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第4章

罪の意識

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「……そんなの、嘘です」

 シャノンは無意識のうちにそう言っていた。声が震えている。でも、はっきりと言わなくちゃいけない。

 言わないと――永遠にニールを、フェリクスを失ってしまうような気がした。

「私は、フェリクス殿下がお優しいことを知っております」
「……シャノン」
「だから、そんなことおっしゃらないでっ……!」

 咄嗟にフェリクスにしがみついて、シャノンはそう言い切った。

 その瞬間、フェリクスの目が大きく揺らぐ。

「貴方さまは、何処までもお優しいお方です。……私のこと、大切にしてくださった」
「あれ、は。ただの、罪滅ぼしだ」
「それでもいいです。……どうか、別の方法で」

 しっかりと彼の目を見つめて、シャノンがそう言った。

 すると、フェリクスが剣を下ろす。そのまましまい込むと、ヘクターに視線を向けた。

 彼はキースに捕らえられている。キースは、こくんと首を縦に振った。

「ニール。お前、だましていたのかっ……!」

 ヘクターがふと、そんな声を上げる。だからこそ、フェリクスは肩をすくめた。

「だましていたなんて、人聞きが悪いな。……俺は、初めからこうするつもりだった」
「くそっ……」

 シャノンには、彼らの言葉の意味がわからない。

 だからこそぽかんとしていれば、フェリクスはシャノンを振り払いヘクターの方に近づいていく。

「……陛下。いいや、兄上。……まんまと騙されてくれて、本当に助かったよ」

 ヘクターのことを見下ろし、フェリクスが冷徹な声でそう言い切る。その声は、ひどく冷たくて。絶対零度のものだった。

「あの、フェリクス殿下」

 シャノンがフェリクスに言葉の意味を尋ねる。そうすれば、彼はシャノンを見つめて口元をふっと緩めていた。

「真実を、話さなくちゃならないんだな」

 彼はそう言うと、一歩ヘクターの方に近づいた。その瞬間、ヘクターが逃げるように身を引く。しかし、キースにがっちりと腕を拘束されていることもあり、上手く逃げられない。

「シャノン。……今まで、騙していて悪かった」
「……いえ」

 きっと、これが彼の考えた最善の策だったのだ。それがわかるからこそ、シャノンはフェリクスを責める気にはなれなかった。

「五年前、だったかな。……俺は、確かに一度死んだ」

 彼がその鋭い眼光をヘクターに向けつつ、何処となく懐かしむように唇の端を吊り上げた。

 その姿は大層色っぽくて、こんなときなのにシャノンの胸が高鳴る。

「……でもな、生き返ったんだよ」
「……え」

 そんなこと、あるわけがない。そう思いシャノンが目を見開けば、フェリクスは肩をすくめた。

「俺の母親は異国の巫女だ。先代の国王の愛妾であった母は、奇跡の力を使えた」
「……それ、は」
「それこそ、たった一人の人物に命を二つ授けるということだった」

 それはつまり――。

「フェリクス殿下は、お母様のお力で……」

 シャノンの言葉に、フェリクスが力強く頷く。

「まぁ、俺も死ぬまで自分に命が二つあることなんて、気が付いていなかったがな。ただ、一度死んだからだろうな。目の色は、紫から赤色に変わっていた」

 彼が自身の目元を押さえながら、はっきりとそう告げる。

 その言葉に、シャノンは納得した。……彼の目の色が違うのは、奇跡の力の代償だったのだ。

「でも、どうせ普通に生き返ったところで、また殺されるのがオチだ。だからな、俺は考えたんだ。記憶喪失を装おうと」
「記憶、喪失」
「あぁ、何も覚えていない。そのうえで、兄上に尽くす素振りを見せる。そうすれば、兄上は俺のことを信頼した。……俺の本当の狙いも、何も知らないのにな。滑稽だった」

 シャノンに視線を向けたフェリクスが、そう言い切る。……その声音は、言葉とは裏腹にとても悲しそうだった。

「……会いたい奴にも会えず、俺はずっとニール・スレイドとして生きてきたんだ。……そして、革命の手引きをした」

 ゆるゆると首を横に振りながら、フェリクスはそう続けた。その目は鋭く、ヘクターを忌々しいとばかりに睨みつけている。とても、恐ろしい雰囲気にしか、感じられない。

「でも、もう終わりだな。……兄上、大人しく、俺に殺されてください」
「……ぁ、あ」

 フェリクスの明かした真実に怯えたのか。はたまた、彼の醸し出す迫力に押されたのか。

 それはわからないが、ヘクターがわなわなと唇を震わせる。

 フェリクスが、もう一度剣のさやに手をかける。

「へ、兵は、兵は何処に行ったっ……!」

 ヘクターが、そう叫ぶ。けれど、誰も助けてくれない。兵士一人、現れない。

「兵は、俺の嘘の情報で散り散りになっていますよ。……だから、兄上を助ける人間はもう、ここにはいません」

 そう言ったフェリクスが、その剣の切っ先をヘクターに向けた。彼がわなわなと唇を震わせている。まるで、何かを告げたいかのようだ。

「傲慢な兄上には、最高の幕引きをあげますよ」

 フェリクスの目は、本気だ。……でも、シャノンは止めたかった。

 彼をこれ以上血に濡れさせたくない。……これ以上、自分を責める理由を作ってほしくない。

「フェリクス殿下っ……!」

 彼の腕に、シャノンが咄嗟に縋った。その瞬間、フェリクスが大きく目を見開く。

「このまま、ヘクター・ジェフリーを殺したところで、貴方さまが罪の意識にさいなまれるだけです。……だから、どうか」
「……今更、そんなことを言うんだな」
「……フェリクス殿下」
「もう、手遅れだよ」

 フェリクスが肩をすくめてそう言う。その言葉を聞いたシャノンは――ただ、唇を噛んだ。

(どうすれば、どうすれば――)

 フェリクスを、止められるのだろうか?

 心の中で必死に考えるシャノンの耳に届いたのは――意外な人物の声。

「ニール! 俺は、悪くない!」

 そう叫んだのは、ほかでもないヘクターだった。
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