたらしい。
「……ありがとう」
正直、朝からもみくちゃにされてくたくたなのだ。こういう些細な心遣いが嬉しい。そう思いながらセレニアはソファーに腰掛け、そのお茶を口に運ぶ。
味はほんのりと甘い。落ち着く香りで心がゆったりとする。
(……お姉様は、今頃一体何をされているのかしら?)
社交の場に顔を出すということは、自然とアビゲイルと鉢合わせる可能性があるということだ。それを理解し、心の中でそう考えてしまう。
結婚前にジュードが贈ってくれた数多くのドレスやアクセサリーはアビゲイルが持って行ってしまった。当時はそれを何とも思わなかったが、今ならば「嫌だ」と言って全力で拒否するだろう。大好きな人からの贈り物を粗末に扱ってしまったことを、今更ながらに後悔する。
そう思っていれば、不意に部屋の扉がノックされ「セレニア?」と声をかけられた。だからこそ、セレニアはハッとして「どうぞ」と答えた。
すると、部屋に足を踏み入れたのは予想通りジュードだった。彼はいつも以上にきっちりとした格好をしており、ザ・貴族の男性といった風貌だった。綺麗に撫でつけられた髪の毛が大層色っぽい。
(……ジュード様)
ジュードのその姿を見つめていると、無意識のうちに息を呑んでしまう。が、それを振り払いセレニアは「い、一緒に、お茶でもどうですか……?」とジュードのことを誘ってみた。
「……うん、じゃあ、失礼しようかな」
セレニアの上ずった声に何かを言うことはなく、ジュードはセレニアから見て対面のソファーに腰を下ろす。そうすれば、侍女が素早くお茶とお茶菓子をジュードの前に出した。
「ところで、セレニア」
お茶を一口飲んでから、ジュードはふとそう声をかけてくる。そのため、セレニアは小首をかしげれば「少し、疲れているのかな?」と優しく声をかけてくれた。
「どうして、ですか?」
確かに疲れているが、顔には出していないはずだ。
セレニアがそう思っていれば、ジュードは「なんとなく、顔色が悪いからさ」と言いながら肩をすくめていた。
けれど、セレニアからすれば顔色が悪いのは疲れからではないような気がする。……理由など、一つ。
「いえ、そういうわけでは……」
そっと目を逸らしてそう言えば、ジュードは「何か、心配事でもあるの?」と問いかけてくる。
この場合、何と答えればいいのだろうか。正直に答えて、心配させてしまうのは不本意だ。でも、ジュードのことだ。セレニアが嘘をついたところで容易く見破ってしまうはず。
「まぁ……そうですね」
だからこそ、セレニアはそっと目を伏せて正直に答えた。
セレニアの心配事とは、アビゲイルと鉢合わせないかと言うことである。あの姉は、セレニアが幸せなことを許さない。きっと彼女は、今頃セレニアが手酷く扱われていると思ってご満悦なのだろう。なので、今のセレニアの現状を知れば攻撃してくる可能性がある。
(私がひどい目に遭うのは、構わないわ。……けれど、ジュード様や使用人たちが攻撃されるのは許せそうにない)
ジュードは貴族とは言っても、成り上がりである。あまり強い権力を持っているわけではない。ましてや、セレニアの実家のライアンズ家は侯爵家。最近落ちぶれているとはいえ、高位貴族に当たる。……ジュードでは太刀打ちできないだろう。
「……その」
ジュードにはこのことを話しておくべきだ。そう思うのに、アビゲイルのことを思い出せば耐え難い頭痛が襲ってくる。侯爵家で受けたひどい扱いの数々を思い出すたびに、何とも言えない悲しみが思い浮かんで、唇が震える。
あの頃はそれが当然だと思い、あきらめていた。しかし、幸せを覚えた今、あの環境に戻ろうとは思えない。アビゲイルの引き立て役となり、彼女の機嫌を損ねないように気を引き締めて生活をする。……そんなもの、もう無理だ。
「ねぇ、セレニア」
セレニアがじっとうつむいて唇を震わせていれば、ジュードがセレニアの真横にやってくる。そのままその華奢な身体を抱きしめてくれた。そのぬくもりに、セレニアの震えが徐々に止まっていく。
「俺は、セレニアのことを何があっても放さないよ」
「ジュード、様」
「だから、セレニアに苦しいことがあるのならば、それを取り除きたい。少なくとも、俺はそう思っている」
真剣な声音でそう言われ、セレニアの心臓がとくんと音を鳴らした。
(……ここまで、愛してくださっているのね)
そう思うと、どうしようもない幸せがこみあげてくる。だから、セレニアはそっとジュードの背中に腕を回した。
「ジュード様。……私、怖いのです」
それから、ゆっくりと口を開く。ジュードの胸に顔をうずめながらそう言えば、ジュードは「……うん」と優しい相槌を打ってくれる。
その後、別の侍女が部屋のテーブルの上にお茶とお茶菓子を置いてくれる。……どうやら、セレニアのことを気遣ってくれたらしい。
「……ありがとう」
正直、朝からもみくちゃにされてくたくたなのだ。こういう些細な心遣いが嬉しい。そう思いながらセレニアはソファーに腰掛け、そのお茶を口に運ぶ。
味はほんのりと甘い。落ち着く香りで心がゆったりとする。
(……お姉様は、今頃一体何をされているのかしら?)
