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本編
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「あんまりきれいじゃないですからね……」
そう言って巽は自身の住まう学生アパートの部屋の鍵を開け、扉を開く。
彼は結局朱夏のごり押しに勝てなかったらしく、巽は朱夏を自身が住まうアパートの一室に入れてくれることになった。とはいっても、朱夏の「身体を触らせて!」という痴女発言にはかなり引いていたのだが。
アパートはワンルームであり、入り口の近くにキッチンがある。奥は居住スペースらしく、ベッドと簡素なテーブルが置いてあるだけだった。クローゼットの扉は閉められており、あまり物は多くない。簡素な部屋に朱夏が周囲を見渡していれば、巽は「……お茶でも出しますんで」と言って朱夏に居住スペースに入るようにと促す。
「お、お邪魔します……」
そして、この時の朱夏はほとんど素面であった。夜風に当たって歩いているうちに、酔いが醒めてしまったのだ。そうなれば、自分がいかに無茶ぶりをしたのかがよく分かってしまう。顔を真っ赤にして奥の部屋に足を踏み入れ、部屋の中を見渡す。やはり、物は多くない。
テーブルの前に腰を下ろせば、すぐに巽がコップに入った麦茶を持ってきてくれた。それでのどを潤せば、余計に自分のやったことがはた迷惑な痴女行為だったことに気が付く。その所為で顔を真っ赤にしていれば、巽が朱夏の真正面に腰を下ろす。
「……」
その後、無言で見つめ合う。朱夏は必死に話題を探すものの、異性とどういう風に話せばいいかがわからず口をもごもごと動かすだけだった。それに対し、巽もほぼ同じらしく朱夏の顔をじっと見つめてくる。
「えぇっと、本当に、ごめんなさい……」
結局いたたまれなくなり朱夏は謝罪した。こんなはた迷惑な女を夜道に放り出さずにつれてきてくれた巽には感謝するしかない。そう思い頭を下げれば、巽は「いえ、別に」と言っていた。
「友人に同じようなタイプがいるので、介抱するのは慣れています」
淡々とそう告げられるものの、朱夏は「……女の子?」と問いかけてしまった。もしも、その友人が巽の好きな人ならば。そう思ったのだが、彼は「男です」と淡々と答えてくれる。
「小中と同じで、高校は別でした。ただ、大学はまた一緒で……」
「あの、いつも一緒にいる人?」
「そうですね」
朱夏の言葉に巽は何の疑問も抱かずに答える。
巽の側にはいつも軽薄そうな明るい男性がいた。タイプの違う彼と巽がどうして仲がいいのかと思っていたが、どうやら幼馴染らしい。気心が知れているという点では、一緒にいて楽なのかもしれない。
「俺からも一つ、いいですか?」
「……あ、はい」
改まったようにそう声をかけられ、朱夏は緊張のあまり視線を彷徨わせる。もしかしたら、注意されるのかもしれない。いや、間違いなく注意される。朱夏ほどの美女があんな風になっていれば、邪な考えを持つ男性も近づいてくるだろう。ちなみに、今回邪な感情を持ったのは間違いなく朱夏の方である。
「身体触らせてって、あれ、どういう意味ですか?」
しかし、違った。そう思いほっと息を吐くものの、朱夏はどう答えればいいかと考える。素直に筋肉が好きなんです! と言ってもいいのだが、困らせてしまった手前素直に言うことは出来なかった。
(でも、ここで言わないと触れないわよね……)
だが、人間とは欲深い生き物だ。朱夏の目の前に現れた理想の人。触れるのならば、この際羞恥心も醜態も捨ててしまおう。そう考え「……わた、し」と俯いて口を開く。
「私、たくましい人が好き、なの……」
「……え?」
「そ、そういう筋肉がある人が、好きで、その……。つ、つまり、秋風君みたいな人が、理想、で……」
しどろもどろになりながらそう言えば、巽は「はぁ」と呆れたような声を発する。
「そう言われたの、初めてです」
そして、彼はそう零す。それに対し、朱夏は「ちょっと、ちょーっとだけでいいから……」と言ってテーブルをバンっとたたいた。
「私も代わりに何かするから!」
「そういうの、あんまり言わない方が良いですよ」
「いいの、秋風君にしか言わないから!」
朱夏は巽が真摯な人だと知っている。今までずっとずーっと見つめてきたのだ。彼の言動や行動からするに、ここで朱夏を貶めようとしたり、手籠めにするような人ではないとわかっている。だからこそそう言ったのだが、彼は困ったように眉を下げる。
「……まぁ、触るくらいなら」
それから、彼の口はそんなことを言ってくれた。
その言葉を聞いて、朱夏は「いいの⁉」と言って身を乗り出す。それを見て、巽は若干引いたような表情になりながらも、うなずいた。
「じゃあ、上半身脱いで!」
「……えぇ……」
でも、さすがにそれは予想外だったらしく、一旦抗議の声を上げる。が、すぐに自身が身に纏っていたシャツを脱ぐ。シンプルなシャツを脱げば、そこから現れたのは引き締まった身体。見事なまでの、朱夏の理想だった。
