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本編
6.
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「さ、さ、触っていい……?」
「……どうぞ」
その言葉を聞き、朱夏は巽の方に近づき恐る恐るといった風に巽の胸に手を当てる。そうすれば、朱夏の心の中に幸福感が広がっていく。
いつもいつも遠目から見ているだけだった理想がここにはある。そう思った瞬間――いてもたってもいられなくて、そのまま抱き着いてしまった。
「ちょ……!」
上から巽の戸惑うような声が聞こえてくる。けれど、朱夏は離さない。いや、離してたまるものか。そんな風に考え、巽の胸に頬ずりをする。もう、幸福感でこのまま死んでも構わない。
(あぁ、いっそこのまま抱きしめられて窒息死したいぃ……!)
朱夏が内心で大絶叫しているとも知らない巽はただ困惑しているだろう。そんな想像をしながら、朱夏は上目遣いになり巽の顔を見上げる。すると、彼は顔を真っ赤にしながら朱夏から視線を逸らしていた。
どうにも、巽は朱夏が想像する以上に女性慣れしていないらしい。そう思いながらも、朱夏は「……秋風君?」と声をかけてみる。そうすれば、彼は「……も、もういいですよね?」と言ってきた。
朱夏としてはまだまだ触れていたいのだ。だけど、これ以上無理強いすることは許されない。自分は触らせてもらっている身なのだから、これ以上はオプション料金を出さないと無理だろう。そう思う。
「……辻、さんって、そういう人、だったんですね」
頭の上から何処となく息を呑むような音とそんな言葉が聞こえてくる。だからこそ、朱夏は少し不貞腐れたように「……朱夏って、呼んで」と抗議してみる。
(この際、この際少しでも距離を縮めるの……!)
いずれは恋人同士になりたい。そして、何のためらいもなく抱きしめてほしい。朱夏がそんなことを思っていれば、巽は少し気まずそうに視線を逸らしながら「……朱夏、さん」と名前を呼んでくれた。さん付けなんてしなくていいのに。一瞬だけそう思ったが、巽は丁寧な性格だ。いきなり呼び捨てなんて難しいのだろう。
「……私も、名前で呼んでいい?」
「……どうぞ」
朱夏のおねだりに巽が折れるのは早かった。彼はまた息を呑んで朱夏を見下ろす。その目が揺れているのに気が付いて、朱夏は小首をかしげた。どうして、彼はこんなにも朱夏を見て息を呑むのだろうか。
そんなことを思ったが、朱夏の取っていた体勢が少々いただけなかった。巽に抱き着きながら上目遣いになる朱夏の様子は、大層欲情的なのだ。しかし、朱夏自身はそれに気が付かない。
「今日は、もう遅いんで泊って行ってください。俺は、適当に友人の部屋にでも泊ってきます」
頭を抱えながら巽がそう言う。確かに時計の針は日付を変わる直前を指しており、今から女性一人で歩くのは危険だろう。けれど、何も巽が出て行く必要はないはずだ。朱夏がそう思い「出て行かなくても……」と零せば、彼は「……襲いそう、なんですよ」と小さな声でとんでもないことを言う。
「……俺、朱夏、さんのこと……いいなぁって、実は思ってて……」
「え?」
「ずっとずーっと目で追って来たんです。けど、朱夏さんみたいなきれいな人が俺のことを見てくれるわけがないって、思ってまして」
なんだそれは。一瞬だけそう思って目をぱちぱちと瞬かせていれば、巽の手が朱夏の頬に添えられる。
「……その、キスとかしたくなるので、俺、外に出てきますね……」
それは一種の警告だったのだろう。
巽が朱夏から離れ立ち上がる。……もしかして、これはチャンスなのではないだろうか? 朱夏の中に邪な感情が生まれ……巽がシャツを拾って着ようとした瞬間を狙って、朱夏は彼の背に抱き着く。その瞬間、巽の身体が露骨に震えた。
「い、いいよ。いい、全然いい!」
「……はい?」
「キスしよ? むしろ、それ以上のことでもいいからぁぁぁ~!」
むしろ、既成事実を作って嫁にしてほしい。そうすれば、この筋肉は朱夏のものだ。朱夏がずっとそばにいることが出来る。もう完全に心の中は下心で満載だった。
「……い、いや」
「っていうか、両想いだったら付き合ってもいいよね? 恋人になろうよ。いっそ、結婚しよう?」
一度ストッパーが壊れてしまえば、もう朱夏は暴走して止まらない。幼少期に散々「暴走列車」と呼ばれていた朱夏なのだ。これくらいで負けるわけがない。それに、もう暴走は始まっている。そこにアルコールという勢いが加わっている。もう、誰にも止めることは出来ない。
「え、えぇ……」
「お願いだから!」
「俺、めちゃくちゃ重いですよ?」
「いいよ。私もめちゃくちゃ重いから」
朱夏のその言葉に、巽は頭を抱えながら「いっそ、俺以外の男と話してほしくないレベルですよ?」と問いかけてくる。そのため、朱夏は「私も、私も巽君に私以外の女の子と話してほしくない!」と変なところで張り合う。
「閉じ込めるかも……」
「いいよ。巽君が愛してくれるなら、それも受け入れるから」
「え、えぇ……」
若干彼が引いている。言った方が、引いている。それに気が付かずに、朱夏は「ね? キスして?」と強請ってみる。……もう、完全に痴女だった。
「……どうぞ」
その言葉を聞き、朱夏は巽の方に近づき恐る恐るといった風に巽の胸に手を当てる。そうすれば、朱夏の心の中に幸福感が広がっていく。
いつもいつも遠目から見ているだけだった理想がここにはある。そう思った瞬間――いてもたってもいられなくて、そのまま抱き着いてしまった。
「ちょ……!」
上から巽の戸惑うような声が聞こえてくる。けれど、朱夏は離さない。いや、離してたまるものか。そんな風に考え、巽の胸に頬ずりをする。もう、幸福感でこのまま死んでも構わない。
(あぁ、いっそこのまま抱きしめられて窒息死したいぃ……!)
