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第1章
二人の師匠 4
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「……お前らっ」
外面なんて、あっという間に壊れた。そもそも、今は誰も見ていない。誰も聞いていない。ならば、多少なりともラフな言葉遣いをしても大丈夫だろう。そう判断した。
「やっぱり、フリントはそういう態度のほうが、いい」
ジェムがそう言って、俺の肩に手を置いた。……そのままするりと撫でられて、背中にゾクゾクとしたものが這いまわる。
かと思えば、奴の指が俺の鎖骨を撫でた。衣服越しなのに、喉が鳴った。
「丁寧な言葉を使うのは、似合わない」
……そんなの、勝手に決めるな。それに、俺は接客業についている。つまり、丁寧な言葉遣いをする必要があって……!
「けど、ジェム。フリントがこんな言葉遣いをするのは、俺たちの前だけのほうがいいですよ。……だって、俺らに気を許してくれているみたいに、感じるじゃないですか」
ふと、クォーツが口を挟んできた。……こいつ、好き勝手に言いやがる!
(そういう理由じゃなくて、お前らに優しく言っても聞かないからでっ……!)
初めの頃は、こいつらのことだって丁寧にあしらっていた。が、いつからだろうか。こいつらは優しくすればつけあがるタイプだとわかった。だから、俺はこいつらにきつい言葉を投げつけていて……。
(あれ、でも、それって結局特別っていうことなのか……?)
それに気が付いて、頬が引きつるのがわかった。
引きつった俺の頬を、ジェムの手が撫でる。ごつごつとした、大きな手。傷まみれで、俺のものとは全然違う。多分、ケアとかもしていないんだろうな。
「……お前、少しは手のケアくらいしろよ……」
ジェムの手首を掴んで、小姑のようにそう告げた。……奴は、笑っていた。
「フリントがしてくれてもいいんだぞ」
「お断りだ」
プイっと顔を背けて、俺はジェムの言葉を拒絶する。
「大体、お前らは優秀なんだから。……手のケアくらい、自分で出来るだろ」
視線を少し下げて、そう続ける。その言葉を聞いてなのか、ジェムの手が俺の頬から離れた。
「……本当、好きだな」
小さな呟きが耳に入った。気が付かないふりをして、俺はぐっと唇をかむ。
どうして、俺はこいつらに心を動かされているんだろうか。出逢った当初は、こんな風になるなんて思わなかったのに。
(気が付いたら付きまとわれていて、気が付いたらこんな風に言い寄られていて。……一体、なにがこいつらのことを動かしたんだ……?)
こいつらはいつだって俺の『顔』を褒める。多分、俺の『顔』がこいつらの好みに一致したのだろう。
が、本当にそれだけなのか……? なんていうか、違う理由があるような気も、する。
「なぁ、一つ、聞いてもいいか?」
こんなこと、仕事中に尋ねることじゃないとわかっていた。なのに、気になってしまった気持ちは止められなくて。
俺は、ゆっくりと口を開こうとした。瞬間、後ろから「フリント先輩!」という声が聞こえてきた。その声で現実に戻ってきて、俺は二人から身体を離す。
「じゃ、じゃあ、呼ばれたから。……俺は、引っ込むから」
受付と言っても、業務のすべてが受付なわけではない。それに、今俺を呼んだのは後輩だ。もしかしたら、業務でわからないところがあったのかも……。
ぼうっとするジェムとクォーツを振り払って、俺は後輩の元に向かう。
俺を呼んだのは、俺が教育係を務めているイアン・サンドリッジという青年だった。
「なにか、わからないことでもあったのか?」
イアンの元に足早に向かって、そう問いかける。そうすれば、イアンは笑っていた。
「いえ、フリント先輩が困っていそうだったので。……迷惑、でしたか?」
どうやら、イアンには特に用事はなかったらしい。ただ、俺が困っていそうだから助けてくれただけ。
イアンが俺の顔を上目遣いに見つめて、少し不安そうな表情を浮かべている。だから、俺はイアンの真っ赤な髪に手をポンっと置いた。
「……助かった。ありがとう」
端的にそれだけを言って、俺はついでに書類を取りに行こうと奥に引っ込んだ。
このまま元の場所に戻っても、怪しまれるだけだ。そう、つまりこれは偽装工作だった。
(……俺は、あいつらに絆され始めているのかもな……)
そんなわけないと、突っぱねることが出来ない。ぐっと唇を噛んで、俺は引き出しから書類を取り出す。
(だけど、あの二人と俺がそういう関係になることは、一生ないんだよ……)
そうだ。あの二人みたいな極上の奴に愛されることなんてない……と、思っていたのに。
俺は、とある出来事からあの二人と急接近してしまうことに、なる。このときはあんなことになるなんて、想像もしていなかった。
外面なんて、あっという間に壊れた。そもそも、今は誰も見ていない。誰も聞いていない。ならば、多少なりともラフな言葉遣いをしても大丈夫だろう。そう判断した。
「やっぱり、フリントはそういう態度のほうが、いい」
ジェムがそう言って、俺の肩に手を置いた。……そのままするりと撫でられて、背中にゾクゾクとしたものが這いまわる。
かと思えば、奴の指が俺の鎖骨を撫でた。衣服越しなのに、喉が鳴った。
「丁寧な言葉を使うのは、似合わない」
……そんなの、勝手に決めるな。それに、俺は接客業についている。つまり、丁寧な言葉遣いをする必要があって……!
