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第1章

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 それから、先輩の部屋を出る。

 時間が時間なので、外はすっかり暗くなっていた。街灯がぽつぽつと周囲を照らしていて、見慣れた街並みなのになんだか幻想的だ。

 多分、俺も相当酔っているな。そう思って、口元を緩める。

(……なんだか、どうでもいいや)

 先輩に話を聞いてもらったからか、すっきりとした気分だ。

 俺にだって、いつかは運命の人が現れるだろう。その人物は亜玲にも靡かなくて、きっと俺を、俺だけを愛してくれる。

(なんて、子供じゃあるまいに)

 ぎゅっと胸の前で手を握って、苦笑を浮かべる。誰もいない道を見ていると、まるでこの世界に俺だけが取り残されたかのような錯覚に陥った。

 ……あぁ、寂しい。

 不意に、胸の中にそんな感情がこみあげてくる。

 けれど、その考えを打ち消すように首を横に振る。

(っていうか、そもそも亜玲が俺の恋人を奪わなかったら……)

 こうは、ならなかったんだ。

 そんな考えが頭の中に浮かび上がると、また怒りがこみあげてくる。

 ……先輩は亜玲と話すのが一番だって言っていた。……正直なところ、俺は亜玲と話なんてしたくない。顔も見たくない。

(しかしまぁ、さすがにずっとこのままなのはダメだよな……)

 視線を彷徨わせる。……ここは、亜玲の住むアパートの近くだ。

 ……どうしようか。少し、話がしたいと会いに行こうか。

(そうだ。これは、俺自身のため。亜玲の愚かな行動を、改めさせるための行動なんだ)

 自分を正当化するような言葉を頭の中に並べて、俺は脚を踏み出した。

 亜玲の住むアパートは五階建ての立派な建物だ。これは裕福な家の学生が住まうアパート。……俺みたいな平々凡々の一般人には縁のない場所。

(確か、亜玲は……)

 三階の角部屋に住んでいたはずだ。階段を上っていると、なんだか心臓がバクバクと嫌な音を立て始める。

「……亜玲は、俺に抗議されてどう思うんだろうな」

 ぽつりとそう言葉を零してしまう。亜玲は俺のことを見下しているのだろう。

 だから、あんなことが出来るのだ。

 ……考えるだけで、腹が立って仕方がない。

 亜玲の部屋の前に立って、一旦深呼吸。とりあえず、インターフォンのボタンを押そう。

 そう思って震える手をインターホンに伸ばした。そのとき、後ろから手首を掴まれた。

「――っ!」

 驚いて、慌てて振り返った。視線の先には見知った顔の人物――亜玲が、いた。

「こんな深夜に誰が訪問してきたのかと思ったら、祈だったんだ」

 亜玲は暗闇でもわかるような柔和な笑みを浮かべて、俺を見つめる。奴の手にはビニール袋。

 この近くのコンビニにでも行ってきたんだろうか。

「っていうか、こんな深夜に訪ねてくるなんて、初めてじゃない?」
「……昼間も訪ねたことはない」
「そうだっけ?」

 きょとんとした表情を浮かべつつ、亜玲は部屋の鍵を開ける。扉を開けて、亜玲は目線だけで俺に「入れ」と促してきた。

 ……俺は、その場に立ち尽くすことしか出来ない。

「……入らないの?」

 亜玲がその大きな目をぱちぱちと瞬かせて、そう問いかけてくる。

 ……別に、話がしたいだけなんだけれど。

「……別に、ちょっと話がしたいだけだし。立ち話でいい」

 小さな声で、そう言う。亜玲は俺の言葉に少し考えるような素振りを見せた。

「……立ち話っていっても、もう日付も変わる頃合いだしね。ここで立ち話をするのは、ほかの住民の迷惑になるんだけれど」
「っつ……わかった、入る」

 そう言われたら、入るしかなかった。

 俺は恐る恐る亜玲の部屋に足を踏み入れる。

 玄関で靴を脱いで、リビングらしき部屋に入った。ワンルームじゃないのは、さすがというべきか。

「……それにしても、祈がここに来るなんてね」

 亜玲がそう呟いて、玄関の扉を閉めた。その音が、やたらと生々しく聞こえたのは気のせい……なの、だろうか?

「それで、話ってなに?」

 ニコニコと笑った亜玲が、俺のほうに近づいてくる。部屋の明かりをつけて、俺を見つめてくる亜玲。

 ……心臓が、また嫌な音を立てた。

(……ここで、逃げ出すわけにはいかない)

 が、必死にそう思て自分を奮い立たせる。

 折角来たんだ。せめて、文句の一つや二つくらい言って帰らなくては。

「……寿々也のこと……なんだけれど」

 亜玲を睨みつけて、出来る限り低い声で。俺は、元恋人のことを亜玲に切り出した。
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