そう言って巽は自身の住まう学生アパートの部屋の鍵を開け、扉を開く。
彼は結局朱夏のごり押しに勝てなかったらしく、巽は朱夏を自身が住まうアパートの一室に入れてくれることになった。とはいっても、朱夏の「身体を触らせて!」という痴女発言にはかなり引いていたのだが。
アパートはワンルームであり、入り口の近くにキッチンがある。奥は居住スペースらしく、ベッドと簡素なテーブルが置いてあるだけだった。クローゼットの扉は閉められており、あまり物は多くない。簡素な部屋に朱夏が周囲を見渡していれば、巽は「……お茶でも出しますんで」と言って朱夏に居住スペースに入るようにと促す。
「お、お邪魔します……」
そして、この時の朱夏はほとんど素面であった。夜風に当たって歩いているうちに、酔いが醒めてしまったのだ。そうなれば、自分がいかに無茶ぶりをしたのかがよく分かってしまう。顔を真っ赤にして奥の部屋に足を踏み入れ、部屋の中を見渡す。やはり、物は多くない。
テーブルの前に腰を下ろせば、すぐに巽がコップに入った麦茶を持ってきてくれた。それでのどを潤せば、余計に自分のやったことがはた迷惑な痴女行為だったことに気が付く。その所為で顔を真っ赤にしていれば、巽が朱夏の真正面に腰を下ろす。
「……」
その後、無言で見つめ合う。朱夏は必死に話題を探すものの、異性とどういう風に話せばいいかがわからず口をもごもごと動かすだけだった。それに対し、巽もほぼ同じらしく朱夏の顔をじっと見つめてくる。
「えぇっと、本当に、ごめんなさい……」
結局いたたまれなくなり朱夏は謝罪した。こんなはた迷惑な女を夜道に放り出さずにつれてきてくれた巽には感謝するしかない。そう思い頭を下げれば、巽は「いえ、別に」と言っていた。
「友人に同じようなタイプがいるので、介抱するのは慣れています」
淡々とそう告げられるものの、朱夏は「……女の子?」と問いかけてしまった。もしも、その友人が巽の好きな人ならば。そう思ったのだが、彼は「男です」と淡々と答えてくれる。
「小中と同じで、高校は別でした。ただ、大学はまた一緒で……」
「あの、いつも一緒にいる人?」
「そうですね」
朱夏の言葉に巽は何の疑問も抱かずに答える。
巽の側にはいつも軽薄そうな明るい男性がいた。タイプの違う彼と巽がどうして仲がいいのかと思っていたが、どうやら幼馴染らしい。気心が知れているという点では、一緒にいて楽なのかもしれない。
「俺からも一つ、いいですか?」
「……あ、はい」
改まったようにそう声をかけられ、朱夏は緊張のあまり視線を彷徨わせる。もしかしたら、注意されるのかもしれない。いや、間違いなく注意される。朱夏ほどの美女があんな風になっていれば、邪な考えを持つ男性も近づいてくるだろう。ちなみに、今回邪な感情を持ったのは間違いなく朱夏の方である。
「身体触らせてって、あれ、どういう意味ですか?」
しかし、違った。そう思いほっと息を吐くものの、朱夏はどう答えればいいかと考える。素直に筋肉が好きなんです! と言ってもいいのだが、困らせてしまった手前素直に言うことは出来なかった。
(でも、ここで言わないと触れないわよね……)
だが、人間とは欲深い生き物だ。朱夏の目の前に現れた理想の人。触れるのならば、この際羞恥心も醜態も捨ててしまおう。そう考え「……わた、し」と俯いて口を開く。
「私、たくましい人が好き、なの……」
「……え?」
「そ、そういう筋肉がある人が、好きで、その……。つ、つまり、秋風君みたいな人が、理想、で……」
しどろもどろになりながらそう言えば、巽は「はぁ」と呆れたような声を発する。
「そう言われたの、初めてです」
そして、彼はそう零す。それに対し、朱夏は「ちょっと、ちょーっとだけでいいから……」と言ってテーブルをバンっとたたいた。
「私も代わりに何かするから!」
「そういうの、あんまり言わない方が良いですよ」
「いいの、秋風君にしか言わないから!」
朱夏は巽が真摯な人だと知っている。今までずっとずーっと見つめてきたのだ。彼の言動や行動からするに、ここで朱夏を貶めようとしたり、手籠めにするような人ではないとわかっている。だからこそそう言ったのだが、彼は困ったように眉を下げる。
「……まぁ、触るくらいなら」
それから、彼の口はそんなことを言ってくれた。
その言葉を聞いて、朱夏は「いいの⁉」と言って身を乗り出す。それを見て、巽は若干引いたような表情になりながらも、うなずいた。
「じゃあ、上半身脱いで!」
「……えぇ……」
でも、さすがにそれは予想外だったらしく、一旦抗議の声を上げる。が、すぐに自身が身に纏っていたシャツを脱ぐ。シンプルなシャツを脱げば、そこから現れたのは引き締まった身体。見事なまでの、朱夏の理想だった。
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