上 下
1 / 13
本編

1.

しおりを挟む
 つじ 朱夏あやか。その名前は、この私立大学に通っていれば誰もが知っている名前である。

 何故ならば、彼女は――大層な美女なのだ。

 つややかな肩の上までの黒髪と、ぱっちりとした黒い目。すらりとした体躯なのに、胸は少し大きめ。背丈は平均よりも少し上だろうか。朱夏が歩けば、周囲の人間は皆道を開ける。その美しき彼女を一目見ようと、男子学生は列をなす。

 日々告白されることは当たり前であるものの、その容姿を鼻にかけない性格から妬まれることは少ない。というよりも、彼女は男性を側に寄せ付けないのだ。どんなに人気のある男性が言い寄ったところで、彼女は一言「ごめんなさい」と言うだけ。

 その所為なのだろうか。大学に入学して三年、朱夏を言い表す言葉が出来てしまった。

 それは――『難攻不落』。

 どんなに容姿の整った男性でも落とせないことから、つけられた呼び名。

 噂では過去に男性にこっぴどくフラれたとか、恋愛にトラウマがあるとか。男性嫌いだとか様々なうわさが飛び交う。けれど、朱夏はその一つ一つを否定することもなく、肯定することもなかった。

 そもそも、朱夏にとってその噂はどうでもいいことなのだ。だって、どれだけ容姿が優れていても――好みの男性にモテなければ、この容姿はごみ以下なのだから。

 ◇◆◇

 朱夏が通っている大学は、スポーツが盛んであり全国でも名をとどろかせる大学である。朱夏自身は運動がそこまで好きというわけではないが、家が近いためこの大学に入学を希望し入学した。下宿費などは出来る限り使いたくなかったためだ。そもそも、朱夏は勉強ができる。そのため、勉学での特待生として入学し、三年生になった今でも奨励生として学費は半額免除だった。

 その日、朱夏は構内の食堂の隅にて二人の友人と共に雑誌を広げていた。この時間は食堂は閑散としており、学生は少ない。そういうこともあり、この場で朱夏は趣味を隠す必要がなかったのだ。

「あぁ、素敵だわ。見てみて――この、筋肉!」

 スポーツ雑誌を広げ、朱夏は一人の男性を指さす。その男性はラグビー選手であり、たくましい身体をしていた。それが、朱夏の好みにぴったりだった。

「ははは……」

 友人の一人である梨央りおは苦笑を浮かべ、目をキラキラとさせる朱夏を見つめていた。

 梨央はつややかな明るい茶色の髪をした美しい女性である。その派手な見た目とは裏腹に世話焼きな性格だったりする。入学式の日、一番初めに朱夏に声をかけたのも梨央だった。

「あぁ、もうっ! たまらないわ! こういう男性と付き合いたい!」

 周囲に人がいないことを好機とばかりに、朱夏はそう言いながら雑誌を嘗め回すように見つめる。

 その発言に苦笑を浮かべ、梨央は「……っていうか、朱夏好きな人いるじゃない」と言いながら頬杖をついていた。その一言に、朱夏は硬直してしまう。

 そう、朱夏には好きな人がいる。入学してすぐの頃。落とし物を拾ってくれた素敵な同期生。

 乱雑に切られた黒色の髪と、鋭い黒色の目。体格はがっしりとしており、服の上からでもそのたくましい身体つきがよく分かった。背丈は高く、朱夏が声をかけられ見上げた瞬間、恋に落ちた。

「で、でもっ! 恥ずかしすぎて、話しかけられないのよぉ……!」
「……いや、朱夏が声をかければどの男もいちころだって」

 カフェラテをすする梨央を横目に、朱夏は頬を押さえながら「だ、だって、だってぇ……!」と言いながらもだえる。

「だって、彼に声をかけようとしたら絶対に邪魔が来て、その間に彼に逃げられるのよ。私、きっと嫌われているんだわ」
「それはないと思うよ」

 冷静な梨央の言葉にも、朱夏は反応できない。

「そもそもよ? あんななよなよとした男は私に声をかけてくるなっての! 私が好きなのは、たくましいスポーツマンなんだからっ!」
「はいはい」

 朱夏のその言葉に梨央は適当に相槌を打つ。

 辻 朱夏。彼女は――とにかく初恋を拗らせた、筋肉フェチの女子大生だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。

水鏡あかり
恋愛
 姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。  真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。  しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。 主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

寡黙な彼は欲望を我慢している

山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。 夜の触れ合いも淡白になった。 彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。 「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」 すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

鬼畜外科医から溺愛求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
鬼畜外科医から溺愛求愛されちゃいました

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

処理中です...