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第3章

変わった日々 2

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 その後、宣言通りに片づけをして、荷物を持って俺は玄関に向かう。

「じゃあ、行ってくるから」

 見送りに来たのだろうクォーツにそう声をかければ、奴は「……本当に、行くんですか?」と問いかけてきた。

 ……なにを、今更。

「当たり前だろ」

 眉間にしわを寄せてそう告げれば、クォーツが視線を彷徨わせた。……多分、不安なんだろう。だって、俺を狙った奴が職場にいる可能性が高いから。

 それに、俺だって怖い。けれど、辞めるにしても前もって知らせておかないといけない。ほぼ無断欠勤みたいな状態で数日休んだのだ。穴埋めはしっかりとしたい。

「……俺、本当は送りだしたくないです」

 不意にクォーツが俺の背中に抱き着いてきた。……これじゃあ、出勤できない。

「おい、放せ」
「嫌です。……このまま、ここに監禁したい」
「……冗談でもそんなこと言うな」

 半ば睨みつけるようにクォーツを見つめれば、奴が本気だということがわかった。……目の奥には情欲というよりも、強い執着心が宿っているようにも見える。そして、微かな心配の色。無下にも、出来ないじゃないか。

「っ、けど、俺は本気です。……フリントのこと監禁したいって思ってます。……何処にも行かせたくない」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、そう告げられる。自然と息を呑んで、クォーツのほうに視線だけじゃなくて顔も向けた。

「……なぁ、お前、そういうのやめてくれる?」

 自分でも驚くほどに冷たい声が出た。クォーツが息を呑んだのがわかる。あぁ、こんなに強く言うつもりじゃなかったのに。

「監禁なんて、所詮お前のエゴだ。……それに、俺は自分のことは自分でできる。身を守ることも、出来る」
「フリント!」

 クォーツの腕を振り払って、玄関を出た。ぱたんと扉の閉まる音が、やたらと重々しく聞こえてしまう。

(……俺、なに、やってるんだよ)

 アパートの敷地を出て、自然と頭を抱えた。居候させてもらっている身で、あの態度はない。いつもみたいに素っ気なくあしらうほうが何十倍もマシだった。

 あいつだって、そう思っているだろう。

(今から戻って、謝るか……?)

 外の空気を吸って冷静になったとでも言えば、今戻って謝っても自然体のような気もした。

 ……が、腕時計を見てそれどころじゃないことに気が付く。このままだと、遅刻する。

(帰ってから謝ればいい。……とにかく、出勤するほうが先決だ)

 半ば駆けるように足を動かす。正直、クォーツのことが心配だった。だから、多分。本当にあいつのことを想うのならば、ここで引き返すべきだったのだろう。

(こんなの、俺じゃないし……)

 最近、自分自身がおかしい気がしていた。……あいつらに心も身体も乱されている。そんなの俺じゃないって、思う。でも、乱されているのも俺で。……そういう自分が、不思議と嫌いじゃない。

(嫌じゃない。嫌いじゃない。……そう思うのが、変なんだよっ……!)

 ……きっと、このままあいつらと関わっていたら、元の俺には戻れない。それだけは、容易に想像が出来た。
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