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第一章
初夜に向けて
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その後はとにかく慌ただしかった。挙式を行い、その場で婚姻届けにサインをする。
挙式が終われば披露宴になる。メイウェザー男爵家の屋敷で開かれた披露宴は、まさに大盛況の一言に尽きた。煌びやかに飾られたパーティーホール。美味な食事の数々。有名な楽団が奏でる音楽。
しかし、それらを堪能する余裕は生憎セレニアにはなかった。ジュードの隣でにこやかに笑っているのが精いっぱいだったのだ。元々どちらかと言えば破天荒でお転婆なセレニアにとって、こういう風にお淑やかな令嬢を装うことは苦痛でしかない。
披露宴の際に身に着けるドレスもこれまたジュードが用意した淡い桃色のドレスだ。新妻に似合うような可愛らしいデザインに心を弾ませたのもつかの間。すぐに動きにくいことに気が付き、心が落ち込んだ。今まで社交の場からは遠のいてばかりだったため、こういうドレスを着るのはいつぶりか。そんなことを思いながら、セレニアは披露宴を過ごした。
そして、何処となく披露宴が解散の雰囲気になったのは日付が変わる変わらないかの時間帯だった。まぁ、セレニアはそれよりも早くに奥に引っ込み、侍女たちに甲斐甲斐しく世話を焼かれていたのだが。
「奥様にはこちらの方がお似合いでございますね」
セレニアの専属侍女の頭となったのはルネという女性だった。彼女は真っ赤な髪を動きやすいように一つにまとめ、きっちりとした侍女服を着こなしたザ・出来る女性というような恰好をしている。
そんなルネはクローゼットの中からいくつかのナイトドレスを引っ張り出し、セレニアにどれが似合うかと見繕っていく。度々ほかの侍女にも意見を求めていたが、セレニアには求めてくれない。どうやら、セレニアが相当疲れ切った顔をしていることに気が付いているらしい。
(それにしても、クローゼットの中はすごかったわね……)
先ほど一瞬だけ見えたクローゼットの中身を思い出し、セレニアはぼんやりとする。クローゼットの中には所狭しとドレスやワンピースが入っており、場合によってはアビゲイルのものよりも多かったかもしれない。私室として与えられた部屋の家具も一目見て一流のものだとわかるほどの高級品だ。色合いは女性らしい淡い色をしており、セレニアの好みにぴったりだった。
「旦那様が帰ってこられるまでに、湯あみ等も済ませましょうね」
「え、えぇ……」
「大丈夫です。殿方はこういう披露宴でお仕事のお話なども始められてしまうので、まだまだ時間はあります」
ルネはそう言ってセレニアのことを浴室に押し込んでいく。浴室の中にはバスタブが置いてあり、湯はすでに張ってあった。重苦しいドレスを脱ぎ湯に浸かれば、セレニアの心がようやくほっとした。今日一日、ずっと張りつめてばかりだった。
「しばらく、おひとりになられますか?」
セレニアが寛いでいるのを見てか、ルネがそう声をかけてくれる。そのため、セレニアは「お願いするわ」と返事をする。そうすれば、ルネは「外に侍女がおりますので、何かがあれば遠慮なく申し付けてくださいませ」と言って浴室から出て行く。
(あぁ、本当にいろいろと頭が追い付いてこないわ……)
結婚が決まったのもまだほんの一ヶ月前だというのに。あっという間に嫁に出され、あっという間に初夜を迎えている。
(そもそも、ジュード様は私よりもお仕事の方が大切でしょうし……初夜って、あるのかしら?)
ルネは先ほど「殿方はこういう場でお仕事のお話を始めてしまう」と言っていた。ジュードは実業家として名をはせているわけであるし、セレニアよりも仕事を優先してもおかしくない。実際、披露宴の最中セレニアが側に居るにもかかわらず、新作の事業の話を持ち掛けてきた男性もいたのだ。さすがにセレニアが退屈すると思ったのか、ジュードはその場では断っていたのだが。
しかし、それだけでも彼が相当仕事熱心な人物だということがわかる。そう思いながら、セレニアは湯に口元までつかる。
(この後は……えぇっと、何するんだっけ?)
初夜だと言って張り切る侍女たちをよそに、セレニアはのんびりとしていた。
それから、のんびりとしていると不意にお腹が減っていることに気が付く。コルセットでぎゅうぎゅうに締め付けていたこともあり、昼食以降何も食べられていない。披露宴の席で並べられていた料理に口をつけることもできていない。
(この後、ジュード様がお戻りになられるまでに何か食べられないかしら?)
