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第1章

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 それに、戸惑った。でも、ほっとした自分もいた。

 亜玲は昨日の言葉なんて気にもしていないんだ。一時期の感情、口から咄嗟に出てしまった言葉なんだって、理解してくれたんだ。

 そう決めつけて、結局俺は亜玲に謝罪しないままだった。

 ……だが、中学生を迎えた頃から。亜玲は何処となくおかしくなった。

 多分、それは深く関わっていない人ならば気が付かないような変化。が、俺は気が付いて。そのうえで気のせいだって誤魔化した。

 そして、中学校の卒業式を迎えて。俺たちの関係は、徐々に歪になっていく。

「ごめんね、私、上月くんのことが好きなんだ」

 ずっと好きだった女の子。俺が告白して、彼女の返事はこれだった。

 ……ここまでは、まだよくある話だろう。だって、亜玲はかっこいいから。

「ごめん、祈。俺、上月のことを好きになったんだ」

 初めてできた恋人は同性で男だった。だけど、俺は本気で好きだった。なのに、奴は付き合って三ヶ月の日に俺にそう言って別れを告げた。

 それから、何度も何度も同じようなことが続いて。

 ここまで来ると、鈍い俺でもさすがに気が付いた。

 ――亜玲が、俺の好きな奴、もしくは俺の恋人の心を奪っているのだと。

 どうしてこんなことをするのか。その理由はいまいちよく分からないし、理解も出来ない。

 だって、この頃俺と亜玲は疎遠になりつつあった。互いを認識することはあっても、面と向かって話すことは殆どない。

 人気者で完璧な亜玲と、平凡な俺。一緒にいられるわけがなかった。

(だけど、さすがに大学生になったら変わるよな。俺と亜玲は、別の大学に行くんだろうし)

 人に囲まれて、笑みを浮かべて。楽しそうな亜玲を見ると、劣等感を刺激された。だから、それを誤魔化すように亜玲のことは考えないようにする。大学生になったら、変わる。そう、信じていたのに――。

「やぁ、祈」

 奴は、俺と同じ大学に入学した。

 そうなれば、もう結果は散々だ。俺が好きになった奴。俺の恋人になった奴。一人残らず亜玲に奪われた。

 ……いや、奪っているというのは語弊があるのかもしれない。亜玲は、ただ俺の好きな奴は恋人に、特別いい顔をしているだけだ。

 結果的に、みんな亜玲に惚れる。俺のことを捨てる。……本当に、散々だ。

 なんとか亜玲から離れようと頑張っても、結果はなにも変わらない。もはや、悲しみなんてずっと昔に通り過ぎた。

 亜玲は顔が良い。亜玲は性格が良い。亜玲は身分が良い。

 世間の評価で俺が亜玲に勝てるところなんて、一つもない。ただ唯一勝てるところといえば、人へ向ける愛情くらいだろう。

「本当、どいつもこいつもバカだな……」

 亜玲が良い顔をするのは、俺の『特別』な奴に対してだけだ。そう、それすなわち――。

 ――俺の特別じゃなくなれば、亜玲は興味を失うのだ。

 でも、口達者な亜玲のことだ。ま、上手く言って別れているんだろう。そうだ。そうに決まっている。

 だって、そうじゃないと今頃亜玲は空の上だ。

「……どうしろっていうんだよ」

 そう思いつつ、俺は缶ビールを開けた。口に運ぶと、なんとも形容しがたい味が口の中に広がる。

 ……多分これが、失恋の味。

 なんて、感傷に浸っている場合ではない。

「どうにかして、亜玲から離れないと……」

 奴がどうしてこんなことをするのか。それは全く分からない。

 まぁ、どうせ俺のほうが幸せになるのが許せないとか、そういうことなんだろう。

 ……いずれは、飽きてくれるといいんだけれど。

 と思って終わらせようとする俺は、随分なお人好しらしい。……知ってたけれどさ。
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