社交の場に顔を出すということは、自然とアビゲイルと鉢合わせる可能性があるということだ。それを理解し、心の中でそう考えてしまう。
結婚前にジュードが贈ってくれた数多くのドレスやアクセサリーはアビゲイルが持って行ってしまった。当時はそれを何とも思わなかったが、今ならば「嫌だ」と言って全力で拒否するだろう。大好きな人からの贈り物を粗末に扱ってしまったことを、今更ながらに後悔する。
そう思っていれば、不意に部屋の扉がノックされ「セレニア?」と声をかけられた。だからこそ、セレニアはハッとして「どうぞ」と答えた。
すると、部屋に足を踏み入れたのは予想通りジュードだった。彼はいつも以上にきっちりとした格好をしており、ザ・貴族の男性といった風貌だった。綺麗に撫でつけられた髪の毛が大層色っぽい。
(……ジュード様)
ジュードのその姿を見つめていると、無意識のうちに息を呑んでしまう。が、それを振り払いセレニアは「い、一緒に、お茶でもどうですか……?」とジュードのことを誘ってみた。
「……うん、じゃあ、失礼しようかな」
セレニアの上ずった声に何かを言うことはなく、ジュードはセレニアから見て対面のソファーに腰を下ろす。そうすれば、侍女が素早くお茶とお茶菓子をジュードの前に出した。
「ところで、セレニア」
お茶を一口飲んでから、ジュードはふとそう声をかけてくる。そのため、セレニアは小首をかしげれば「少し、疲れているのかな?」と優しく声をかけてくれた。
「どうして、ですか?」
確かに疲れているが、顔には出していないはずだ。
セレニアがそう思っていれば、ジュードは「なんとなく、顔色が悪いからさ」と言いながら肩をすくめていた。
けれど、セレニアからすれば顔色が悪いのは疲れからではないような気がする。……理由など、一つ。
「いえ、そういうわけでは……」
そっと目を逸らしてそう言えば、ジュードは「何か、心配事でもあるの?」と問いかけてくる。
この場合、何と答えればいいのだろうか。正直に答えて、心配させてしまうのは不本意だ。でも、ジュードのことだ。セレニアが嘘をついたところで容易く見破ってしまうはず。
「まぁ……そうですね」
だからこそ、セレニアはそっと目を伏せて正直に答えた。
セレニアの心配事とは、アビゲイルと鉢合わせないかと言うことである。あの姉は、セレニアが幸せなことを許さない。きっと彼女は、今頃セレニアが手酷く扱われていると思ってご満悦なのだろう。なので、今のセレニアの現状を知れば攻撃してくる可能性がある。
(私がひどい目に遭うのは、構わないわ。……けれど、ジュード様や使用人たちが攻撃されるのは許せそうにない)
ジュードは貴族とは言っても、成り上がりである。あまり強い権力を持っているわけではない。ましてや、セレニアの実家のライアンズ家は侯爵家。最近落ちぶれているとはいえ、高位貴族に当たる。……ジュードでは太刀打ちできないだろう。
「……その」
ジュードにはこのことを話しておくべきだ。そう思うのに、アビゲイルのことを思い出せば耐え難い頭痛が襲ってくる。侯爵家で受けたひどい扱いの数々を思い出すたびに、何とも言えない悲しみが思い浮かんで、唇が震える。
あの頃はそれが当然だと思い、あきらめていた。しかし、幸せを覚えた今、あの環境に戻ろうとは思えない。アビゲイルの引き立て役となり、彼女の機嫌を損ねないように気を引き締めて生活をする。……そんなもの、もう無理だ。
「ねぇ、セレニア」
セレニアがじっとうつむいて唇を震わせていれば、ジュードがセレニアの真横にやってくる。そのままその華奢な身体を抱きしめてくれた。そのぬくもりに、セレニアの震えが徐々に止まっていく。
「俺は、セレニアのことを何があっても放さないよ」
「ジュード、様」
「だから、セレニアに苦しいことがあるのならば、それを取り除きたい。少なくとも、俺はそう思っている」
真剣な声音でそう言われ、セレニアの心臓がとくんと音を鳴らした。
(……ここまで、愛してくださっているのね)
そう思うと、どうしようもない幸せがこみあげてくる。だから、セレニアはそっとジュードの背中に腕を回した。
「ジュード様。……私、怖いのです」
それから、ゆっくりと口を開く。ジュードの胸に顔をうずめながらそう言えば、ジュードは「……うん」と優しい相槌を打ってくれる。
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