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第2章

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「あ、亜玲! 落ち着いて」
「俺は落ち着いてる。普通だよ」

 絶対に嘘だ。亜玲の手は震えている。あの言動もどう考えても正常なときに出るようなものじゃない。

 ――亜玲は落ち着いていない。

 突然亜玲が俺の身体を引き寄せた。そして、俺の首筋に顔をうずめる。まるで、縋っているみたいだ。

「なぁ、ここは人目が――」

 身体を引きはがそうともがく。

 周囲の目が何事かとこちらを見ているのがわかる。痴話喧嘩の時点である程度の視線は集まっていた。そこに、亜玲のこの状態だ。注目されないわけがない。

「そんなの関係ない。祈が、祈が悪いからっ――!」

 これじゃあまるで駄々っ子だ。普段は余裕たっぷりな亜玲が、余裕を崩している。むしろ、余裕なんて欠片もない。

(――俺が、悪いのか?)

 そりゃそうだ。

 亜玲の地雷を知らずに踏み抜いたのは俺だ。今回のことは知らなかったとはいえ、俺に責任がないわけじゃない。

(けど、どこで亜玲の地雷を踏み抜いたのかが、わからない)

 原因とか理由がわからない以上、謝ったところで意味なんてないだろう。

 そう思ったから、俺は必死に思考回路を動かした。

 互いになかったことにとか、もう関わるなとか。そんなことを言った覚えしかない。

 ――それ以外には、なにも。

「祈っ!」

 亜玲が俺の身体を抱きしめる。

 人目があることもお構いなしな行動だった。けど、俺は恥ずかしい。

 潰されてしまいそうなほどに強く抱きしめられて、どうしようかと焦る。

 頭は現状を理解していないのに、手は動いていた。亜玲の背中をゆっくりと撫でる。

「亜玲、一旦落ち着こう。な?」

 規則正しくとんとんと亜玲の背中をたたいて、声をかけた。

 今の亜玲は平常じゃない。まず、冷静にしなくちゃならない。

「適当な場所で休憩しよう。どっかのレストランにでも入る? それとも、フードコートにでも行く?」

 背中を撫でて、軽くたたいて。俺は亜玲に声をかけ続けた。

 少しして、荒かった亜玲の呼吸が落ち着いてきたのがわかった。

 ――あと、少し。

「な、亜玲。――本当にお前はなにも変わってないよ」

 口が言葉をつむいでいた。

 亜玲は昔もこうだった。俺の前でだけは、感情を隠さない。ほかの人の前では強がっていい子を演じていたくせに、俺の前でだけは感情を露わにするような男だった。

「だから、な。少し移動しよう」

 目を瞑って、亜玲にゆっくりと声をかけた。亜玲は俺に縋りついてくる。

「祈――どこにも、いかない?」
「あぁ、どこにもいかないよ。――今のところは、だけど」

 最後の言葉はついつい付け足してしまった。

 亜玲は俺の言葉に納得してくれたようだ。俺を抱きしめる腕の力を緩める。俺は亜玲の腕の中から抜け出した。

「俺、フードコートのほうがいい」
「了解。じゃ、行こ」

 亜玲の手首をつかんで、ゆっくりと歩き出す。指は絡めなかった。

 だけど亜玲が俺の意見も聞かずに指を強引に絡めてくる。

 ――こういうところも、そのままだ。

(なんだろうな。亜玲、お前はなにが怖いんだ?)

 問いかけることが出来たらいいのに。問いかける勇気が出ない。だって、そうじゃないか。

 問いかけたら、亜玲のことを嫌いで居続けることが出来ないような気がした。そして、放り出すことが許されなくなるような気がする。

 亜玲の事情を知りたい。いや、知りたくない。知る権利なんてない。

 頭の中で様々なことが反復して、唇をかんだ。どうするのが正解だろうか。どうするのが――。

(どうやったら、亜玲の苦しみを取り除けるんだ――?)

 我ながらお人好しが過ぎるとは思う。亜玲には散々ひどいことをされたともわかっている。

 俺は亜玲にほだされているだけだ。わかってる。
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