こういう時、実家ならば親しい料理人に賄を分けてもらうのだが、ここではそうはいかないだろう。そういう点ではここは不便な場所かもしれない。
そんなことを思っていれば、浴室の扉がノックされる。浴室に置いてある時計を見れば、かれこれ十分は一人になっていたようだ。それに気が付き、セレニアは「どうぞ」と返事をした。
「奥様。そろそろ、よろしいでしょうか?」
それは多分、準備とかそういうことだろう。それを察し、セレニアはよそ行きの笑みを浮かべて「わかったわ」と返事をした。
挙式が終われば披露宴になる。メイウェザー男爵家の屋敷で開かれた披露宴は、まさに大盛況の一言に尽きた。煌びやかに飾られたパーティーホール。美味な食事の数々。有名な楽団が奏でる音楽。
しかし、それらを堪能する余裕は生憎セレニアにはなかった。ジュードの隣でにこやかに笑っているのが精いっぱいだったのだ。元々どちらかと言えば破天荒でお転婆なセレニアにとって、こういう風にお淑やかな令嬢を装うことは苦痛でしかない。
披露宴の際に身に着けるドレスもこれまたジュードが用意した淡い桃色のドレスだ。新妻に似合うような可愛らしいデザインに心を弾ませたのもつかの間。すぐに動きにくいことに気が付き、心が落ち込んだ。今まで社交の場からは遠のいてばかりだったため、こういうドレスを着るのはいつぶりか。そんなことを思いながら、セレニアは披露宴を過ごした。
そして、何処となく披露宴が解散の雰囲気になったのは日付が変わる変わらないかの時間帯だった。まぁ、セレニアはそれよりも早くに奥に引っ込み、侍女たちに甲斐甲斐しく世話を焼かれていたのだが。
「奥様にはこちらの方がお似合いでございますね」
セレニアの専属侍女の頭となったのはルネという女性だった。彼女は真っ赤な髪を動きやすいように一つにまとめ、きっちりとした侍女服を着こなしたザ・出来る女性というような恰好をしている。
そんなルネはクローゼットの中からいくつかのナイトドレスを引っ張り出し、セレニアにどれが似合うかと見繕っていく。度々ほかの侍女にも意見を求めていたが、セレニアには求めてくれない。どうやら、セレニアが相当疲れ切った顔をしていることに気が付いているらしい。
(それにしても、クローゼットの中はすごかったわね……)
先ほど一瞬だけ見えたクローゼットの中身を思い出し、セレニアはぼんやりとする。クローゼットの中には所狭しとドレスやワンピースが入っており、場合によってはアビゲイルのものよりも多かったかもしれない。私室として与えられた部屋の家具も一目見て一流のものだとわかるほどの高級品だ。色合いは女性らしい淡い色をしており、セレニアの好みにぴったりだった。
「旦那様が帰ってこられるまでに、湯あみ等も済ませましょうね」
「え、えぇ……」
「大丈夫です。殿方はこういう披露宴でお仕事のお話なども始められてしまうので、まだまだ時間はあります」
ルネはそう言ってセレニアのことを浴室に押し込んでいく。浴室の中にはバスタブが置いてあり、湯はすでに張ってあった。重苦しいドレスを脱ぎ湯に浸かれば、セレニアの心がようやくほっとした。今日一日、ずっと張りつめてばかりだった。
「しばらく、おひとりになられますか?」
セレニアが寛いでいるのを見てか、ルネがそう声をかけてくれる。そのため、セレニアは「お願いするわ」と返事をする。そうすれば、ルネは「外に侍女がおりますので、何かがあれば遠慮なく申し付けてくださいませ」と言って浴室から出て行く。
(あぁ、本当にいろいろと頭が追い付いてこないわ……)
結婚が決まったのもまだほんの一ヶ月前だというのに。あっという間に嫁に出され、あっという間に初夜を迎えている。
(そもそも、ジュード様は私よりもお仕事の方が大切でしょうし……初夜って、あるのかしら?)
ルネは先ほど「殿方はこういう場でお仕事のお話を始めてしまう」と言っていた。ジュードは実業家として名をはせているわけであるし、セレニアよりも仕事を優先してもおかしくない。実際、披露宴の最中セレニアが側に居るにもかかわらず、新作の事業の話を持ち掛けてきた男性もいたのだ。さすがにセレニアが退屈すると思ったのか、ジュードはその場では断っていたのだが。
しかし、それだけでも彼が相当仕事熱心な人物だということがわかる。そう思いながら、セレニアは湯に口元までつかる。
(この後は……えぇっと、何するんだっけ?)
初夜だと言って張り切る侍女たちをよそに、セレニアはのんびりとしていた。
それから、のんびりとしていると不意にお腹が減っていることに気が付く。コルセットでぎゅうぎゅうに締め付けていたこともあり、昼食以降何も食べられていない。披露宴の席で並べられていた料理に口をつけることもできていない。
(この後、ジュード様がお戻りになられるまでに何か食べられないかしら?)
こういう時、実家ならば親しい料理人に賄を分けてもらうのだが、ここではそうはいかないだろう。そういう点ではここは不便な場所かもしれない。
そんなことを思っていれば、浴室の扉がノックされる。浴室に置いてある時計を見れば、かれこれ十分は一人になっていたようだ。それに気が付き、セレニアは「どうぞ」と返事をした。
「奥様。そろそろ、よろしいでしょうか?」
それは多分、準備とかそういうことだろう。それを察し、セレニアはよそ行きの笑みを浮かべて「わかったわ」と返事をした。
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