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第2章
見知らぬ部屋 10
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かといって、この提案を呑むかどうかは別問題だ。それに、一時期の感情だけで将来を投げ出すのはよくない。
「……考えとく」
結局、俺が出した言葉なんてそんなものだった。
我ながら、ずるい答えだと思った。蹴り飛ばすわけでもなく、受け入れるわけでもなく。ただ、時間を稼ぐ。多分、この世で最も卑怯な回答だと思う。……でも、今の俺にはそれしか言えなかった。
「……あぁ、今はそれでいい」
なのに、ジェムは文句一つ言わずに、こちらを見つめていた。表情はちっとも動いていない。けれど、その目が微かに嬉しそうな色を宿していることに気が付く。
……こいつ、案外わかりやすいよな。
「けど、しばらくはここに住んだほうがいいと思う。実際、フリントは狙われているわけだし……」
少し気まずそうにジェムがそう言う。……こいつは、本気で俺の心配をしてくれているんだ。それがわかるからこそ、俺はこくんと首を縦に振った。
「……しばらくの間、世話になる」
小さな声でそう答えれば、ジェムがほっとしたように胸をなでおろした。
その姿を見つめつつ、俺はジェムの髪の毛を撫でてみる。……硬くて、俺とは全然違う。
「フリント?」
「……いや、なんでもない」
少し怪訝そうな視線で見つめられて、ゆるゆると首を横に振った。
実際、そうだ。別に大した意味はない。撫でてみたいから撫でた。それだけだ。
「あと、さ」
「……あぁ」
「ここに世話になるけれど、絶対に襲うなよ」
ジト目になりながらそう伝えれば、ジェムがそっと視線を逸らした。……こいつ、まさか襲うつもりだったんじゃないだろうな?
「……まぁ、うん。頑張る」
しばらくして、こいつは覇気のない声で返事をくれた。……どうだかなぁ。
(クォーツの奴よりは我慢が利きそうだけれど、似た者同士だろうし……)
そう思って額を押さえていると、部屋の扉が開く。そこには、クォーツがいた。奴はきょとんとしつつ俺とジェムを見つめて、こちらに近づいてくる。
「フリント」
そして、なんのためらいもなく俺に抱き着いてきた。ほんの少し湿った身体。湯でも浴びていたのだろうか。
「可愛いですね……。本当、可愛い」
俺の首筋に顔をうずめて、クォーツがそう繰り返す。だから、俺はクォーツの顔を引きはがした。その表情は、とても不満そうだ。
「クォーツ、今日から俺、ここで世話になるから」
端的にそう言えば、クォーツが目をぱちぱちと瞬かせる。どうやら、驚いているよう。
「じゃ、じゃあ、フリントと一つ屋根の下……? 新婚ですか?」
「お前の頭の中はマジでお花畑だな」
どうして一緒に住むイコール結婚、新婚なのか。その頭の中を見てみたい。そう、思ってしまう。
「新婚さん設定で、抱いてもいいですか?」
「絶対に嫌だからな!」
さすがに耐えきれなくなって、クォーツの頭をはたく。奴はしばらくなにをされたのかわかっていなかったらしく、ぽかんとしていた。……多分、けがが日常的な冒険者にとって、俺の攻撃なんて赤子が暴れているようなものなのだろう。わかる。
「……お前ら、戯れてないで飯食うぞ。クォーツも、あんまりちょっかい出すな」
「えぇ~」
ジェムがクォーツを宥めて、部屋を出ていく。その後、一度だけ振り返ったと思ったら「着替えたら、対面の部屋に来い」とだけ伝えてくる。……あぁ、そういや俺、今とんでもない格好だった。
(……なんていうか、前途多難?)
ここに住むと決めたのは俺だ。あいつらと共同生活を送ると決めたのも、俺だ。
が、もうすでに不安しかない。アパートに戻りたい。……はぁ。
「……考えとく」
結局、俺が出した言葉なんてそんなものだった。
我ながら、ずるい答えだと思った。蹴り飛ばすわけでもなく、受け入れるわけでもなく。ただ、時間を稼ぐ。多分、この世で最も卑怯な回答だと思う。……でも、今の俺にはそれしか言えなかった。
「……あぁ、今はそれでいい」
なのに、ジェムは文句一つ言わずに、こちらを見つめていた。表情はちっとも動いていない。けれど、その目が微かに嬉しそうな色を宿していることに気が付く。
……こいつ、案外わかりやすいよな。
「けど、しばらくはここに住んだほうがいいと思う。実際、フリントは狙われているわけだし……」
少し気まずそうにジェムがそう言う。……こいつは、本気で俺の心配をしてくれているんだ。それがわかるからこそ、俺はこくんと首を縦に振った。
「……しばらくの間、世話になる」
小さな声でそう答えれば、ジェムがほっとしたように胸をなでおろした。
その姿を見つめつつ、俺はジェムの髪の毛を撫でてみる。……硬くて、俺とは全然違う。
「フリント?」
「……いや、なんでもない」
少し怪訝そうな視線で見つめられて、ゆるゆると首を横に振った。
実際、そうだ。別に大した意味はない。撫でてみたいから撫でた。それだけだ。
「あと、さ」
「……あぁ」
「ここに世話になるけれど、絶対に襲うなよ」
ジト目になりながらそう伝えれば、ジェムがそっと視線を逸らした。……こいつ、まさか襲うつもりだったんじゃないだろうな?
「……まぁ、うん。頑張る」
しばらくして、こいつは覇気のない声で返事をくれた。……どうだかなぁ。
(クォーツの奴よりは我慢が利きそうだけれど、似た者同士だろうし……)
そう思って額を押さえていると、部屋の扉が開く。そこには、クォーツがいた。奴はきょとんとしつつ俺とジェムを見つめて、こちらに近づいてくる。
「フリント」
そして、なんのためらいもなく俺に抱き着いてきた。ほんの少し湿った身体。湯でも浴びていたのだろうか。
「可愛いですね……。本当、可愛い」
俺の首筋に顔をうずめて、クォーツがそう繰り返す。だから、俺はクォーツの顔を引きはがした。その表情は、とても不満そうだ。
「クォーツ、今日から俺、ここで世話になるから」
端的にそう言えば、クォーツが目をぱちぱちと瞬かせる。どうやら、驚いているよう。
「じゃ、じゃあ、フリントと一つ屋根の下……? 新婚ですか?」
「お前の頭の中はマジでお花畑だな」
どうして一緒に住むイコール結婚、新婚なのか。その頭の中を見てみたい。そう、思ってしまう。
「新婚さん設定で、抱いてもいいですか?」
「絶対に嫌だからな!」
さすがに耐えきれなくなって、クォーツの頭をはたく。奴はしばらくなにをされたのかわかっていなかったらしく、ぽかんとしていた。……多分、けがが日常的な冒険者にとって、俺の攻撃なんて赤子が暴れているようなものなのだろう。わかる。
「……お前ら、戯れてないで飯食うぞ。クォーツも、あんまりちょっかい出すな」
「えぇ~」
ジェムがクォーツを宥めて、部屋を出ていく。その後、一度だけ振り返ったと思ったら「着替えたら、対面の部屋に来い」とだけ伝えてくる。……あぁ、そういや俺、今とんでもない格好だった。
(……なんていうか、前途多難?)
ここに住むと決めたのは俺だ。あいつらと共同生活を送ると決めたのも、俺だ。
が、もうすでに不安しかない。アパートに戻りたい。……はぁ。
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