朱夏が内心で大絶叫しているとも知らない巽はただ困惑しているだろう。そんな想像をしながら、朱夏は上目遣いになり巽の顔を見上げる。すると、彼は顔を真っ赤にしながら朱夏から視線を逸らしていた。
どうにも、巽は朱夏が想像する以上に女性慣れしていないらしい。そう思いながらも、朱夏は「……秋風君?」と声をかけてみる。そうすれば、彼は「……も、もういいですよね?」と言ってきた。
朱夏としてはまだまだ触れていたいのだ。だけど、これ以上無理強いすることは許されない。自分は触らせてもらっている身なのだから、これ以上はオプション料金を出さないと無理だろう。そう思う。
「……辻、さんって、そういう人、だったんですね」
頭の上から何処となく息を呑むような音とそんな言葉が聞こえてくる。だからこそ、朱夏は少し不貞腐れたように「……朱夏って、呼んで」と抗議してみる。
(この際、この際少しでも距離を縮めるの……!)
いずれは恋人同士になりたい。そして、何のためらいもなく抱きしめてほしい。朱夏がそんなことを思っていれば、巽は少し気まずそうに視線を逸らしながら「……朱夏、さん」と名前を呼んでくれた。さん付けなんてしなくていいのに。一瞬だけそう思ったが、巽は丁寧な性格だ。いきなり呼び捨てなんて難しいのだろう。
「……私も、名前で呼んでいい?」
「……どうぞ」
朱夏のおねだりに巽が折れるのは早かった。彼はまた息を呑んで朱夏を見下ろす。その目が揺れているのに気が付いて、朱夏は小首をかしげた。どうして、彼はこんなにも朱夏を見て息を呑むのだろうか。
そんなことを思ったが、朱夏の取っていた体勢が少々いただけなかった。巽に抱き着きながら上目遣いになる朱夏の様子は、大層欲情的なのだ。しかし、朱夏自身はそれに気が付かない。
「今日は、もう遅いんで泊って行ってください。俺は、適当に友人の部屋にでも泊ってきます」
頭を抱えながら巽がそう言う。確かに時計の針は日付を変わる直前を指しており、今から女性一人で歩くのは危険だろう。けれど、何も巽が出て行く必要はないはずだ。朱夏がそう思い「出て行かなくても……」と零せば、彼は「……襲いそう、なんですよ」と小さな声でとんでもないことを言う。
「……俺、朱夏、さんのこと……いいなぁって、実は思ってて……」
「え?」
「ずっとずーっと目で追って来たんです。けど、朱夏さんみたいなきれいな人が俺のことを見てくれるわけがないって、思ってまして」
なんだそれは。一瞬だけそう思って目をぱちぱちと瞬かせていれば、巽の手が朱夏の頬に添えられる。
「……その、キスとかしたくなるので、俺、外に出てきますね……」
それは一種の警告だったのだろう。
巽が朱夏から離れ立ち上がる。……もしかして、これはチャンスなのではないだろうか? 朱夏の中に邪な感情が生まれ……巽がシャツを拾って着ようとした瞬間を狙って、朱夏は彼の背に抱き着く。その瞬間、巽の身体が露骨に震えた。
「い、いいよ。いい、全然いい!」
「……はい?」
「キスしよ? むしろ、それ以上のことでもいいからぁぁぁ~!」
むしろ、既成事実を作って嫁にしてほしい。そうすれば、この筋肉は朱夏のものだ。朱夏がずっとそばにいることが出来る。もう完全に心の中は下心で満載だった。
「……い、いや」
「っていうか、両想いだったら付き合ってもいいよね? 恋人になろうよ。いっそ、結婚しよう?」
一度ストッパーが壊れてしまえば、もう朱夏は暴走して止まらない。幼少期に散々「暴走列車」と呼ばれていた朱夏なのだ。これくらいで負けるわけがない。それに、もう暴走は始まっている。そこにアルコールという勢いが加わっている。もう、誰にも止めることは出来ない。
「え、えぇ……」
「お願いだから!」
「俺、めちゃくちゃ重いですよ?」
「いいよ。私もめちゃくちゃ重いから」
朱夏のその言葉に、巽は頭を抱えながら「いっそ、俺以外の男と話してほしくないレベルですよ?」と問いかけてくる。そのため、朱夏は「私も、私も巽君に私以外の女の子と話してほしくない!」と変なところで張り合う。
「閉じ込めるかも……」
「いいよ。巽君が愛してくれるなら、それも受け入れるから」
「え、えぇ……」
若干彼が引いている。言った方が、引いている。それに気が付かずに、朱夏は「ね? キスして?」と強請ってみる。……もう、完全に痴女だった。
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