「けど、ジェム。フリントがこんな言葉遣いをするのは、俺たちの前だけのほうがいいですよ。……だって、俺らに気を許してくれているみたいに、感じるじゃないですか」
ふと、クォーツが口を挟んできた。……こいつ、好き勝手に言いやがる!
(そういう理由じゃなくて、お前らに優しく言っても聞かないからでっ……!)
初めの頃は、こいつらのことだって丁寧にあしらっていた。が、いつからだろうか。こいつらは優しくすればつけあがるタイプだとわかった。だから、俺はこいつらにきつい言葉を投げつけていて……。
(あれ、でも、それって結局特別っていうことなのか……?)
それに気が付いて、頬が引きつるのがわかった。
引きつった俺の頬を、ジェムの手が撫でる。ごつごつとした、大きな手。傷まみれで、俺のものとは全然違う。多分、ケアとかもしていないんだろうな。
「……お前、少しは手のケアくらいしろよ……」
ジェムの手首を掴んで、小姑のようにそう告げた。……奴は、笑っていた。
「フリントがしてくれてもいいんだぞ」
「お断りだ」
プイっと顔を背けて、俺はジェムの言葉を拒絶する。
「大体、お前らは優秀なんだから。……手のケアくらい、自分で出来るだろ」
視線を少し下げて、そう続ける。その言葉を聞いてなのか、ジェムの手が俺の頬から離れた。
「……本当、好きだな」
小さな呟きが耳に入った。気が付かないふりをして、俺はぐっと唇をかむ。
どうして、俺はこいつらに心を動かされているんだろうか。出逢った当初は、こんな風になるなんて思わなかったのに。
(気が付いたら付きまとわれていて、気が付いたらこんな風に言い寄られていて。……一体、なにがこいつらのことを動かしたんだ……?)
こいつらはいつだって俺の『顔』を褒める。多分、俺の『顔』がこいつらの好みに一致したのだろう。
が、本当にそれだけなのか……? なんていうか、違う理由があるような気も、する。
「なぁ、一つ、聞いてもいいか?」
こんなこと、仕事中に尋ねることじゃないとわかっていた。なのに、気になってしまった気持ちは止められなくて。
俺は、ゆっくりと口を開こうとした。瞬間、後ろから「フリント先輩!」という声が聞こえてきた。その声で現実に戻ってきて、俺は二人から身体を離す。
「じゃ、じゃあ、呼ばれたから。……俺は、引っ込むから」
受付と言っても、業務のすべてが受付なわけではない。それに、今俺を呼んだのは後輩だ。もしかしたら、業務でわからないところがあったのかも……。
ぼうっとするジェムとクォーツを振り払って、俺は後輩の元に向かう。
俺を呼んだのは、俺が教育係を務めているイアン・サンドリッジという青年だった。
「なにか、わからないことでもあったのか?」
イアンの元に足早に向かって、そう問いかける。そうすれば、イアンは笑っていた。
「いえ、フリント先輩が困っていそうだったので。……迷惑、でしたか?」
どうやら、イアンには特に用事はなかったらしい。ただ、俺が困っていそうだから助けてくれただけ。
イアンが俺の顔を上目遣いに見つめて、少し不安そうな表情を浮かべている。だから、俺はイアンの真っ赤な髪に手をポンっと置いた。
「……助かった。ありがとう」
端的にそれだけを言って、俺はついでに書類を取りに行こうと奥に引っ込んだ。
このまま元の場所に戻っても、怪しまれるだけだ。そう、つまりこれは偽装工作だった。
(……俺は、あいつらに絆され始めているのかもな……)
そんなわけないと、突っぱねることが出来ない。ぐっと唇を噛んで、俺は引き出しから書類を取り出す。
(だけど、あの二人と俺がそういう関係になることは、一生ないんだよ……)
そうだ。あの二人みたいな極上の奴に愛されることなんてない……と、思っていたのに。
俺は、とある出来事からあの二人と急接近してしまうことに、なる。このときはあんなことになるなんて、想像もしていなかった。
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